3.

 3学期が始まって5日目の金曜日。俺はこの日も心に闇を抱えて時間を過ごしていた。
教室で皆と戯れる時も、俺にとっては楽しい時間と言えなくなっていた。
昼休みになると、俺たち4人はいつもなんとなく窓辺に集まった。
窓の外には寒々しい景色があった。 すっかり葉の散った木の枝は冷たい風に揺られていたし、地面はすっかり凍りついているように見えた。
この日の空は俺の心と正反対で晴れ晴れとしていた。
窓ガラスに息を吹きかけると、その部分だけが白く曇った。 丸く曇ったガラスの上に指で "はつね" と書こうとしたけど、最初の一文字を書く前にガラスが透明に戻ってしまった。

 そばで竜二の笑い声がする時、彼の横には必ず初音がいた。竜二とじゃれ合う時の初音は、とても楽しそうな笑顔を見せていた。
竜二がふざけて初音の肩を押すと、彼も竜二に同じ事をやり返した。
竜二が彼に少しでも触れると俺はいつもおもしろくない気分になった。なのに竜二は簡単に初音に触れた。
頬をつねったり、耳を軽く掴んだり、彼を子供扱いするように頭を撫でたり。 教室の中でそんな光景が繰り広げられると、何もできない俺は俯くしかなかった。
同じクラスの皆はバラバラに散っていた。昼休みの教室では誰もが楽しそうに仲間と戯れていた。
椅子に座って話をしている人や、誰かと向き合ってカードゲームをしている人。
そこにいる全員がお揃いの学ランを着た同級生だというのに、俺だけが別世界の住人に思えてならなかった。


 そんな俺の唯一の希望は、冬休みが終わる2日前の夜に初音と交わした1つの約束だった。
その晩俺たちは電話で長話をした。
初音は弾むような声でいろいろな話を聞かせてくれた。 お母さんが転んで足を怪我した事とか、懸賞に当たって家にゲームソフトが届いた事とか。
俺たちは特別な事は何も話さなかった。
好きだとか、愛してるとか、ずっと一緒にいたいとか、そんな甘い言葉を囁き合う事は本当に一切しなかった。
それでも彼と話しているだけですごく楽しかった。 俺たちは特別な言葉なんか言わなくたってちゃんと分かり合えてると思っていた。
そして俺はその電話で初音と小さな約束を交わしたのだった。
その話を最初に持ち出したのは彼の方だった。彼はあるSF映画に興味を持ち、それを見に行きたいと言い出したんだ。
初音は雑誌に載っていた映画紹介を抜粋して俺に伝え、そして最後にこう言ったのだった。
「この映画、一緒に見に行こうよ」
それが今の俺の唯一の希望だった。
初音がその約束をちゃんと覚えていれば、少なくとも映画を見に行く日だけは彼と2人きりになれる。 ここ数日不安を抱えていた俺は、とにかくもう1度2人きりになって初音と正面から向き合いたかったんだ。
ところが俺の小さな希望は翌日の土曜日にあっけなく失われた。それは本当に、あっという間に手の中から零れ落ちていった。