18.
久々のセックスを終えた後、僕たちはベッドに寝そべって話をした。
仰向けになって天井を眺めると、ハートの形に似たシミが目に入って思わず軽く微笑んでしまう。
幸也が隣にいる気配を感じる事で、今はすごく気分がいい。
枕があまりにも低すぎたので、右腕を頭の下に入れて高さをうまく調節した。
一方幸也は、うつ伏せになって低い枕に顔を埋めていた。
「昨日電話した時、名乗ってもいないのにどうして俺だって分かった?」
そりゃあ、すぐに分かるさ。
僕は苦笑いをしながら心の中で即答した。彼の愚問は当然無視して、今度はこっちから問い掛ける。
「いつもは携帯にかけてくるのに、昨日はどうして会社にかけたんだ?」
「公衆電話を使ったからだよ。携帯にかけると、通話料が高いから」
「どうして公衆電話を使った?」
「携帯電話が使えなくなったんだよ。兄貴が勝手に解約したらしい。あいつの名義になってたから、仕方ないけど……」
幸也と話しているうちに、だんだんいろんな事が分かってきた。
田代守は、自分のやり方で弟を取り戻そうとしている。
弟への送金を止め、携帯電話を解約し、家出を続けるのに不便な状況を作り出そうとしているんだ。
僕が幸也を探すと言ったのに、彼はそれを全然当てにしていないらしい。
でも、ある意味それは正しい。僕は幸也を家へ帰さないと決めたんだから。
「ベッドで寝たのは久しぶりだよ。ずっと布団が恋しかった」
幸也はそう言って寝返りを打ち、細い体を僕の方へ向けた。鏡に反射する光を受けて、その頬は薄い黄色に見えた。
「いつもどこで寝てた?」
「最近は、ほとんどネットカフェ」
それを聞いて、少し反省した。僕は彼を探し回ったけれど、ネットカフェに足を踏み入れた事は一度もなかった。
「ごめん。もっと早く見つけてやればよかったな」
今の痩せこけた顔を見ると、心からそう思った。幸也の口許は微笑んだけれど、目はまったく笑っていない。
僕はこれ以上彼を傷付けたくはなかった。それに、必要以上に追い詰めたくもなかった。
だからもう余計な詮索はせず、すぐに行動を起こす事にしたのだった。
「幸也、シャワーを浴びておいでよ。それから、バスタブに温めのお湯を入れてくれ」
「……」
彼は何も言わず、ただ不安げな表情を見せた。
もしかすると、この後手錠をかけられて、家へ連行されると思っていたのかもしれない。
「どうした? いつものように言えよ。俺に協力しないと例の写真をばら撒くぞ、って」
僕の笑顔を見て、彼の目もやっと微笑んだ。
それからバスルームへ消える幸也を見送って、会社に休むと電話を入れた。これは僕にとって、入社後初の欠勤だった。
数分後。彼を追いかけてバスルームへ行くと、ガラスの壁は湯気ですっかり曇っていた。
バスタブには、まだほんの少ししかお湯が溜まっていない。
幸也はシャワーの下でボディーソープを体に塗りたくっていた。
その後姿を見ると、また興奮してきた。
細い背中と、せり上がった尻。それらは僕を興奮させるのに、十分な代物だったんだ。
「幸也……」
とても我慢ができなくて、彼を背中から抱き締めた。セックスを終えて間もないのに、僕のペニスはすぐに反応した。
「後ろから入れて」
狭いバスルームに、彼の声が響く。
僕は右手で幸也の下半身を探った。するとすぐに、硬いものが指に触れた。どうやら彼も、興奮しているようだ。
それから彼の命令通りに、尻を割ってペニスを挿入した。
いつもと違った体勢でやるのはとても新鮮だった。心なしか、ベッドの時よりも締りがいいような気がする。
そこを大きく出し入れすると、ペニスが擦れて気持ちがいい。あまりによすぎて、すぐに腰が砕けそうになる。
それでも僕は、更なる快感を求めてゆっくりと腰を動かした。
幸也は壁に両手をついて何度も歓喜の声を上げていた。奥へ入れれば入れるほど、その声量は大きくなる。
シャワーの音と、バスタブに流れ落ちるお湯の音。そして幸也の甘い叫び声。
耳を刺激するその音色は、今後のマスターベーションに大いに役立ちそうだった。
しっかり汗を流した後、僕たちは身支度をして部屋を出た。
ホテルの長い廊下は、客室と同じぐらい薄暗い。しかし出口の先には、外の明るい光が見えた。
少しずつそこへ近付くと、だんだんまぶしさが目に沁みてくる。
やがて自動ドアがスッと開いて、2人は太陽の下に晒された。
そういえば、彼と朝まで一緒に過ごしたのはこれが初めてだった。
この時間、ホテルの裏の通りは閑散としていた。この辺りは夜には賑わうけれど、朝は本当に静かだった。
路面が少し濡れているのは、昨夜の雪が融けたせいだろうか。
今朝は比較的温かいけれど、時々冷たい風が吹きつける。
近くのバーの閉ざされたシャッターが、そのたびにガタガタッと小さく音をたてていた。
「ふぁ……」
幸也は道の真ん中で大きな欠伸をした。彼は薄着だったので、慌ててコートを着せてやる。
「着替えは持ってるのか?」
「駅のロッカーに入れてあるよ」
「冬物の洋服はある?」
「いや」
「そうか、分かった。まずはどこかで食事を取ろう。それから住む所を探して、身の回りの物を買い揃えて、夕方までには落ち着けるようにしよう」
僕は昨夜のうちに考えた事を短く口にした。幸也はとても驚いた様子だったけれど、それに対しては何も言わなかった。
欠伸のせいで潤んだ目が、日差しを受けて光っている。この先いったいどうなるのか、僕にはさっぱり分からない。
でも今は、彼のいいようにしてやろう。
変な写真を、会社にばら撒かれたら大変だから。とにかく今は、そういう事にしておこう……