29.
「トシくん、きてくれたの?」
それから僕は、フラフラと二宮の部屋を訪れた。
彼はパジャマ姿で、今の今まで寝ていた様子だった。それでも突然訪ねてきた僕を、優しい笑顔で迎えてくれた。
「今日は会えると思ってなかったから、すごく嬉しいよ」
玄関で抱きつかれた瞬間に、急いで靴を脱ぎ捨てた。
彼を強引に引っ張って、すぐにベッドへ押し倒す。ベランダは厚いカーテンに覆われていて、部屋の中は薄暗かった。
2人は温かいベッドの上で絡み合った。噛り付くようにキスをして、朝からお互いを求め合ったのだ。
ズボンの上から下腹部を触られると、すぐに我慢ができなくなった。それは二宮も同じで、彼は自らパジャマのズボンを下ろした。
「トシくん、抱いて。早く」
二宮の下半身がむき出しになると、前儀も取っ払ってすぐに彼の中へ入った。
昨夜は何度もチビと愛し合ったし、今朝も起きるとすぐに彼を抱いた。なのに自分の中には、まだ十分に性欲が残っていた。
「気持ちいい……」
目を閉じて腰を振ると、二宮の声が耳に小さく響いた。僕はその囁きを聞きながら、まったく別な事を考えていた。
自分はチビにとって、特別な存在ではなかったのかもしれない。だって店長でさえ、彼が猫である事をちゃんと知っていた。
チビが道路でうずくまっていた時、偶然通りかかったのが僕だった。
あの時別な人があの道を歩いていたら、チビはその人のものになっていたのかもしれない……
二宮の体を何度か出入りすると、やがて絶頂の時が近付いてきた。
チビと愛し合う時も、この感覚はまったく変わらない。
体が熱くなって、頭も熱くなって、全身が快感に包まれ、大量の精液が溢れ出す。
二宮を抱く時も、チビを抱く時も、こうして同じ満足感を得る事ができる。
僕はそれをたしかめるために、ここへやってきたのかもしれない。
「すごくよかった。朝からいい気持ちになれて、本当に嬉しいよ」
いきなりのセックスを終えると、彼は僕に寄り添った。寝癖の付いた赤茶色の髪は、甘いシャンプーの香りがした。
「30分休んだら、もう1回しようよ」
上目遣いでそう言われた時、彼には内緒だけどまたすぐにあそこが硬くなってきた。
丸まったティッシュが床に転がっているのを見ると、なんとも複雑な気持ちになった。
僕はチビと二宮の体を、こうしていつも行き来する。
そんな状態が長く続かない事は、自分でもなんとなく分かっていたような気がする。
僕は30分間眠りたいと思った。最近いろんな事がありすぎて、心身共に疲れていたのだ。
だけど心の乱れは修正されず、とても眠れるような状態ではなかった。
「どうしたの? 今日はちょっと変だね」
そう言われると、ドキッとした。二宮は僕の心の乱れに気付いてしまったようだ。
「何か悩み事があるなら、話してほしいな」
僕の鼻をツンと突いて、彼がにっこり微笑んだ。
赤茶色の髪をそっと撫でて、眉の上の傷跡をなぞる。
それが2人をつなぐものだと思うと、指に触れる傷がとても愛しく感じた。
その時僕は、彼に話をしてみようと思った。
心の疲れを1人で抱え込むのは、もうそろそろ限界だったのだ。この時僕には、彼が必要だった。
「ねぇ、笑わないで聞いてくれる?」
「何? どんな事?」
「人間の姿をした猫を見た事がある?」
突然おかしな質問をぶつけると、二宮の笑顔は失われ、厚い唇がきゅっと真一文字に結ばれた。
彼の顔色が曇り、徐々に眉間にシワが寄っていく。その肌はとても温かいのに、僕を見る目は冷たく感じた。
2人で愛し合ったこの部屋に、不穏な空気が漂い始める。
しばらく待っても返事がないのは、僕の質問があまりにも馬鹿げているからだ。
「ごめん、今のは忘れて」
僕は落胆し、頭から布団を被った。
やっぱり無理だ。いくら彼が優しくても、この複雑な事情を理解してもらえるはずはない。
チビと2人で暮らす今は、夢物語のようなものなのだから。
「俺、見た事あるよ」
ところが布団を被った直後に、彼がはっきりとそう言った。
激しい衝撃が、頭のてっぺんから爪先までを駆け抜けていく。
胸の高鳴りを感じて顔を出すと、2人の視線がぶつかり合った。