32.

 9月に入ると、僕たちの関係が微妙に変わった。
それは緩やかな変化だったかもしれないけれど、僕にとってはとても重要な事だった。
仕事から帰ると、チビはいつもベッドで眠っている。裸になって、半分口を開けて、スースーと寝息をたてているのだ。
僕が帰っても、抱きついてくる事もない。「お風呂が先?」と聞いてくるような事もない。
彼は僕の気配にまったく気付かず、ただ延々と眠り続けているのだった。

 僕は彼を起こさないように、静かに行動を起こす。
冷蔵庫を開けてミルクを取り出したり、少しずつ夕食の用意を始めたり。
ロープに洗濯物が干されているのを見ると、どうしても彼を起こす気にはなれなかった。
チビはチビなりにがんばって僕の手伝いをしてくれているのだ。 それで疲れて眠っているのなら、構ってもらえなくても仕方がない。
たしかにそれはそうだけれど、淋しくないと言えば嘘になる。


 外が暗くなると、部屋に明かりを点した。それから窓をそっとカーテンで覆う。
瞼の向こうに人工的な光を感じて、チビがモゾモゾと動き出した。それから僕は、ようやく彼を起こす事にする。
「チビ、おはよう」
温かい布団に潜り込んで、早速彼にキスをする。チビは嬉しそうに微笑むけれど、寝起きの目は少し赤い。
それでも構わず彼に触れる。首筋を撫でて、乳首をつまみ、右手をへそのあたりまで下げていく。
僕はもうその気になっているので、あそこはすっかり硬くなっていた。 なのにチビは、たびたびやんわりとそれを拒むのだった。
「トシくん、もう少し寝かせて。今日はなんだか疲れてるんだ」
真っ赤な目をした彼が、僕を見上げてそう言う。そして返事を聞かずに、そっと目を閉じてしまう。
チビの頬に触れても、もうこれといって反応はない。ただ指先に、柔らかい感触が伝わってくるだけだ。


 それから僕は、悶々としたままシャワーを浴びる。
バスルームの鏡には、やる気満々の下腹部がそのまま映し出されていた。
シャワーのお湯が髪を濡らし、頬を濡らし、やがて全身を熱くした。

 湯気で鏡が曇る頃、目を閉じてマスターベーションを始める。
自分でするのもそう悪くはない。 声を上げてもシャワーの音にかき消されるし、右手は確実に僕を導いてくれるからだ。
「あっ、あぁ……」
すごく感じて天を仰ぐと、シャワーのお湯が少し口に入った。
そんな時でも、右手の動きは決して止めない。 器用な5本の指は、根元から先端までを余すところなく擦り続ける。
さっきまでチビを欲しがっていたはずなのに、頭に浮かぶのは二宮の裸体だった。
白い肌に身を寄せて、彼の中に入りたい。
指を噛んで声を押し殺す彼を、いつまでもずっと眺めていたい……
「二宮……」
左手で掴むバスルームの壁は、彼の肌とは似ても似つかなかった。
だんだん余裕が失われていくと、立っているのがつらくなる。
ヘナヘナと座り込む僕の体には、絶えずシャワーが降り注がれた。
「あぁ……」
果てる瞬間は、どこにいてもすごく気持ちがいい。
すべてを吐き出してゆっくり目を開けると、その痕跡はもう排水溝に流れてしまっている。