14.

 冬休みはとても楽しかった。それはもちろん誠のおかげだと思っていた。
でも僕たちは遊びに興じてばかりで大切な事を忘れていた。それは、まったく手をつけていない宿題の山だった。
冬休みが終わる4日前。焦った僕は誠と武志と3人で手分けして宿題を片付ける事を提案した。 そして彼らはあっさりと僕の提案を受け入れ、その翌日誠の家へ集まって勉強会をする事になった。
そんなわけで、僕はその当日午後になってから誠の家へ行った。
そこで最初に誠の口から聞いたのは、武志の身内に不幸があって彼が来られなくなったという事だった。
「朝武志から電話が来たんだ。今朝早くに田舎のお祖母ちゃんが亡くなったんだって」
「本当に?」
「うん。これから列車に乗ってお祖母ちゃんの家に行くって言ってた。初音にもそう言っといてくれってさ」
「そうなんだ…」
僕たちはそんな会話を交わしながら誠の家のミシミシいう階段を2人で上った。
これで武志はきっと宿題をやる時間がないだろう。それを悟った僕たちは2人でなんとか宿題を終わらせ、武志にノートを写させてあげようという事になった。

 その日は曇り空だったけど、誠の部屋は十分すぎるほど明るかった。
僕たちはなんとかして今日のうちに宿題を終わらせる決意をした。 そして早速2人ともコタツに入ってテーブルの上に教科書とノートを広げた。
武志の事情を知った僕らは少ししんみりしていたけど、まずは宿題を片付ける事が先決だった。それは僕らのためでもあり、武志のためでもあった。
誠は数学の教科書を見つめて宿題に出されたページの問題をサラサラと解いているようだった。
その日の勉強会に竜二が含まれていなくても、僕は全然気にする事がなかった。 でもそこに武志がいない事はやっぱり少し気に掛った。でも僕がそれ以上に気に掛けていたのはすぐ隣にいる誠の事だった。
僕はなんとも不謹慎な人間だ。 武志は身内に不幸があって来られなくなったというのに、その時の僕は誠と2人きりでいる事にときめいていた。
たまにコタツの下で僕と誠の足がぶつかると、その瞬間はちょっとドキドキした。
そして何度かそういう事が重なると、勉強に集中する事が難しくなっていった。
僕は誠のシャープな横顔をチラチラと見つめたり、白いセーターを着た彼の袖口にしょっちゅう目をやっていた。
僕が誠を思う気持ちは、竜二への思いとは全然違っていた。
以前の僕は竜二を激しく求めていたけど、誠に対する思いはもっともっと穏やかなものだった。
竜二の事ばかり考えていた頃は、ただ苦しいだけだった。でも今は愛されている安心感のようなものが静かに僕を包み込んでいた。
誠も僕もはっきりお互いを好きだと言った事は一度もなかったけど、それはきっと言葉にする必要がなかったというだけの事だった。
僕はもうつらい恋をしている頃の自分に戻りたくはなかった。そして誠に自分と同じ思いをさせる事もしたくはなかった。
相手を強く求めるだけではなく、できればいつもお互いを求め合っていたいと思った。

 真剣に宿題をやっていた誠が一息ついたのは午後4時頃の事だった。 その頃ちょうど日が傾き始め、部屋の中がわずかに薄暗く感じるようになっていた。
彼は数学の宿題をやり終え、疲れた目を両手でゴシゴシと2回こすった。
その時僕は歴史の宿題をノロノロと進めていた。誠は僕の作業が遅くても決して文句を言うような事はしなかった。
「まだ国語も英語も残ってるし…しばらく終わりそうにないな」
誠はそう言ってため息をついた。
たしかに膨大な量の宿題はまだたくさん残されていて、とてもすぐに終わりそうにはなかった。
「これは徹夜でがんばるしかないな」
誠はテーブルの上に肘をつき、僕にそっぽ向きながら言葉を続けた。
消しゴムを掴もうとして身を乗り出すと、少し伸びた後ろ髪が軽く僕の首をくすぐった。 僕はその時、冬休みが終わる前に髪を切ろうと思った。
「初音、今夜泊まっていけよ」
僕の手が消しゴムを掴んだ時、彼がそう言った。こっちを見ない誠の声は、ほんの少しだけ震えていた。
内面から溢れ出す僕への愛情はすごく強いものを感じるのに、彼はそれを形に変えるのが下手くそだった。
僕はその言葉が大きな意味を持つ事をちゃんと知っていた。そして不器用な彼の言葉をしっかりと心で受け止めていた。