9.

 久しぶりに図書館へ来た。
ここはなんて静かなんだろう。きっとここなら勉強がはかどるはずだ。 僕はそう思い、空いている机を探してその上に教科書とノートを広げた。
僕の背後には本棚がズラッと並び、椅子に腰かけて読書をしている人たちがたくさんいる。 でも、ここはそんな人たちの存在を忘れてしまうほどに静かだ。
ふと右を見ると、ぶ厚い辞書で調べ物をしている人がいる。左を見ると、鉛筆でノートに何か書き込んでいる人がいる。
僕もその人たちの仲間入りがしたい。そう思って教科書とノートを広げてみたけど…ここまで来てもやっぱり 考えるのはやっちゃんの事ばかりだった。
彼はあの日、すべてが済むと僕を抱きしめてこう言った。
『坊やがスキだよ。僕の体が空いてる時は窓を開けておくから…その時はいつでも来てね』
そう言われた時はすごく嬉しかった。でも…あれから5日間、彼の部屋の窓はずっと閉じたままだ。
窓が閉じている時、彼は僕ではない誰かの物になってしまう。
僕は自分の部屋にいるとそんな事ばかり考えてしまうから、今日は図書館へ勉強しに来たのだった。

 「ごめんね、嫌だった?」
あの後彼はそう言って、僕の隣に横になった。
彼が寝転がると、ベッドのスプリングがギシッと軋んだ。部屋の白い壁はそろそろ夕日の色に染まりつつあった。
僕らは2人並んでベッドに横たわり、白い天井を見つめていたけど…僕はあの時ワイシャツ以外何も身に着けていなかった。 そしてやっちゃんは上半身が裸で…それを思うと、なんだかすごく変な気がしていた。
「シャワーを浴びてから帰る?」
彼の放ったその一言で、僕はまた絶望した。
僕は確かに、かなりいい思いをさせてもらった。お金も払わずに…すごくいい思いをさせてもらった。
でもまだ物足りなかった。あと10円足りなくて漫画の本が買えなかったり、走るのが1秒遅くて目の前の電車に乗れなかったり… あの時の僕の気持ちは、そんな時の気持ちとよく似ていた。
「坊やみたいな人は初めてだよ。中学生がお小遣いをかき集めて、小銭を持って僕の所へ来るなんて…でも なんだか嬉しかった。坊やは心も体も綺麗だよ」
やっちゃんは天井を見つめながら茶色く染めた髪をかき上げ、その手で今度は僕と手をつないでくれた。
僕は10円足りなくて漫画の本が買えなかった時、すぐに諦めた。 目の前で電車のドアが閉まった時も、すぐに諦めた。 誰かにお金を借りようとも考えず、急いでいるので乗せて欲しいと駅員さんにお願いする事もなく、いつもすぐに諦めた。
でも…その時は諦められなかった。やっちゃんを諦める事だけはどうしてもできなかった。
「やっちゃん…もっとしてほしい」
僕はかなりの小心者だ。なのに、どうしてあんな事が言えたんだろう。あの時の事を思い出すと、耳が真っ赤になってしまう。 僕にとってはそのぐらい恥ずかしい事だったのに…どうしてあんな事が言えたんだろう。
「もっとしてほしいの?」
やっちゃんの声は至って冷静だった。でも僕と手をつないでいる彼の右手は、ちょっとだけ汗をかいていた。

 やっちゃんが起き上がった時は、すごく緊張した。もう終わりだと言われるのかと思って…すごく緊張した。
でも、そうではなかった。彼は僕の上に覆いかぶさり、渇いた唇にキスをして…それから、僕が頭を乗せている枕の下に 手を入れた。
次の瞬間、やっちゃんの手には透明な瓶が握られていた。僕は目の前にかざされたそれをじっと見つめていた。
その瓶には青い液体が入っていて…それを通して天井を見つめると、当たり前だけど天井が海のように青く見えた。
「これ、ローションだよ。知ってる?」
僕は枕に頭を乗せたまま小さく頷いた。もちろん使った事はないけど、その存在は知っていた。
「坊や、途中で嫌になったらすぐにそう言ってね」
僕は、大きく首を振った。もう中途半端なままで終わるのは絶対に嫌だと思っていたからだ。
僕はやっちゃんがスキ。たとえイヤと叫んだとしても、それは本物のイヤではない。 その時の僕にはもうそういう事がちゃんと分かっていた。
でもやっちゃんは、ローションを片手に心配そうな目で僕を見下ろしていた。 彼の茶色い髪に夕日が当たって、とても綺麗だった。
「坊や、初めてだよね?きっと最初は痛いよ」
「我慢できる」
「そう?いい子だね…」
軽いキスの後、僕の顔の上でやっちゃんがローションのフタを開けた。 そして彼の真っ白い手が、青の液体を受け止めた。
それからやっちゃんは僕の視界から消え、目の前にはまた白い天井が現れた。
その時、半分開けた窓の外からギャーと泣く子供の声が聞こえてきた。僕はそれを聞いて、やっちゃんに1つお願いをした。
「お願いやっちゃん、窓を閉めて」
「どうして?」
「お願い…」
2度お願いすると、やっちゃんはベッドから飛び下りてすぐに窓を閉めてくれた。 僕は頭の上に響くガラガラ、バタン。という音をたしかにちゃんと聞いた。

 またベッドがギシッと軋み、やっちゃんが僕の所へ戻ってきてくれた。
そして彼の手が、また僕の両足を軽く開かせた。
「リラックスして、いい子だから」
その声が聞こえた後、お尻の穴に冷たい物を感じて僕は一瞬震えた。少しスースーする冷たい感触。これがさっきの…青い液体の感触。
「少し我慢してね」
やっちゃんの指が、僕の中へ入ってきた。僕は奥歯を噛み締め、目を閉じた。
「痛かったら言ってね」
やっちゃんは、気を遣って優しい言葉を何度も口にした。
少し苦しかったけど、僕は彼を受け入れたかった。彼が欲しくてたまらなかった。
最初は1本だった指が、やがて2本に増えた。
2本の指が僕の中をかき回した。少し痛かった。でも耐えられないほどではなかった。 それは今までに一度も味わった事のないような、おかしな感覚だった。
「本当に初めてなんだね。穴がすごく小さいもん」
僕はきつく目を閉じたまま顔を横に背けた。真っ赤になった耳を…片方だけでも隠したかったからだ。
僕はもうたっぷり汗をかいていた。折り曲げた足の付け根あたりから次々と汗のしずくがシーツへ滴り落ちた。
またワイシャツが肌に貼り付く。僕はやっちゃんの指よりもその感触に耐えられず、今度こそ手探りでワイシャツの ボタンを外した。
外に声が漏れるのが嫌で窓を閉めてと言ったけど…風の入らないあの部屋はものすごく暑くて、 それはそれでつらかった。
「だいぶ広がったみたい。少しずつ…がんばってみようか」
枕に乗せられたお尻の穴は、彼が言うようにだいぶほぐされて中が広がっていた。 やっちゃんの指が3本に増えても、さっきより痛くなかった。

 額から汗が流れ、そのしずくが枕カバーにいくつも滴り落ちた。その後やっちゃんの3本の指が僕の体内から去った。
でもまたすぐ後に…僕はその入口付近に何か硬い物を感じた。それは…やっちゃんそのものだった。
「気持ちを楽にして。いくよ」
僕は顔を真っ直ぐ上へ向けた。するとすぐそこに天使のようなやっちゃんの顔があった。 彼の目はずっと僕だけに向けられていた。
やっちゃんの手が僕の両足を持ち上げて大きく開き、よくほぐされて広がったはずの場所へ彼自身が飛び込んできた。
指が入っていた時とは比べ物にならないほど痛くて、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。
「あーっ、痛い!」
「大きく深呼吸して。いい?これから動かすから、僕が入れたら力いっぱい息を吸って。抜いたら息を吐いて。できるかな?」
僕はバージンの女の子が痛くて泣いてしまうのをアダルトビデオで見た事がある。
でも…男も最初は同じ思いをするという事を、僕はあの時身を持って知った。
「息を吸って、坊や」
彼が中へ入ってくると、僕は夢中でやっちゃんの言う通りに息を吸った。そして彼が出て行った時、肺の中に溜め込んだ 息を全部吐き出した。
やっちゃんは、最初はゆっくり動いた。でも徐々にピストン運動が早くなると、ベッドの軋む音と共に僕の息も早くなった。
「はぁ…はぁ…はぁ」
「上手だよ、坊や」
褒められると嬉しくて、僕はやっちゃんの動きと呼吸を合わせた。するとしだいに痛みは感じなくなっていった。
でもそれは、決して気持ちのいいものではなかった。 彼がグイグイ入ってくると、お尻から腰にかけてものすごい圧迫感があった。
息を合わせるのがやっとで瞼に力を込める元気を失い、知らず知らずのうちに目が開くと…大開脚している自分の両足の裏が 天井を向いているのが分かった。
僕はまた瞼に力を込めて、思い切り強く目を閉じた。 すごく恥ずかしかった。僕はあの時、なんという恥ずかしい姿をさらけ出していたんだろう。
「あっ!」
瞼を閉じて目の前が真っ暗になった時、ものすごい早さで腰を動かしながらやっちゃんの指が僕自身をもてあそび始めた。
腰に感じる鈍い圧迫感と共に、ものすごい快感が体中を駆け巡った。
すると目の前にまた白い星が見えた。もう…止められなかった。
「出る…出ちゃう」
「いいんだよ。我慢しないで」
やっちゃんの低い声がそう言い終わらないうちに…生温かい僕の分身が勢いよく体内を飛び出した。 それは…僕のあごのあたりまで飛んできた。
「あっ…出る」
その後意識が朦朧としている時に、僕はやっちゃんの声を聞いた。
やっちゃんの分身が僕の体内で溢れ出す。そして体内で吸収しきれなかった者たちが次々と外へ溢れ出す。
やっちゃんのそれは…僕の体内でピクピクと動いていた。
僕はその瞬間、やっと窓の向こうの住人になれたんだ。

 僕は誰かの咳払いを聞いて、ふと我に返った。
ここは静かな図書館だったんだ。やっちゃんの事を思い出していると…そんな事はすぐに忘れてしまう。
そっと股間に手をやると、もうそこは硬くなっていた。
これじゃあ自分の部屋にいるのと何も変わらない。こんなんじゃあ…全然勉強にならない。
僕は椅子をギギッと鳴らして立ち上がった。やっちゃんのベッドが軋む音を思い出し、また耳が熱くなる。
それから僕は机に向かっている人たちの後ろを通り、とりあえずトイレに向かった。
1回性欲を発散させて…それから勉強に取り組もうと思ったからだ。そうしないと、とても勉強なんか始められないと思っていた。
柔らかいカーペットの上を音もなく歩いて行くとやがて自動ドアがあり、右側にトイレのマークが見えた。
僕はそこへ向かって歩き始めた。だけど、トイレへ行き着く前にホールの真ん中で立ち止まってしまった。
図書館のホールには木造りのベンチが4つ並んでいて、そこで読書している人たちが何人かいた。 そして彼らの背後は、壁一面がガラス張りになっていた。
ガラスの向こうに見えるのは、大きなマンション。その手前に見えるのが、赤や黄色の花が咲く花壇。
僕はその花壇の向こうに母さんの姿を見つけて立ち止まったんだ。
母さんは、週4〜5日パートで働いている。 仕事の事はよく分からないけど、印刷会社の営業を手伝っていると母さんは言っていた。
その母さんは今朝、今日もパートに行くけど夕食を作る時間までにはちゃんと帰ってくるからね、と僕に言っていた。
でも…その時見かけた母さんは、僕の知らない母さんだった。