2.

 「うぅ…」
ちくしょう。また始まった。せっかく乗ってきたところだったのに…
僕は机に突っ伏して頭を抱えた。
夕食を食べ終えて自分の部屋へ戻り、机に向かってからまだ1時間もたっていない。
いつもこれじゃあ、ちっとも勉強に身が入らない。
隣のアパートの住人が引っ越してきて今日でちょうど1週間。僕はそのうち5日間はこの声を聞かされていた。
父さんに頼んで部屋にエアコンを付けてもらおうか…
窓を閉め切ると暑くて勉強にならないし、窓を開けていると悩ましげな声が聞こえて勉強にならない。
隣の住人はいったいどんな奴なんだろう。一度どんな顔してるのかお目にかかりたいものだ。
僕は両手の人差し指で耳を塞ぎながら机の上に置いた参考書を黙読した。 だけど自分の中に潜む好奇心が邪魔をして、その内容は上の空だった。
僕は自分の指でしっかり耳を塞ぎながらも、心のどこかで窓の向こうの声を聞きたいという 欲望にかきたてられたいた。 人差し指は耳の奥まで到達していない。耳の穴の途中 半分くらいのところで止まっている。
「あっ…」
隣の住人はかなりお盛んだ。だって、いつも相手の男の声が違う。
5日間も聞いていればよく分かる。 低音なのが隣の住人の声。そしてもう一方がその日の相手の声だ。
今日の相手の声はかん高い。ひどく上ずっている。でも、決して女の声ではない。

 僕は振り返ってベッドの向こうの窓を見つめた。
そのまた向こうの窓の奥では今、男たちが重なり合っているんだ…
「やっちゃん…」
上ずった声がそう言った。 隣の住人は「やっちゃん」というのか。
僕のベッドを見つめると、窓から入り込む夕日で白いシーツがみかん色に染まっていた。
僕の部屋へドカドカと土足で入り込んでくるのはいつも 夕日とやっちゃんの声だった。
だめだ…もう我慢できない。
僕はとうとう大好きな学習机に背を向けてみかん色のシーツの上に仰向けになった。
白い天井を見つめながら大急ぎでチノパンのジッパーを下ろす。 そして目を閉じながらチノパンとトランクスを一緒に膝の辺りまで引き摺り下ろす。
体が熱い… 僕はベッドの上で恐らくみかん色に染まっているであろう自分の体の1番熱い部分を右手でそっと触った。
「あぁ…」
隣の窓から響く声が、僕の体を更に熱くする。
自分の体の1番温かくて敏感なものの先端をそっと人差し指でなぞってみる。 さっきまで耳を塞いでいた その人差し指で。
次の瞬間僕の細い指は…ほのかに濡れていた。
「うぅ…」
僕はやっちゃんの声を聞きながら右手の人差し指をそっと動かしてみる。 決して声をたてないように きつく奥歯を噛み締めながら。
瞼の奥では、顔の見えない相手と重なり合う自分を想像する。 僕はその人と抱き合って濃厚なキスをするけれど、それでも周りが暗すぎて 相手の顔が全然見えない。
そして僕は見えない相手と口の中で舌を絡ませ合う。何度も何度も…激しく。

 体中に電気が走った。
何かがこみ上げてくるのが自分ではっきりと分かる。
『出る…』
僕は頭の中で声にならない声を上げた。
もう右手はびっしょり濡れている。 本当はここでもう少し我慢してもっと楽しみたいのに、いつも思いと裏腹に… あっという間に漏れてしまう僕の分身。

 数分前まであんなに体が熱かったのに、体の冷えとともに頭の中も冷え切って… 体と意識が一度に現実へ戻ってくる。
「さっきまで頭の中にあったのは単なる妄想だよ」
僕の意識がそう叫んでる。
この瞬間は、いつも空しい。
僕はベッドの上で上半身を起こし、枕の下に忍ばせてあるポケットティッシュを 使って太ももにまで飛び散った僕の分身を葬り去った。
みかん色のシーツの上にも同じものが飛び散り、すでにシミになりつつあった。
その丸いシミまでもが、みかん色に染まっていた。