3.
高校1年の夏休み。
その夏僕は竜二がいたおかげですごく楽しい日々を過ごした。
彼とは夏休みの間中ほとんど毎日会っていた。
あの夏の思い出は忘れ得ぬ記憶として僕の中に残っている。
彼と2人でプールへ行った時、僕たちは波の出るプールの中で時間も忘れて泳ぎ続けた。
その日は暑かったから、水に浸かっているのがすごく心地よかった。
青空の下に響き渡っていた子供たちの声は、ザブンという波の音と共に僕の耳に焼きついた。
グルグル回る滑り台のてっぺんから四角いプールを見下ろすと、自分のいる場所が意外に高い事が分かってちょっと足がすくんだ。
なかなか滑り台から滑り降りられずにいると、僕はある時突然竜二に背中を押された。
不意を突かれた僕はどうする事もできず、結局傾斜に身を任せて高い所から滑り落ちるしかなかった。
その頃竜二の髪はだいぶ伸びていて、水に濡れた髪が彼の頭にピッタリ貼り付いていた。
突然背中を押した事を少し責めると、彼は濡れた髪をかき上げながら人懐っこい笑顔を見せた。
そんな事を何度も繰り返し、僕と竜二は会う回数を重ねるごとに日焼けしていった。
またある時、僕は彼と一緒にボーリングをしに行った。
竜二はボーリングが得意で、僕は一度も彼のスコアを上回る事ができなかった。
その時隣のレーンには子連れの親子がいた。
小学校高学年ぐらいのメガネの男の子は、隣のレーンの僕とレベルの低い戦いを行っていた。
赤いティーシャツを着た彼は、僕がガーターを出すと嬉しそうに微笑んでいた。
彼はゲームが終わるとチラッと横目で僕のスコアを覗き、自分の方が勝っている事を知ると小さくガッツポーズをするのだった。
ちょっと悔しかったけど、僕のボーリングの腕前はまさしく小学生レベルだった。
僕と竜二は自分たちの事をなんでも語り合った。少なくともその時の僕はそう思っていた。
彼はちょっと人には話しづらいような事でもわりとすんなり僕に打ち明けてくれた。
小さい頃に両親が離婚して、今はお母さんと2人暮らしである事。
お父さんに引き取られた3つ年下の妹が、時々彼に電話をかけてくる事。
中学2年の時に万引きで捕まって、お母さんに泣かれた時の事。
彼はそんな話をする時でさえ笑顔を絶やさなかった。
竜二はいつも元気で明るくて、まるで太陽のような人だった。
そんな彼が僕を初めて裏切ったのは、夏休みが終わって間もない頃の事だった。
いや…そうではない。
彼は夏休みの後半からすでに僕を裏切り始めていたんだ。
もっと言うと、彼は僕と初めて会った時からすでに僕を裏切り始めていたのかもしれない。
それはほんの小さな裏切りに過ぎなかったかもしれない。あるいはそれは、裏切りと呼べるようなものではなかったのかもしれない。
それでも僕は、彼に大きく裏切られたと感じた。
夏休みが明けて2学期が始まったその日 竜二は長く伸びた髪を明るい茶色に染めて登校してきた。
彼はその時、もうすでに僕の手の届かない所へいってしまっていたんだ。
でも僕がはっきりその事に気づくまでには、1週間もの時間を要した。