3.

 「ストップ、ストーップ!」
しばらくすると背中の後ろからそう叫ばれ、俺はタンデムしているママチャリに急ブレーキをかけた。 すると想像通りにママチャリのキキーという黄色い声が閑静な住宅街にこだました。
そして俺はママチャリにまたがったまま 目の前に立ちはだかる白い壁のマンションを見上げた。すると……首が痛くなった。
その後荷台が軽くなり、気付くと少年は俺のすぐ隣に立っていた。
「僕の家、ここの18階です」
彼にそう言われた時、自分と彼との身分の違いを感じた。
彼は高層マンション住まいで、俺は6畳一間の風呂なしボロアパート住まい。俺たちは、まったく別の人種だ。
俺はもう一度首が痛くなるのを覚悟して空高く伸びる高層マンションを見上げた。その先端の更に上には煌く星がいくつも見えた。
マンションの入口前にはなんだかよく分からないオブジェがあり、縦に長い石の上をチョロチョロと水が流れていた。
俺は、ちょっと気後れしていた。なんとなく想像はついていたけど、やっぱり彼はお坊ちゃんなんだ。

 マンションの前に着いた時、俺は彼の家へは行かずに帰ろうと思った。 ただ現実問題としてその時の俺は非常に汗臭かった。だから、ありがたく風呂を借りてさっさと帰ろうと方針転換した。
「お兄さん、自転車も一緒にエレベーターに乗せてね。外に置いて盗まれたら大変だから……」
俺がマンションの入口付近にママチャリを置こうとした時、彼は真顔でそんな事を言った。
俺はその時本気で大笑いした。ゴミ置き場からかっぱらってきたサビ付きのママチャリなんて、絶対に盗まれるわけがない。
「こんな物、盗まれないよ」
俺はそう言って堂々と入口の横にママチャリを置いた。でも彼はそれを許さず、とうとう自分でママチャリを押しながらエレベーターホールへ向かった。

 「お邪魔しまーす」
そう言って彼の家の玄関へ一歩足を踏み入れた時、俺は本当に帰りたくなった。何故なら、すべてが素晴らしすぎたからだ。
ゆったりとした広い玄関の床には、大理石が敷き詰められていた。そして真っ白な下駄箱の上には高そうなツボがドーンと置いてあった。
少年はピカピカに光る大理石の床の上へサビ付きのママチャリを押し入れた。タイヤがつぶれ、ハンドルの曲がっている俺の愛車は『居心地悪いよー!』と叫び続けていた。
ドーンとしたツボの横にママチャリを置くと、彼は俺を振り返ってこう言った。
「お兄さん、誰もいないから遠慮しないで入って」
薄い唇から溢れ出る『お兄さん』という言葉が俺の心臓を早くする。彼が透き通る声で奏でる『お兄さん』は俺を完全に骨抜きにした。
人形のような薄茶色の目が俺を見つめていた。形のいい鼻が真っ直ぐに俺に向けられていた。時々ピンク色の唇をキュッと尖らせるのは、彼のクセなんだろうか。
「お風呂はこっちだよ」
彼はサラサラな茶色の髪を揺らして右手のドアの奥へと姿を消した。
俺は湧き上がる性欲を拳に握り締め、彼の後に続いた。

 バスルームはシャレていて、全部がガラス張りになっていた。まるでホテルの風呂みたいだ。 バスタブはアメリカ映画に出てくるような猫足の物だった。卵形のバスタブには、まだお湯が半分ぐらいしかたまっていない。彼が入れていった入浴剤のせいで、バスタブのお湯はミルクのように白くにごっていた。
お湯の温度を調節してシャワーを出すと、ガラスはすぐに曇り始めた。 俺はせっけんやシャンプーは好きに使ってくれという彼の言葉に甘えて、備え付けの小さな棚にあるポンプ式ボディーソープに手を伸ばした。
一通り全身に泡を塗りたくった後、俺は1番最後にすっかり膨らんでいるシンボルをゴシゴシと右手で擦った。
最初に頭の中で彼とやっちまった時、これをするのは少年の役目だった。 でも現実はそう甘くはない。甘くはないけれど、そうなるのを待っていられるほどシンボルは気が長くない。
「うぅ……」
右手を動かすほどにだんだん至福の時が近づき、我慢できずに声が出てしまう。 でもシャワーの音の方が勝っているから、その声が外に漏れる事はまずないだろう。 ガラスの壁に向かって射精しても、すぐにシャワーで洗い流せばいいだろう……
「あぁ……」
俺は頭の上から熱いシャワーを浴びながら、右手でもっと熱い物を擦り続け、ガラスの壁に左手をついた。
「う……うぅ……」
頭を上げると、日焼けして真っ黒な顔に容赦なく熱い雨が降り注がれる。
あぁ……すっげぇ気持ちいい。

 「お湯たまった?」
それはあまりにも突然だった。いや、きっと気配はあったのかもしれないが、俺はその時快楽に没頭していて彼が来る気配を感じ取る事ができなかったんだ。
だって彼はゆっくり入ってね、と俺に言ったけど……一緒に風呂に入るなんて一言も言っていなかった。
その透き通る声は、ガラスのドアが開く音と同時に背後で聞こえた。
気が狂いそうなほどパニックになった状態で後ろを振り返ると、2メートル先にすっ裸の少年が立っていた。
シミ一つない真っ白な肌。バランスのとれた体型。長い手と長い足。もう銭湯で何度も鉢合わせして彼の体は見慣れているはずなのに、その美しさに目がくらんだ。
「背中流してあげるよ」
俺はそう言って近づいてくる彼から逃げるようにシャワーの下を抜け出し、まだ半分しかお湯がたまっていないバスタブの中へ避難した。
俺があまりにも勢いよくお湯の中に飛び込んだため、せっかくたまったお湯の半分以上がびっくりしたように飛び跳ねてバスタブから零れ落ちてしまった。
「まだお湯がたまってないのに……」
少年は呆れたような顔をして少ないお湯に浸る俺を見つめていた。 バスタブのお湯の量がどうであれ、俺にはこうするしか他に手立てがなかったんだ。
爆発寸前のシンボルを彼に見せるわけにはいかない。しかもそうなった原因が彼にあるという事は、絶対に悟られてはいけないと思った。