22.
夕日を見てこれほど悲しくなったのは今日が初めてだった。オレンジ色の空を見上げると、ただそれだけで涙が込み上げてきた。
僕はチビを探して、様々な場所へ行った。
彼と2人で立ち寄った所や、チビと初めて出会った場所。とにかく思いつく所には全部行ってみたけれど、彼はどこにもいなかった。
夕焼け空は、とても美しい。でも空がオレンジ色を失うと、あっという間に夜が近付いてくる。
外が真っ暗になってしまったら、チビを探す事はますます困難になる。
それが分かっていたから、僕はとにかく走り続けた。
道行く人に、「チビを知りませんか?」と尋ねてみたい。誰かとすれ違うたびに、僕はそう思った。
でもチビを探して走り回っている間は、人と目が合う事さえほとんどなかった。
もしかすると笑顔で家路に着く人たちには、僕の姿など見えていなかったのかもしれない。
あたりが薄暗くなると、だんだん心細くなってきた。
このままチビが見つからなかったら、どうしよう。
彼が2度と帰ってこなかったら、いったいどうすればいいのだろう……
僕は大きな橋の真上で遂に立ち止まった。1人ぼっちの僕を追い抜いていく車は、すべてがライトを点けて走っていた。
橋の欄干に手を掛けて、流れが緩やかな川を見下ろす。
その時思い出したのは、チビと2人で花火をした時の事だった。
ロケット花火を夜空に飛ばすと、彼はすごくはしゃいで何度も拍手をしていた。
それからチビは、両手を夜空に伸ばして星を掴もうとした。でもそれは、もちろんうまくはいかなかったのだ。
目線を上げると、遠くの方に一際目立つ背の高いマンションが見えた。
僕はアパートを飛び出した後、1番最初にその屋上へ向かった。
オートロック式の入口はしっかりと閉ざされていたので、あの日と同じように非常階段を上ってそこへ行ったのだ。
でも、屋上にチビの姿はなかった。川の淵へも行ってみたけれど、そこでも彼を見つける事はできなかった。
涼しい夜風が身に沁みる。
こんな時だというのに、だんだんお腹が空いてきた。僕はそんな自分に対して、無性に腹が立っていた。
二宮が僕の携帯電話を鳴らしたのは、ちょうどその時の事だった。
でも僕は、しばらく電話が鳴っている事に気付かなかったらしい。彼の最初の一言を聞いた時に、初めてその事が分かった。
「なかなか電話に出ないから、心配したぞ」
二宮は今の僕の状況を知らない。だからその声は、すごく弾んでいた。
「今度いつ会える?」
車の走る音と風の音に混じって、その声が小さく耳に響いた。
僕はチビにいつ会えるのだろう。
明日にならなきゃ会えないのだろうか。
今夜は1人で眠らなくちゃいけないのだろうか。
もしかして、もう2度と彼には会えないんじゃないだろうか。
「トシくん? 聞こえてる?」
僕には彼の声がちゃんと聞こえていた。
二宮は僕の話を何でも聞いてくれる。だけど今は、何も言えなかった。
チビを探してさまよっている事なんか、どうしたって話せるわけがなかった。
僕はこんな時でもお腹が空くし、どんな時でも二宮との関係を維持しようとしていた。
チビはきっと、僕の言葉に傷付いて出て行ったわけではない。
恐らく彼は、こんな僕に呆れて出て行ってしまったのだ。
「トシくん、どうした? 何かあったのか?」
自分が情けなくて、涙が溢れた。冷たい涙が頬に流れ落ち、夜風が僕の髪を揺らした。
「ねぇ、空を見上げてごらん。星が綺麗だよ」
二宮にそう言われて、涙の向こうにある夜空を見上げた。
右手を高く上げて、ゆっくりと星に手を伸ばす。でも僕の手に触れるものは、何一つなかった。
僕はすぐに視線を落とし、ぼんやりと滲む遠くのマンションを眺めた。そこに並ぶ窓には、所々に明かりが点っていた。
さっきマンションの屋上へ行った時、空はまだ明るかった。でもあの頃の空と今の空は、まったく違う。
外が暗くなったら、チビを探す事は困難になる。僕は最初はそう思っていた。
でも、そうじゃない。チビはきっと、星に1番近い所へやってくる。
どこにも拠り所のない僕は、無理やり自分にそう言い聞かせた。
もう1度あのマンションの屋上へ行ってみよう。夜空に星が輝く今、もう1度だけあそこへ行ってみよう。
僕はすぐにそう決心して、二宮との短い電話を終えた。