7.

 翌朝家を出る時、チビはまだぐっすり眠っていた。
僕は彼を起こさないようにそっと起き上がり、そそくさと出かける用意をしてバイト先へ向かったのだった。
外へ出た時、雨はすでに止んでいた。
雨に洗われたのか、外の空気はすごく澄んでいて、目に映る景色がいつもより鮮明に見えた。 青い空も、白い雲も、電信柱の灰色も、間違いなく昨日より美しく見えた。
バイト先へ続く道には、所々に水たまりができていた。
しばらく身を潜めていた太陽と、ゆっくりと流れる雲が、鏡のような水たまりにはっきりと映し出されていた。
僕が水たまりを踏んづけると、ピチャッと水の弾ける音がしてジーンズの裾に細かい水しぶきが跳ねた。
たったそれだけの事でドキドキしてしまう自分に、すごく戸惑いを覚えた。

 この日の仕事はとてもヒマだった。
店の中は静まり返っていて、何人かいるはずの客の気配すらろくに感じなかった。
床の掃除と本棚の整理を終えた後は、特にやるべき事が思い浮かばなかった。
店長は奥の事務室にこもっていたので、とりあえず受付カウンターの内側に立ってしばらく待機する事にした。
寝不足のせいか、なんとなく頭がぼんやりしていた。 漫画の詰まった本棚が二重に見えたのは、あくびが出て目に涙が浮かんだせいだった。
何もする事がなくなると、嫌でも昨夜の事を思い出した。
僕が今朝チビを起こさなかったのは、明るいところで彼と向き合うのが恥ずかしかったからだ。


 夢中で彼の舌を吸うと、雨の音はまったく聞こえなくなった。
すごく興奮して、体が熱くて、性欲の詰まったタンクは今にも爆発しそうだった。
チビを強く抱きしめると、彼が愛しくてたまらなくなった。僕はきっと、どうしようもなく人肌が恋しかったのだ。
「ん……」
思わず声を上げたのは、チビの手がパジャマの下へ入り込んだ時だった。
彼の指が腰のあたりに触れると、体が一瞬ブルッと震えた。
僕たちの唇が離れた後、チビは勢いよく布団を蹴った。突然胸が苦しくなったのは、彼が僕の上に圧し掛かったせいだった。
「く、苦しいよ……」
僕は息も絶え絶えにそう訴えた。
酸素不足なキスの余韻が冷めないうちに、今度は胸を圧迫されてしまって、呼吸する事さえままならなくなった。
僕は本当に苦しくて、重く圧し掛かる彼の体をなんとか払い除けようとした。 ところがすぐに小さな手がトランクスの中へ侵入してきて、その瞬間からもう体に力が入らなくなった。
「あぁ……!」
細い指が、僕の先端を素早く撫でた。そこが硬くなっている事をチビに知られた事が、少し恥ずかしかった。
僕は激しい快感に襲われ、きつく目を閉じて頭をのけぞらせた。すると、何故か目の前が真っ白になった。
チビの指が先端をいじくるたびに、その奥から熱い体液が漏れ出した。 温かく小さな水たまりをかき回されると、ピチャッと水の弾ける音がすぐ近くで聞こえた。 その音がすごく恥ずかしくて、僕は彼に哀願した。
「もうやめて。お願いだから」
「やめないよ。トシくんの事、好きだもん」
その声は遥か遠くから聞こえたような気がした。でも首筋にはしっかりと彼の息を感じていた。
「暑いんだよね? すぐに脱がせてあげるよ」
今度はすぐ近くでその声がした。
チビの手はその時すでに僕のトランクスを下ろし始めていた。
彼の指が少しでも肌に触れると、身悶えするほど感じてしまった。 何度も足を震わせると、ベッドがミシミシといやらしく音をたてた。

 薄目を開けると、白い霞の向こうにぼんやりとチビの影が浮かんだ。
チビは僕の上にまたがっていた。彼はまだ赤ん坊だと思っていたのに、いつの間にかそんな事を覚えてしまったようだ。
下半身が涼しくなったのは、ほんの一時だけだった。しっとり濡れた硬いものは、それからすぐに温かい壁で覆われたのだ。
硬いものがチビの体の中へスッポリ入ると、そこが締め付けられてすごく窮屈になった。
チビが腰を浮かせた時、狭く温かい壁が僕のものを擦った。すると異常な快感が僕の身に襲い掛かってきた。
体が小刻みに震えたり、時々フワフワ浮くような感覚を味わった。
それは今まで経験した事のないものばかりだった。なんだかまるで、自分の体が自分のものじゃないみたいだった。
チビが呼吸をするたびに、温かい壁が伸縮した。
締め付けられたり、緩んだり。それが何度も繰り返されると、遂に限界が近づいてきた。
「やめて。ちょっと待って」
唇の奥から自然とそんな言葉が溢れ出した。
あまりにも気持ちがよすぎて、とてもその快感に耐えられなかった。なのに彼は、腰を振ってますます僕を追い詰めた。
「あ、あぁ……」
チビが腰を上下させると、ベッドが大きく揺れた。その振動は背中に伝わり、胸に伝わり、やがて脳を刺激した。
「好きな人とは、こうするんだよ」
チビがそう言ったような気がするけれど、それは定かではない。
僕がはっきりと自覚していた事は、ただ1つだけだ。
僕はすぐに彼の中で射精した。彼が2〜3度腰を振っただけで、あっという間に果ててしまったのだ。


 プルルルル……
大きな電子音が耳に響いて、ハッと我に返った。突然その音が聞こえた時は、昨夜と同じぐらい心臓が高鳴った。
「びっくりした……」
レジの横にある白い電話の受話器を取ると、その音はすぐに止まった。でも心臓の高鳴りはすぐに静まりそうにはなかった。
「森本、手が空いたら事務室へ来てくれ」
受話器の向こうから聞こえてきたのは店長の声だった。
僕はその時勃起していた。事務室へ行くのは、それがおさまってからにしようと思った。