8.

 母さんが綴った日記は僕に大きな衝撃を与えた。
僕はその夜布団にもぐると、竜二の顔ばかりが目の前にチラついた。
いつも僕の目に浮かぶのは入学式の時の彼だった。
竜二は僕のそばにはいないのに、布団をかぶってきつく目を閉じると彼の笑顔が鮮明に浮かび上がってきた。
彼の短い黒髪と人懐っこい笑顔が、僕の心をかき乱した。

 やがて僕は不思議な体験をした。
幻であるはずの彼にそっと手を伸ばすと、何故か僕の右手は柔らかい彼の頬に触れる事ができた。
その時竜二は何も言わずに微笑んでいた。そして彼は僕の右手に自分の手を重ねた。
彼は綺麗な白い光を背負っていて、彼が動くとその光も一緒に動いた。
僕は以前から彼を太陽のような人だと思っていたけど、白い光を背負う彼はまさしく太陽そのものだった。
僕がゆっくり彼に近づくと、僕も彼の持つ白い光の輪に入る事ができた。
白い光の中はとても温かかった。それはきっと竜二そのものの温かさだった。
彼に両手で抱き締められると、体中がもっともっと熱くなり、すごく幸せな気分になれた。
その時僕は確信したんだ。
僕が生まれる前から探していたものは、この温もりに間違いない。
それが分かった僕は、その事実を打ち明けたくて彼の目を見つめた。
『僕はずっと君を探していたんだよ』
僕は早く彼にそう言いたかった。でもそんな時に限って何故か口が滑らかに動いてくれなかった。
そしてその理由はすぐに分かった。
僕の口は彼の柔らかい唇に塞がれてしまい、そのために言葉を話す事ができなかったんだ。
竜二とキスをすると体中がますます熱くなった。わきの下にも背中にも、じっとりと汗が滲んでいた。
それでも僕はずっと太陽に抱かれていたいと思っていた。
その時僕の耳に響いていたのは竜二の心臓の音だけだった。初めて聞く彼の心臓の音は、僕にとって喜びの音だった。


 プルルル…プルルル…
電話が鳴ってる。また母さんが困って家に電話をかけてきたんだろうか。
僕はテーブルの上に手を伸ばしてそこに電話機を探した。
でもなんだか様子がおかしかった。テーブルの上がやけに柔らかくてフワフワしている…
そう思って目を開けると、僕の目にカーテンの隙間から差し込む強い光が突き刺さった。すると僕はやっと今の自分の状況を理解した。
電話の鳴る音と勘違いしたのは、頭の上にある目覚まし時計のアラームだった。
僕はどうやら寝ぼけていたらしい。
その朝ベッドの上で目覚めた時、僕は体中に汗をかいていた。パジャマも枕カバーも、パンツさえも僕の汗を吸い込んでしっとりと濡れていた。
「うるさいなぁ」
僕はそうつぶやき、目覚まし時計に手を伸ばしてやっとアラームを止めた。
そしてあと少しだけ眠ろうとして目を閉じた時、強い違和感を覚えてすぐにもう一度ゆっくりと目を開けた。 するとまたカーテンの隙間から差し込む一筋の朝日が目に突き刺さった。
僕はその瞬間に何かを感じ取り、右手をしっとりと濡れたパンツの中へ忍ばせた。すると僕のパンツを濡らしたのが汗ではないという 事がすぐに分かった。
生温かく濡れたパンツに突っ込んだ右手には、ベトベトしたものがまとわり付いた。
ドキドキしながら右手を目の前へ持ってくると、指に絡み付く白っぽいものが僕をパニックに陥れた。
僕の頭の中にさっきまで見ていた夢の映像が鮮やかに蘇った。それは白い光の中で竜二と抱き合い、長々とキスをする映像だった。
その時僕の唇にはまだ微かに彼の唇の感触が残っているようだった。

 一筋の朝日が僕の手に絡み付くベトベトしたものを真っ白な光で照らしていた。
僕は朝の光と彼の背負っていた光を混同し、自分の1番恥ずかしいところを彼に見られてしまったような気がしていた。
それから僕は布団をかぶって朝の光を遮った。
僕はこの朝、自分が竜二に思いを寄せている事をはっきりと意識した。