8.

 「どうしたの?坊や」
ベッドの上で仰向けになったまま、やっちゃんが僕に問いかける。彼の低い声が、とても遠く聞こえる。
僕は金縛りにあったように、ずっと動けずにいた。お尻に根が張ったように、全然動けなかった。
せっかく彼が側にいるのに、その顔を見つめる事さえ困難だった。 母さんにウソついてまで手に入れた彼との時間なのに、僕はどうして埃だらけの床ばかり見つめているんだろう。

 その後またベッドがギシッと言って、やっちゃんが起き上がった。舞い上がった埃が、僕の鼻をくすぐった。
僕の体を熱くするのは外から入る生温かい風ではなく、やっちゃんの体温だった。
彼は僕のすぐ隣にやって来て、僕の肩を抱いてくれた。やっちゃんの体が僕の体と密着している。 体が震えた。もうとてもこの状況に耐え切れない。今すぐここから逃げ出したい。でも…どうしても体が動かない。
「坊や…もしかして初めて?」
彼にそう言われ、僕は思わず息を呑んだ。僕はただもじもじして…石のように固まっていた。
「頷く事もできないぐらい恥ずかしいの?」
僕のバージンを見抜いた彼は、子供を諭すような声でそう言った。悔しいけど、彼の言った事は事実だった。
やっちゃんは震える僕を抱き寄せ、僕と同じように埃だらけの床に目を落とした。
彼の高い鼻のシルエットが微かに視界に入る。でも、彼の顔がちゃんと見られない。
「坊や、やっぱり帰った方がいいよ。最初の相手が僕じゃあ…あまりにもかわいそうだ」
そんなふうに言われた時、僕の中でまた何かが弾けた。やっちゃんは何も分かっていない。 僕がどんな思いでここへ来たのか…何も分かっていない。

 「僕は、やっちゃんとしたい。やっちゃんがいい。やっちゃんじゃなくちゃ嫌だ」
今の今まで石のように固まっていた僕は、いつの間にか真っ直ぐに彼の顔を見つめてそんな事を口走っていた。
天使のようなやっちゃんは驚いて目を見開き、ぽかんと口を開けて僕を見ていた。
彼の頬に覆いかぶさる茶色の髪が揺れたのは、やっぱり生温かい風のせいだった。
僕は彼の髪になりたいと思った。そして彼の髪を揺らす風になりたいと思った。
僕は時々自分が分からなくなる。彼に面と向かってあんな事を言うなんて…後から考えるとどうして そんな事ができたのか自分でも全然分からなかった。
実際僕は思いがけず自分が口にした言葉を恥じて、その後はもう本物の石になったように動けなくなってしまった。

 「僕の事がスキ?」
また俯いてしまった僕の耳に唇を這わせ、彼が小さくそう囁いた。
きっとやっちゃんは、僕が頷けない事を知っていた。
「ウブだね坊や。僕が全部教えてあげる。坊やが望む事を…僕が全部してあげる」
その時僕が見つめていたのは、白いソックスを履いた自分の両足。
体重が軽い僕はすぐにヒョイと彼に抱きかかえられ、両足が宙に浮いた。

 次の瞬間僕はせっけんの匂いがする枕に頭を乗せ、真っ白な天井を見つめていた。
でもすぐにやっちゃんの顔が僕に覆いかぶさり、目の前が真っ暗になった。 目を開けていたいという気持ちも少しあったけど、僕は自然に目を閉じた。
二度目のキスは、最初の時よりもっと激しかった。
彼の舌は僕の口の中を舐め回し、僕の唾液を吸いつくした。
気持ちいい。今まで味わったどの瞬間よりも気持ちいい。 だんだん意識が遠いところへ飛んでいく。目の前にはいくつもの白い星が見える。
やっちゃんとのキスはこれが二度目。やっちゃんとの最初のキスが僕のファーストキスだったという事に… 彼は気付いているだろうか。
やっちゃんは長いキスを続けながら器用に片手で僕の下半身を丸裸にした。 ワイシャツだけを身につけ、下をすっ裸にされた自分を想像すると恥ずかしくて泣いちゃいそうになった。
キスが済んでからも、僕はしばらく意識が朦朧としていた。
僕はもう瞼に力を入れる元気すらなくしていた。きつく閉じていた瞼が自然と開き…視線の先には白い天井が見えた。
部屋の中には太陽の光が入り込み、天井も壁もその周りもとても明るかった。 僕は今、こんなに明るい所で彼にすべてを見られているんだ…

 「あっ」
僕はその瞬間、思わず小さく声を上げてしまった。
キスの余韻を味わう間もなく僕の視界から消えたやっちゃんが僕のお尻を持ち上げ、もう一つの枕をその下へ滑り込ませたんだ。
やっちゃんはいつも素早くて、僕は全然彼のスピードについていけなかった。いつも心の準備ができていなかった。
そして彼は僕の両足を軽く開かせた。その後…信じられない事に彼の髪が足の付け根あたりに触れ、 僕の体の1番熱い部分に彼の舌が触れた。
僕の体が熱いのはいつだって生温かい風のせいなんかじゃなくて…やっちゃんの体温のせいだった。
「イヤ!」
僕はその後、喉が枯れるほど叫び続けた。決して叫びたかったわけではないけど、そうせずにはいられなかった。 やっちゃんの舌は、僕を狂わせる力を持っていた。
気持ちがいいなどと陳腐な言葉で表現するには物足りないほど気持ちがよかった。
やっちゃんの滑らかな舌がガチガチに固まった僕自身をまるでキャンディーのように舐め回していく。
時には口に全部をくわえ、時には指を使ったりもする。
ヘアーのあたりが濡れているのは汗のせいなのか、やっちゃんの唾液のせいなのか…それとも僕の中から溢れ出した 何かのせいなのか…
尿道から先端にかけて、やっちゃんの舌が何度も往復を繰り返す。快楽の波が僕の全身を行ったり来たりする。
僕はそのたびに…堪えきれない思いを叫び続けた。
「イヤ!もうやめて!」
僕はそれを続けてほしいのか本当に嫌なのか自分でもよく分からなくなっていた。ただ、壊れていく自分に耐えられなかった。
やっちゃんは…きっと僕がまたここへ来る事を確信していたに違いない。
こんなふうになって、ようやく分かった。
きっと皆僕と同じなんだ。一度でも彼に触れられると、もう二度と忘れられなくなる。 お金と引き換えにしてでも彼が欲しくなる。やっちゃんはそれほどの魅力とテクニックを持ち合わせている。
汗をびっしょりかいた体にワイシャツが貼り付いて気持ちが悪い。
僕は目を閉じたまま手探りでワイシャツのボタンを外す事を試みた。でも、ちっともうまくいかない。 黙っていられないし、足をバタバタさせずにいられない。
僕が足をバタつかせたせいで、ベッドは常にギシギシと揺れていた。 きつく閉じた瞼の裏側には、白い星がいくつも見えた。そんな状態で、長持ちするわけなんかない。

 僕は更に足をバタつかせながら、いつも窓の向こうで聞いていたその言葉を叫んだ。何度も何度も…大きな声で。
「出る!出ちゃう!もうダメ!」
なのに…やっちゃんはまだその行為をやめなかった。彼の舌先は僕をまだもてあそび続ける。 限界がものすごいスピードでこみ上げてくる。
ダメ。ダメだ。本当に…もうダメだ。
「イヤ!ねぇ、やめて!」
僕はその時だけは本当に嫌で叫んでいた。彼の口の中で果てるのは…どうしても嫌だった。
僕が本当の限界を叫ぶと、やっとやっちゃんの舌が僕を離れた。1秒前まで彼の舌が乗っかっていた場所は…爆発寸前で解放された。
やっちゃんはすごい。僕が射精する直前にその行為をやめるんだから…

 途中でやめたマスターベーションがどんなにシラけるものかという事を、僕はよく知っていた。
すごくいい気持ちになっている時に母さんが部屋へ来たり…友達から電話がかかってきたり…今まで何度もそういう経験をしてきたからだ。
僕はそんな時、掴みかけていた天国行きの切符を奪った母さんや友達をいつも恨んだ。
そして僕は今、やっちゃんを恨み始めている。
本当に嫌だと思ってイヤと叫んだのに、本当に本当に嫌だったのに…彼の舌が離れた瞬間から僕はもう残念だと思い始めている。
もっと続けて…と、喉のあたりまで声が出かかっている…