36.
アパートへ帰ったのは午後10時頃だった。その時、部屋の明かりは消えていた。
そっと部屋へ足を踏み入れると、ベッドの上にチビのシルエットが浮かび上がった。
彼はやはり眠っていて、布団が少し膨らんでいたのだった。
チビを起こしたくなかったから、キッチンの明かりを点けるだけに止めた。
すると部屋全体が、ちょうどいい具合に淡く照らされた。
壁伝いのロープには、いつものように洗濯済みの衣類が干してあった。でもそれは、もうすっかり乾いているようだった。
隅の方に脱ぎ捨てた洋服があるところを見ると、チビは今日は洗濯をしなかったようだ。
だからといって、それを責める気は毛頭ない。
その後僕は、テーブルの上に注目した。
床に腰掛けて、そこに置いてある物をそっと手に取ってみる。
それは四角いキャンディー缶だった。冷たいフタをゆっくり開けると、一瞬夏の香りがした。
その中にはたくさんの貝殻が詰まっていた。恐らくそれは、海へ行った時にチビが拾い集めたものだった。
貝殻を抱えて嬉しそうに笑うその姿が、まるで昨日の事のように思い出される。
彼がここに思い出をしまい込んでいたなんて、今まで全然知らなかった。
電気を消して布団に潜ると、チビが軽く寝返りを打った。
よく耳を澄ますと、小さな寝息が聞こえてくる。僕は裸の彼を抱き寄せて、それからすぐに目を閉じた。
チビを抱く両手には、まだ二宮の温もりが残っている。
「猫によろしくね」
別れ際に、彼は言った。そしてその時、すべてを吹っ切ったような笑顔を見せてくれた。
二宮はすごく優しい。いっぱいつらい思いをしてきたからこそ、人に優しくなれるのだ。
僕は今夜、1つの結論を出していた。
二宮に触れた手で、チビの体を包み込む。それは一見不埒な行動に思えるけれど、仕方のない事なのだ。
2人を天秤にかけたら、二宮に傾く時があるかもしれない。
だからといって、チビを捨てる事なんか絶対にできないし、したくもない。
彼は僕がいないと生きていけないから。
僕がいなければ、チビは1人ぼっちの野良猫になってしまうから。