12.
ビーチパラソルの影に腰掛けて、ぼんやりと青い海を眺める。白い砂浜のクッションは、とても心地がよかった。
その時、波打ち際にはチビの背中があった。
僕は泳ぎ疲れて休憩していたけれど、チビはまだまだ元気が有り余っている様子だった。
夕方の太陽は少し低い位置へと移動していた。それでも外はまだ十分に暑かった。
濡れた髪から流れ落ちる雫が、音もなく肩を叩く。
長い時間海辺にいたために、肌はかなり焼けてしまった。腕や胸のあたりがヒリヒリするのは、恐らくそのせいだ。
さっきまでは白かったチビの背中も、同じく日に焼けて真っ赤になっていた。
でもきっと、海パンに隠された肌は真っ白なままなのだろう。
しばらくすると、チビが胸に何かを抱えて僕の所へ駆け寄ってきた。
彼はその時、頬にエクボを浮かべて嬉しそうに笑っていた。その笑顔は、真夏の太陽よりもずっとまぶしかった。
「見て。いっぱい拾ったよ」
彼は僕の前に体育座りをして、抱えてきた物を全部白い砂の上に撒いた。それはいろんな形をした貝殻だった。
ピンク色の小さな貝や、白い色の巻き貝。彼はそれをたくさん拾い集めて、僕に見せに来てくれたのだった。
「すごいね。こんなにいっぱい見つけたんだ」
「何か思い出になる物が欲しかったから……」
チビは僕に笑い掛け、満足そうにそう言った。
しっとり濡れた二色の髪は、頭皮にピッタリと貼り付いていた。
僕は彼の頭のてっぺんに砂が付いているのを見つけ、それを右手で払ってあげた。
でもその時、チビはもう僕を見ていなかったのだ。
彼の目線を追いかけると、そこには茶色の子猫がいた。耳がピンと立っていて、灰色の目をした綺麗な子猫だ。
子猫はゆっくりと砂浜を歩いて僕たちへ近づいてきた。その小さな足跡は、随分遠くから続いていた。
子猫がピタリと足を止めたのは、ビーチパラソルの少し手前に来た時だった。
それはきっと、僕に対して警戒心を抱いたからだ。子猫にきつい目で睨まれた時に、僕ははっきりとそう感じた。
でもチビが仲間である事はちゃんと分かるらしく、子猫が彼を見る目つきはとても穏やかだった。
そしてそれはチビも同じだった。彼は優しい目で子猫を見つめ、自然に口許を緩ませていた。
それから彼らは、しばらく内緒話をしていた。
チビも子猫も鳴き声1つ上げなかったけれど、2人はしっかりと目で会話を交わしていたのだ。
チビが眉をひそめた時、子猫はつらい打ち明け話をしていたのかもしれない。
彼が小さく微笑んだ時は、何か楽しい話をしていたのだろうか。でもそれは、単なる想像に過ぎなかった。
その時、僕の存在は無意味だった。
子猫とチビが見つめ合う空間は、たしかに彼らだけのものだった。2人の間に流れる空気は、絶対に他とは違っていた。
そこには僕が入り込む隙間なんて、これっぽっちもなかったのだ。
僕はチビのすべてを独り占めしているわけではなく、彼には彼の世界があったのだ。
チビが世の中の事をよく知らないように、僕も彼の世界の事はまったく分からない。
それをはっきりと意識した時、心の中がひどくモヤモヤした。
波の音に混じって、誰かの笑い声が聞こえてきた。
僕が浜辺で孤独を感じていたのは、恐らく1分か2分の短い時間だった。
チビとの会話を終えると、子猫はすぐに走り去った。茶色の小さな背中は、あっという間に遠くに消えていった。
風が吹いて、白い砂がわずかに舞い上がった。チビは目の中に砂が入ったらしく、濡れた手でゴシゴシと両目を擦っていた。
「大丈夫?」
本当はそう言って、彼の頭を撫でてやりたかった。
いつもの僕なら、きっとすぐにそうしたはずだ。でもその時の僕は、明らかにいつもの自分ではなかったのだ。
「来いよ」
僕は立ち上がり、チビを引きずるようにして部屋の中へ連れ込んだ。
濡れた体から流れ落ちる雫が、音もなくフローリングの床を叩く。
チビは充血した目でじっと僕を見つめていた。日に焼けて赤くなった頬に、エクボはまったく見当たらなかった。
乱暴に閉めたガラス戸が、勢い余って跳ね返った。すると5センチぐらい開いた戸の隙間から、強い潮風が入り込んできた。
「シャワーに入る?」
僕の心は乱れていたのに、チビは至って冷静だった。彼はいつもと変わらぬ調子で、ごく普通にそう言った。
チビは僕の返事を待たずに濡れた海パンを脱いでしまった。その下の肌は、思った通り真っ白だった。
裸の彼を見つめると、嫌でもどんどん性欲が高まってきた。
チビを絶対に自分だけのものにしたい。彼のすべてを、全部手に入れたい。
心の奥からそんな思いが込み上げて、気付くと僕は彼をベッドへ押し倒していた。
濡れた体がぶつかり合うと、皮膚が少しヒリヒリした。
彼の上に圧し掛かり、少し腰を浮かせて、もどかしさを感じながら濡れた海パンを下ろす。僕の下腹部に存在するものは、彼を求めて止まなかった。
チビは不安げな目で僕を見上げていた。僕がいつもの僕じゃない事に、きっと彼も気づいたのだろう。
二色の髪をそっと撫でると、シーツの上にパラパラと白い砂が零れ落ちた。
濡れた背中に、潮風が当たる。エアコンの風は冷たかったけれど、外から来る風は異様に生温かった。
素早く起き上がり、彼の足を強引に開いて、小さな穴をそっと覗く。日に焼けるはずなどなかったのに、そこは少し赤みを帯びていた。
その入口に硬くなったものを近づけると、僕はすぐに彼の中へ入った。
甘い言葉を囁くわけでもなく、一切愛撫もせず、僕は淡々とその行為へ走ったのだ。
メチャクチャなリズムで腰を動かすと、狭く温かい壁が僕のものを強く締め付けた。
両手でチビの肩を押さえ付け、とにかく乱暴に彼の中をかき回す。
チビがちっとも感じていない事を、僕はちゃんと知っていた。彼の心と体は、まだ僕を受け入れる準備が整っていなかったのだ。
チビの顔が、苦痛に歪む。きつく閉じた瞼の隙間に、キラリと光る涙が見える。
優しさの欠片もない、自分本位な、マスターベーションのようなセックス。
こんな不可解な行為をしてしまう自分に、僕はすごく戸惑っていた。