4.

 2学期が始まって以来、僕は竜二と寄り道する事がなくなっていた。
僕は放課後毎日いつものアイスクリーム屋へ彼を誘ったけど、竜二がその誘いに乗る事は二度となかった。
「俺、今日早く帰らなくちゃいけないんだ」
彼は放課後になると毎日僕にそう言った。そして左腕に光る腕時計に何度も目をやるのだった。

 最初の頃、僕は竜二が本当に用事があってそう言っているものと信じていた。 でも丸1週間も続けて同じセリフを突きつけられると、少しおかしいと思うようになった。
2学期が始まってちょうど1週間目に当たるその日の放課後。
緑のトンネルの下を歩いて地下鉄駅へ向かう時、僕はずっと竜二の横顔を眺めていた。
その日はわりと天気がよくて、木の枝の隙間から差し込む太陽の光が健康的に日焼けした彼の頬を白く照らしていた。 彼は髪が伸びるのが早いようで、その頃もう前髪は目の下まであった。
僕は以前と違う彼に気づき始めていた。
竜二の目は遠い所を見つめていて、その目が僕に向けられる事は滅多になかった。
彼と並んで歩くと、竜二の背が伸びた事を実感した。高校へ入学した頃僕と彼はほとんど背丈が同じぐらいだったのに、その頃僕は少し彼を見上げるようになっていた。
彼の足が長くなったせいかどうかは分からないけど、竜二の歩くスピードはぐんぐん上がっていった。 その日は気づくといつの間にか僕が彼の背中を追いかけていた。
制服は6月からすでに夏服に変わっていた。竜二はワイシャツを風に揺らして僕の前を歩いていた。
僕は彼との関係にすごく不安を感じていた。 親友であるはずの彼との間には、見えない壁が立ちはだかっていた。
その時僕は緑の匂いが心地よいと感じる余裕さえなくしていた。
周りを歩く同じ学校の先輩たちが何を話していても、彼らの声すらまともに耳に入ってこなかった。

 そしてそれは、地下鉄に乗った後も同じだった。
僕と竜二はいつもより1本早い地下鉄の1番端の車両に乗り込み、空いていた座席に黙って腰掛けた。
同じ車両には同じ学校の生徒たちがいっぱい乗っていた。 ドアの近くにかたまってお喋りする人たちもいれば、車両の中を走り回って鬼ごっこを始める人たちもいた。でも僕には彼らの声が遠く感じた。
その時僕と竜二はあまり話さず、ただ地下鉄の揺れに身を任せていた。
僕は竜二の隣に座ってじっと彼を見つめていたけど、長い前髪がその表情を遮っていて彼がどんな顔をしているのかよく見えなかった。
「最近いつも急いで帰るけど、何かあった?」
僕はスピードを上げて走る地下鉄の中で疑問に思っていた事を彼に尋ねてみた。
すると彼はやっと僕の顔を見つめ、一瞬間を置いた後すべてを打ち明けてくれた。

 「俺、彼女ができたんだ」
その言葉を聞いた時、僕は深くショックを受けた。そしてその後の話を聞いた時、僕はますます傷ついた。
「彼女は中学の時の先輩で、1つ年上。俺、ずっと彼女の事が好きだったんだ。だから…高校生になったら絶対に告白しようって決めてたんだ」
竜二は切れ長の目を僕に向け、少しはにかみながらゆっくりとその事を話してくれた。その時の彼はとても嬉しそうだった。
でも僕の心は穏やかではなかった。
僕はずっと竜二の事を親友だと思っていたし、彼はそれまで僕になんでも話してくれていると思っていた。
だけど僕は竜二に好きな人がいる事など全然知らなかった。だいいち彼は僕が聞くまでその事をずっと隠していた。
竜二のそんな態度は、明らかに僕に対する裏切りだと思った。
その時僕は彼に対して軽く怒りを覚えていた。 でも浮かれている竜二は僕のそんな思いにまったく気づく事もなく、自分の恋が実るまでの経緯を笑顔で話し続けていた。
彼は夏休みが終わる5日前に彼女を呼び出し、ずっと好きだったという事を打ち明けたと言った。
その時彼女は少し戸惑いながらも笑顔を見せ、自分も竜二の事を気になっていたと言った。
そんな2人が急接近した事は僕にもすぐに想像がついたし、学校が終わると彼が毎日彼女に会いに行っているという事もよく分かった。
竜二はその話をする間、茶色い前髪を邪魔くさそうに何度も両手でかき上げていた。スポーツ刈りを脱却した彼は、以前より随分大人びて見えた。
きっと彼は自分の髪が伸びるのを待って彼女に告白をしたんだ。1つ年上の彼女に似合うように、少しでも自分を大人っぽく見せたかったんだ。

 そこにいたのはもう以前の竜二ではなかった。
彼には長い髪なんかちっとも似合わなかった。彼は黒髪の方がずっと素敵だった。
茶色く染めた彼の長い髪が僕をすごくイライラさせた。
胸のあたりがなんとなくムカムカして、地下鉄の揺れに酔ってしまいそうな気がした。
鬼ごっこをして走り回る人たちのうるさい足音が、更に僕の神経を逆なでした。