4.

 あの後彼はすでに俺がいるバスタブへ入り込み、お湯に浸かりながら自分の事をいろいろと語り始めた。
彼は現在高校1年生。ただし今は夏休みで、毎日が日曜日のようだ。
少年の母親は日本人とアメリカ人のハーフらしい。彼の肌が白いのは、どうやら母親の血だ。
その母親は、1ヶ月前に父親と夫婦喧嘩してアメリカの実家へ帰ってしまったらしい。 その後すぐに外資系企業で働く父親がタイへ長期出張に出てしまい、彼は現在1人暮らしのような状況だという。
彼はふざけて俺にお湯を引っ掛けたりしながらそんな事を笑顔で話していたけど、一見裕福で幸せに思える家庭でもいろいろと複雑な問題を抱えているようだ。

 30分後に風呂から上がった時、俺はユデダコ状態になっていた。
汗を洗い流すために風呂へ入ったのに、風呂を上がった後にも体中から汗が噴き出してひどい目に遭った。 体の内も外もホットになりすぎて、よく日焼けした肌は真っ赤になっていた。
俺は長風呂が苦手だ。本当ならお湯に5分も浸かっていられない体質だ。
でも彼がなかなか出て行ってくれないから、俺も風呂を上がる事ができなかったんだ。
それはもちろん……下半身の事情だった。彼が裸で側にいる間、爆発寸前のシンボルが萎える事はなかった。
俺は彼が風呂から上がった後すぐにバスタブの中で性欲を吐き出し、熱くなりすぎた体を引きずってフラフラしながらバスルームを後にした。
それにしても30分もお預けなんて、体に悪すぎる。

 その後パンツ1枚の姿で彼の待つリビングへ行くと、すでにパジャマに着替えた彼が冷えた缶ビールを手渡してくれた。
「お兄さん、お酒が飲める年だよね?」
「おぅ! サンキュ」
俺は花柄の布が張られたフカフカなソファーにドカッと座り、ゴクゴク喉を鳴らしながらビールを一気飲みした。
うまい! これでやっと生き返った。やっとユデダコから人間に戻る事ができた。
その時彼は俺の向かい側に座って覗き込むように俺を見つめていた。まだ湿っている髪からポトポトと雫をたらしながら。
「お兄さん大丈夫? 体が真っ赤だよ」
バカヤロー! そうなったのは誰のせいだと思ってるんだ。女みたいに長風呂しやがって!
俺は心の中でそう言いながら彼を睨みつけてやった。だけど無邪気な彼は反省の色も見せず、あろう事か俺にウインクを投げて寄こした。
その仕草がまたすごくカワイイ。濡れてぺちゃんこになった髪も……ものすごく愛くるしい。フフッと小さく笑う声も、あまりに素敵すぎる。
俺は缶の中に残っているわずかなビールをズズッとすすった。
ダメだ。こいつに襲い掛かる前に早くここから退散しなければならない。

 俺はソファーに座ったまま頭からティーシャツをかぶり、それとなく広いリビングの中を見渡した。
真四角で明るいその部屋にはほとんど家具らしい物がなく、ソファーとテーブル以外には壁際にプラズマテレビが置いてあるだけだった。そして床は濃い茶色のフローリング。 そこはまるでドラマでしか見られないようなシンプルでクールな部屋だった。
だけど……なんというか、生活感のない淋しい感じの部屋だ。クーラーから放たれる微弱な風の音がより一層淋しさをかもし出している。
16歳の少年がこんな家に1人でいるなんて……ちょっとかわいそうな気がした。
「お兄さん、今日泊まっていく?」
上質なフローリングの床を見つめていた俺に、少年が甘い誘惑を投げかけた。
彼は相変わらず無邪気に微笑み、ガラス玉のような薄茶色の目で正面からじっと俺を見つめていた。
本当はその誘惑に乗ってしまいたい。だが、イカンイカン。そんな事をしたら本当に彼を犯してしまう。
「俺明日の朝早いから、もう帰るよ」
俺は立ち上がって急いでズボンを履き、レジ袋を片手にさっさと玄関へ向かった。1秒でも早くここを出たかった。大きな間違いを起こす前に。

 「もっとゆっくりしていけばいいのに……」
玄関へ行くと、立派な大理石の上に泥だらけのスニーカーがきちんと揃えて置いてあった。彼は薄汚いスニーカーへ足を突っ込む俺の背中に向かって残念そうにそう言った。
「いやいや、本当に明日の朝早いんだよ。風呂貸してくれてサンキュ」
俺は彼に背を向けたままでそう返事をした。
さっさと帰りたいのに、こんな時に限ってうまく靴が履けない。 俺はしかたなく靴の後ろを踏んづけたまま振り返った。そして愛車のママチャリに手を掛けようとしたその瞬間……パジャマ姿の彼が、突然俺の肩に手を回して抱きついてきた。
いったい何が起こったのか理解できないうちに、今度は頬に彼の柔らかな唇が触れた。 俺はその時 間違いなくチュッと音がするのを耳で聞いた。一瞬腰が砕けそうなほどクラクラとめまいがした。

 大理石の床の上に呆然と立ち尽くす俺。 きっとその時の俺は、口が半開きでマヌケな顔をしていたに違いない。
彼はさっと俺から離れ、さっきと同じようにフフッと笑いながらもう一度俺にウインクして見せた。
「びっくりした? でも僕のママはアメリカ人だから、うちではこれが普通の挨拶なんだよ」
彼はピンク色の唇を尖らせ、悩ましげな目で俺を見上げていた。
一瞬、その細い体を包み込む真っ白なパジャマを剥ぎ取りたい衝動に駆られた。
俺は今度こそママチャリのハンドルを握り締め、回れ右して玄関のドアへ突進した。あんまり慌てていたのでその時肘が下駄箱に当たり、高そうなツボがユラユラ揺れていたけど……そんなの知った事じゃない。
「バイバイ、お兄さん。またお風呂に入りに来て。僕1人で淋しいんだ……」
玄関のドアを飛び出した俺の背中を、彼の透き通る声が追いかけてきた。
俺はママチャリを押しながらマンションの白い廊下を駆け出し、エレベーターに向かった。

 あいつはとんでもない奴だ。まるで小悪魔だ。あんな奴に誘惑されたら、ひとたまりもない。
さっきまで収まっていたのに、またシンボルが膨らみつつある。
その事が、なんだかとても悔しかった。