6.

 竜二と2人きりで過ごす時間が格段に減った後、僕はずっと悶々とした時を生きていた。
学校にいる時は武志と誠の存在がそんな僕を助けてくれたけど、家で1人きりになるといつも気持ちが落ち込んだ。
竜二と2人きりでいた頃の心地よさは何物にも代えがたいものだった。
僕は彼との時間を失って改めてその事に気づいていた。

 空が灰色だった12月のある日。僕はその日、早めに帰宅した。
その頃の僕は放課後ほとんど毎日武志や誠と寄り道してから帰っていた。でもその日は何故だか早く家へ帰ったんだ。
真っ白な家のドアを自分の鍵を使って開けるのは久しぶりだった。
普段は外が真っ暗になるまで帰宅せず、やっと我が家へ辿り着いた時には母さんが家にいていつも内側からドアを開けてくれた。
僕は窓に明かりが灯る家へ帰るといつもほっとした。
でもその日はまだ外が明るいうちに帰ってきてしまったから、いつも内側からドアを開けてくれるはずの母さんはまだ仕事から 戻ってきていなかった。
鍵穴に自分の鍵を突っ込んでガチャガチャと音をたて、玄関へ一歩足を踏み入れた時、自分の靴の裏にちぎれた枯れ葉の切れ端が くっついているのが分かった。
その頃緑のトンネルは随分寒々しくなっていた。
色鮮やかだった木の葉がすべて枯れてしまい、そのほとんどが土の道の上に落ちてしまっていたからだ。

 僕はいつもなら家へ帰るとすぐに2階の自分の部屋へ行って制服から私服に着替える事にしていた。
でもその日の僕はなんだか疲れていて、着替えをする事さえ億劫になっていた。
玄関で靴を脱いだ後明るいリビングへ行くと、僕はまずフカフカなソファーに倒れ込んだ。 その時必然的に視界に入ったのは、ベランダの内側に干されている洗濯物の数々だった。
ソファーの上で寝返りを打つと、体の下でギシッとスプリングの軋む音がした。
僕はテレビも点けず、お茶も飲まず、ソファーに仰向けになってゆっくりと目を閉じた。 するとリビングの明るさがシャットアウトされ、文字通り目の前が真っ暗になった。

 竜二となんか、出会わなければよかった。
目を閉じた瞬間に考えたのは、やっぱり彼の事だった。
僕は本当に自分に嫌気がさしていた。 自分がこれほど粘着質な人間だとは思ってもみなかった。僕はその頃まだ竜二の小さな裏切りを許せずにいたんだ。
冷静になって考えれば、竜二が何も悪くないという事はよく分かった。
彼はずっと好きだった人と一緒にいられるようになったんだ。 それは彼にとってとても喜ばしい事だったし、親友である僕はそんな彼を祝福してあげるべきだった。 その事は、本当によく分かっていた。
でも僕は竜二と2人きりでいた頃の心地よさが忘れられなかったんだ。
僕は彼と2人でいるといつも元気になれた。竜二とはすごく気が合ったし、彼とは素のままの自分で付き合う事ができた。
元来人見知りな僕にとって彼の存在はすごく貴重だったんだ。だからこそ竜二と2人きりでいる時間を失った時のショックはすごく大きかった。
僕はその頃、彼を失うぐらいなら最初から出会わなければよかったと本気で思い始めていた。
その頃の彼は相変わらず髪を明るい茶色に染め、全体的に長くなった髪に細かいレイヤーをたくさん入れていた。 そして体つきは随分男らしくなっていた。
竜二は彼女ができて以来どんどんオシャレになり、ますます大人っぽくなっていった。
だけど僕の瞼の奥に浮かぶ竜二は入学式の時の彼だった。
あの頃の彼の短い黒髪と人懐っこい笑顔。
瞼の奥の彼は、いつも切れ長の目で真っ直ぐに僕だけを見つめてくれていた。