3.
何も言えずにいると、少年はゆっくりと立ち上がった。それから悪戯に微笑んで、「外へ出ろ」と顎で僕に指図をした。
人を見下すような態度は癪に障ったけれど、その時は彼に従うしかなかった。
歩道の上で彼と向き合った時、急に両手が震え始めた。
少年の髪は日差しが当たると金色に見えた。徐々に怒りが込み上げて、今すぐそれを引きちぎりたい衝動に駆られる。
一方彼は、そんな僕の様子を見て楽しんでいるかのようだった。
こんな時にニヤニヤされると、思わず本当に手が出そうになってしまう。
「殴りたかったら、殴れば?」
彼は突然開き直り、澄ました顔でそう言った。
時間は正午を過ぎたらしく、ランチに出かけるOLが足早に僕らの横を通り過ぎていく。
このろくでもない少年は、きっと最初から分かっていたんだ。
こんな場所で人を殴る勇気なんか、僕にはないという事を。
僕が1番悔しかったのは、自分よりも彼の方がダークなスーツが似合っている事だった。
内ポケットから携帯電話を取り出す仕草も、妙に手馴れていて無性に腹が立った。
「そんなに怖い顔しないでよ。あんたもいい思いをしただろ?」
携帯電話がそっと開かれ、小さな液晶画面がこっちへ向けられる。
それを見た時には、心臓をえぐられる思いがした。
そこには裸で乱れる自分の姿が、はっきりと浮かんでいたのだった。
「こんな写真を会社にばら撒かれたら困るよね? 分かったら、俺の言う事を聞いてもらうよ」
僕が目を逸らす前に、携帯電話は閉じられた。
とても恥ずかしいけれど、彼とのセックスは快感だった。
あの時はその行為に夢中で、写真を撮られている事にさえ気付かなかったようだ。
「ほら、これ返すよ」
黙ってうなだれていると、目の前に黒い物が差し出された。それは僕が大学生の時から使い続けている皮の財布だった。
力なくそれを受け取ると、次は上着のポケットに自分の携帯電話を放り込まれた。
「ホテル代はそこから払ったけど、金は1円も盗ってないよ。ただ、財布と携帯電話の中身は全部見た。
あんたの事が知りたかったから」
力強い視線が自分に向けられて、僕はすごくドキドキした。
あんな目に遭わされた事は腹立たしかったけれど、なんだかおかしな気分だった。
とても生意気で小憎らしいのに、僕はその少年に不思議な魅力を感じていたんだ。
たしかに顔立ちは整っているし、立ち姿も綺麗だ。でも彼の魅力は、もっと別なところにあるような気がした。
僕は昨夜、何故この少年に気を許したんだろう。そこが1番知りたいのに、肝心なところの記憶は曖昧だ。
でもそれは、なんとなく理解できるような気もした。
僕はきっと、最初から分かっていたんだ。
どんなに生意気でかわいげがなくても、彼と抱き合えば必ずいい気持ちになれるという事を。