5.
遠くの方で何かの音が響いていた。
意識のどこかでそれがインターフォンの音色だという事は分かっていた。
でも放っておけばそれはそのうち止むだろうと思っていた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……
しかしその音はしつこくいつまでも鳴り続けていた。
そっと目を開けた時、部屋の中がかなり暗くなっている事に気付いた。
コタツの下から漏れるわずかな光が、部屋全体を淡く照らしていた。寝返りを打つと、背中に軽い痛みが走った。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……
しばらく黙って耳を澄ましていると、その音がどんどん大きくなってくるような気がした。
インターフォンがなかなか鳴り止まないところを見ると、家には俺の他に誰もいないようだった。
それを覚った俺は、しかたなく起き上がってギシギシいう階段をゆっくりと下りた。
寝起きの頭はぼんやりしていて、気を抜くと階段を踏み外してしまいそうだった。
玄関へ辿り着くまでに2度も大きく欠伸をした。すると目に涙が浮かんですべての景色が滲んだ。
瞼の奥に初音の面影が浮かぶのは、ついさっきまで彼の夢を見ていたせいだ。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……
玄関に明かりを点すと、インターフォンが今まで以上に元気よく鳴り始めた。その音は寝起きの頭にガンガン響いた。
まったく、しつこいなぁ。
俺は足にスニーカーを引っかけ、心の中でそうつぶやきながらゆっくりと玄関のドアを押した。
するとその途端に外の冷たい風が頬に降りかかった。
「誠、やっぱりいたんだね!」
その声と共に、いきなり目の前に初音が現れた。俺はその時まだ夢の続きを見ているのかと思った。
初音は穏やかに微笑んでそこに立っていた。彼の頬は真っ赤で、大きな目がキラキラと輝いていた。
彼は夢に見たのと同じ姿をしてそこに現れた。
学ランの上にハーフコートを着て、首にはしっかりとマフラーが巻かれていた。それは本当によくできた幻の彼だった。
「初音? まさか、本物じゃないよな?」
俺はそうつぶやいて右手を彼の頬に伸ばした。でもその手が彼に行き着く前に、初音の指が俺の頬の肉を思い切りつねった。
「寝ぼけてるの? 僕は本物だよ!」
その声が頭にガンガン響き、頬に鋭い痛みが走った。そして北風が俺の髪を大きく揺らした。
俺はその瞬間にはっきりと目覚めたのだった。
目の前にある現実は、夢でも幻でもなさそうだった。キラキラした目で俺を見つめているのは、紛れもなく本物の初音だった。
「早く行こう。今日は僕の家に遊びに来る約束だったよね?」
初音は寒そうに肩をすぼめながら優しくそう言った。
それは以前俺が勇気を出して彼に言ったセリフとまったく同じだった。