4.

 駅の改札を出ると、少しだけ外が暗くなりかけていた。俺は彼に言われるままに駅前からタクシーに乗った。
彼はすごく紳士で、俺を先にタクシーに乗せてから自分も乗り込み、「M町4丁目まで」と運転手に告げた。
俺は密室のタクシーの中にアンモニアの匂いがこもっている気がしてずっと下を向いてばかりいた。 だからタクシーがどこをどう走ったのかはよく分からない。

 タクシーを降りたのは、多分10分後。
その辺りには山しかなかった。さびれた町は駅前を通り過ぎると山と緑しかないらしい。
俺は黙って彼の後をついて行った。彼について行けばきっと悪いようにはならないと思っていたからだ。 その時俺にはまだ解決しなければならない問題があった。 濡れたズボンと濡れたパンツ。そして濡れたワイシャツ……これらは俺にとって大問題だった。
でも周りに山しか見えない細い道をしばらく歩いてラブホテルの看板が見えてきた時は正直驚いた。 外はもう薄っすらと暗くなっていて、ホテルの看板は青くライトアップされていた。 そしてその看板の下には白いお城のような建物があった。そこはまるっきりベタなラブホテルだった。
「ど……どこ行くの?」
俺は思わず前を行く彼の背中に声をかけた。すると彼は振り返って俺に近づき、こう言った。
「ここ、サービスで洋服を洗濯してくれるんだ。何もしないから、僕を信じて」
優しい目をして、まるで女の子に言うみたいにそう言った彼。
そして彼は女の子にするみたいに俺の手を取って歩いた。俺は彼の大きな手の温もりを信じた。

 彼はホテルの薄暗いロビーへ入ると慣れた手つきでタッチパネルに触れ、慣れた足取りで俺を奥のエレベーターへと誘導した。彼がタッチパネルに触れて選んだ部屋は502号室だった。
5階へ着いて足元だけが明るい廊下を真っ直ぐに進むと奥の方で502号室と書かれたプレートがチカチカと赤い点滅を繰り返していた。

 502号室と書かれたドアを開けると短い廊下があり、更にその奥の白いドアを開けると目の前にダブルベッドがあった。 ホテルの部屋の中は心地よい暖かさに包まれていた。でも、なんだかドキドキした。
ダブルベッドの横には大きなソファーとテーブルがあって、ソファーの向かい側には小さな食器棚と電気ポットとテレビが置いてあった。なんだかその空間だけ茶の間みたいだった。
彼はベッドの前で立ち尽くす俺に近づき、優しくコートを脱がせてくれた。足元のカーペットがポカポカしていてとても 心地よかった。部屋の中は薄暗くて、コートの下の濡れたズボンが露になってももう恥ずかしくはなかった。
「洋服を洗濯に出すから……お風呂に入っておいでよ」
ブレザー、ワイシャツ、ズボン、パンツ、靴下。
彼はその順番で俺の着ている物を全部剥ぎ取った。何も身に着けていない貧弱な体を彼に見せた時、また少し恥ずかしさがこみ上げてきた。
それから彼はベッドの上に置いてあったバスタオルとバスローブを裸の俺に持たせてくれた。 俺はそこに突っ立っていただけで、後の事は全部彼が引き受けてくれた。
『どうしてそんなに優しくしてくれるの?』
俺は心の中でそうつぶやいた。