15.

 翌朝僕は心地よいけだるさを感じて目が覚めた。その時は、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
部屋の中は静かだった。窓には厚いカーテンがひかれていたけど、朝の太陽がカーテンを突き破って部屋全体をやんわりと照らしていた。
僕の頭の下には柔らかいクッションがあって、足元だけがやけに温かかった。
時間が経つと、徐々に昨夜の記憶が蘇ってきた。
僕はコタツに足を入れたまま床の上に寝ていた。オレンジ色の毛布が裸の僕を覆い隠していた。 柔らかな毛布に顔を埋めてスッと息を吸うと、微かに誠の匂いがした。
僕の洋服は床の上の遠い場所にしわくちゃになって投げ出されていた。そして洋服の手前には使用済みの丸まったティッシュが3つ転がっていた。
腰がやけに重苦しいのは、昨夜何度も誠の体を受け入れたせいだった。
コタツの方へ目を向けると、白いセーターを着てテーブルに向かう彼の大きな背中が見えた。 僕はその背中にほどよい筋肉が付いている事をちゃんとよく知っていた。

 僕がモゾモゾ動くと、誠がその気配を感じて後ろを振り返った。彼の髪は寝癖がついて前髪が好き勝手な方向を向いていた。
「おはよう」
彼は目尻に深い皺を刻んで僕に笑いかけてくれた。薄明るい部屋の中には、彼の優しさが充満していた。
「もう宿題を始めてるの?」
僕は誠の右手にシャーペンを見つけ、そう言って起き上がろうとした。
僕たちは昨夜できる所まで宿題を片付け、その後激しく愛し合った。そして残りの宿題は今朝起きてから2人で片付ける約束をしていたんだ。
「お前は寝てろよ。もうすぐ終わるから」
僕が起き上がりかけた時、誠がそう言って毛布の上から僕の足をポン、と軽く叩いた。
たったそれだけの事で、すごく幸せを感じた。
「じゃあ、早く終わらせて」
僕の言葉に、誠が小さく頷いた。彼が再び背を向けた後、少し間を置いてから言葉を続けた。
「それが終わったら、僕を温めて」
その時誠は一瞬体の動きを止めた。
彼と抱き合うのを想像するだけで、僕の体はすでに反応していた。


 その日僕が家へ帰ったのは夕方5時頃だった。
その時は腰が重かったし、眠くてたまらなかった。僕は家へ帰ったらすぐにベッドへ入ってぐっすり眠りたいと思っていた。
その時間は家に誰もいないはずだった。父さんも母さんも仕事へ行っている時間だったからだ。
ところが人の気配を感じて薄暗いリビングへ行くと、いきなり母さんと鉢合わせしてギクッとした。
仕事へ行っているはずの母さんは、何故だかラフなスタイルでのんびりとソファーに腰掛けていた。
僕はその時、1番会いたくない人に出くわしてしまった。好きな人と愛し合った後に母親と対面するのは、なんとなく気恥ずかしいものだった。
「お帰りなさい。悪いけど、ベランダのカーテンを閉めてくれる?それから、電気も点けて」
僕は母さんに言われるままにベランダをカーテンで覆い、リビングに明かりを点した。 明るくなった部屋の中で母さんと向き合うと、僕の恥ずかしさは倍増した。
部屋の中には美容室独特の香りが漂っていた。 よく見ると、いつもは真っ直ぐな母さんの髪が毛先だけカールされて綺麗に整っているのが分かった。
「母さん、仕事は?」
「半日休んだの」
「休んで美容室へ行ったの?」
「まぁね」
母さんはヨレヨレのトレーナーを着ていたけど、髪型だけはバッチリ決まっていた。
「夕ご飯はカレーでいい?」
彼女は眠そうな目で僕を見上げ、アクビを噛み殺しながらそう言った。すると僕にも母さんのアクビがうつった。
僕はその時、自分が何故そんな事を言ったのかよく分からなかった。でも気が付くとこんなセリフを口にしていた。
「僕、大事な友達ができたよ」
アクビの後だったせいか、僕を見つめる母さんの大きな目が少し濡れていた。彼女は僕の言葉に反応してすぐに笑顔を浮かべた。
「一生付き合っていける友達を、ちゃんと見つけたよ」
「…そう。良かったね」
その時母さんの目が潤んでいたのは、本当にアクビのせいだったんだろうか。
僕が母さんの綴った日記の一文を思い出したのは、もっとずっと後になってからの事だった。

『私の大事な初音には絶対幸せになってほしいと思う。彼にはちゃんと男としての幸せをつかんでもらいたいと思う。
彼はいつか前世で愛した人にめぐり会う事ができるのだろうか。
もしそうだとしたら、今度はその人と一生仲のいい友達でいてほしいと思う。
きっと彼はそのために男として生まれてきたのだから』