6.

 午後8時40分。クリーニング屋へ寄った後家へ帰ると、家族は茶の間でくつろいでいた。
父さんはパジャマ姿で床に寝そべり、テレビを見ている。 母さんはエプロン姿で台所に立ち、漬物を漬ける用意をしている。 そして生意気な弟はソファーに座って夢中でマンガの本を読んでいる。
「お兄ちゃん、ご飯食べてきた?」
不良の息子が家へ帰ったところで、誰も俺の事を見向きもしない。
弟はただじっと下を向いてマンガの本を見つめ、父さんはテレビのニュースに釘付けで、母さんは俺の顔を見ずに社交辞令ともいえるような言葉を発しただけだ。
茶の間のベージュのカーペットは所々にタバコの焼け焦げが付いていた。 ベランダの戸を覆い隠すピンクのカーテンはものすごく悪趣味だし、台所の板張りの床にはギザギザな傷がたくさん刻まれていた。
白髪頭の父さん。ブクブクと太ってしまった母さん。そして坊主頭の弟。
『俺、今日電車の中でお漏らししたよ』
俺が今そう言ったら、皆少しは俺の事を見てくれるだろうか。

 今日はいろいろありすぎて疲れた。
俺はメシも食わずにさっさと自分の部屋へ行き、パジャマに着替えて10時前にはベッドにもぐりこんでいた。
でも、なかなか寝付けなかった。
電気を消して部屋を真っ暗にして……それから何度ベッドの上で寝返りを打った事だろう。
枕の下には携帯が置いてある。今日俺の携帯のアドレス帳には1件新しい番号が加わった。
俺はその晩、何度もマサトに電話したい衝動に駆られた。
マサトの手は温かかった。マサトの胸は温かかった。
またあの手で頭をなでてもらいたい。またあの温かい胸に飛び込みたい。そしてまた彼と……手をつなぎたい。