10.

 その日は学校へ行ってもパパの事ばかりを考えて過ごしていた。授業中に教師の話を聞く時も、昼休みに教室の隅でお弁当を食べる時も。
僕はもう1人きりではなかった。その事が僕自身にすごく潤いを与えていた。
クラスメイトが誰1人僕に話し掛けようとしなくても、グループ分けで僕1人だけが余っても、そんな事はちっとも苦にならなかった。
ただ机の間を走り回ってはしゃぐクラスメイトが、この日はやけに子供っぽく見えた。
ネクタイを揺らして大声を上げている彼らは恐らくまだ僕が味わった快感を知らないのだ。
そう思うと、無垢な少年たちが本当に幼く見えた。


 放課後になると、僕は当然のように真っ直ぐ家路についた。
その日の空は快晴で、そよ風が僕の頬を優しく撫でていった。
早く道路を渡りたいのに、車がきて行く手を阻まれるとそれがほんの数秒の事でもひどくイライラした。
未熟な同級生が道幅いっぱいに並んで歩いていると、思わず舌打ちして肩をぶつけながら彼らの脇をすり抜けた。
学校を出てから最初に見えてくる交差点を左へ折れて、その後2本目の道を右へ曲がる。
するとそこにはいつもシャッターが下りているガレージがあって、僕の家はそこから歩いて5分ぐらいの距離だった。
僕は急いで家へ帰りたかったのに、シャッターが下りているガレージの前で思わずピタッと足を止めてしまった。 何故かというと、そこにスーツ姿のパパが立っていたからだった。
「パパ!」
僕がパパを見つけて驚きの声を上げると、彼は唇に人差し指を当てて静かにするよう僕に忠告した。
たしかに僕の声は大きすぎたようで、その通りを歩く小学生が2人同時に僕らを振り返っていた。

 「どうしてここにいるの?」
今度は小声でそう尋ねると、パパが優しく微笑んだ。
彼の笑顔があまりにも素敵で、僕は思わずときめいた。
太陽の下で輝く目と透明感のある白い肌が僕を魅了していた。 さわやかなそよ風が僕と彼の髪を同時に揺らすと、たったそれだけの事ですごく嬉しくなった。
パパは完璧だったのだ。
茶色い髪は白い肌に合っていたし、品のいい濃紺のスーツは彼の長い手足を十分に引き立てていた。
シルクのネクタイを片手でほどいて白いワイシャツのボタンを外す仕草も、すごくスマートで誰よりもかっこよかった。
「今日は出版社へ行ってきたんだ。 やっと今戻ったばかりなんだけど、ちょうど雅巳くんが帰ってくる時間だと思ったからここで待ちぶせしてみたんだよ」
パパは穏やかに微笑みながら上着のポケットに外したばかりのネクタイをねじ込んだ。
その時僕はパパのネクタイになっていつも彼のそばにいたいと思っていた。
「今日は天気がいいから、キャッチボールでもして遊ぼうか?」
パパは風に乱れた髪を指でとかし、そっと僕に問い掛けた。
でも僕はその問い掛けに黙って2度首を振った。するとその時僕たちの横を白いスポーツカーが走り抜けていった。
僕は死ぬほど憧れた父親とのキャッチボールにもう関心を示さなくなっていた。
「じゃあ…家へ帰ってゆっくりしよう」
スポーツカーがあっという間に走りすぎると、ゆっくりしようとパパは言った。
家へ帰って2人きりになって、いったい僕に何をしてくれるの?
僕は彼の言葉を深読みして、心の中でそんな事を問い掛けた。
でもその声が彼に届かなくても、それ故に返事がまったく返ってこなくても、もう答えは分かっていたからそんな事はどうでもよかった。
やがてパパは僕を促して歩き始めた。
そこから家までの5分の距離を彼と2人で歩ける事がとても嬉しかった。
彼はとても自然に僕の肩に手を掛けて歩いた。すると僕は急にドキドキしてきた。

 しばらくパパと肩を並べて歩くと、彼は僕の目を見つめて突然驚くべき発言をした。
「毎晩俺が雅巳くんの部屋のテレビを消しに行ってた事、もしかして全然知らなかった?」
僕はこの時本当にびっくりしていた。 テレビを点けっ放しにして眠るのは僕の悪い癖だったけど、毎晩テレビを消しにくるのはママだと思い込んでいたからだ。
「昨夜は行くのが少し早すぎたかな?」
パパは決して笑顔を絶やさず、とても楽しそうに話していた。
太陽が煌く明るい空の下でそんな事を言われると、あまりにも恥ずかしくて頬が異常に熱くなった。
僕は毎晩同じチャンネルを入れて安っぽいドラマを見ながらマスターベーションをしていた。 もしかしてパパはずっと前からその事に気づいていたのかもしれない。
「あの…パパはどうしてママと結婚しようと思ったの?」
僕は何でもいいから話を逸らしたくて、思いつくままに言葉を発した。
俯いて歩きながら道に転がる石ころを蹴ると、当たり所が悪くてつま先に軽い痛みを感じた。
僕はパパの返事を待ったけど、彼は何故かその質問にすぐには答えなかった。
しばらく歩いてつま先の痛みが引いても、僕らの横を何台車が走り抜けても、彼は一向にその質問に答えようとはしなかった。
いつも歯切れのいいパパが押し黙っていたので、不思議に思って彼の横顔をそっと見上げた。
この時パパは冷たい目をして宙を見つめていた。そんな彼の様子を見ると、僕はそれ以上何も言う事ができなくなった。
僕たちはその後も沈黙を守り続け、そのうちに家へ辿り着いてしまった。


 ガチャッと音をたてて玄関のドアを開けたのはパパの方だった。
ベージュのドアがスッと開くと、パパは僕の背中を押して義理の息子を先に家へ入れさせた。
後から玄関へ足を踏み入れたパパは、すぐに内側からドアに鍵をかけた。 ガチャッという音が再び背後に響くと、自分がパパと2人きりになった事を意識してますますドキドキしてきた。
玄関の隅に置かれた下駄箱の上には籠に入ったアレンジフラワーが飾られていた。 そしてパパの仕事部屋はいつも通りドアが開け放たれていた。
僕は花の香りを嗅ぐ余裕もなくパパに強く手を引かれて薄暗い廊下を歩いた。僕たちは同じ目的を持って広いリビングへと向かっていった。

 リビングへ足を踏み入れると、外の日差しが僕たちの行く手を明るく照らした。 そしてパパはすぐに細い腕で僕をソファーの上に押し倒した。
長い間日差しを浴びていたソファーはとても温かくなっていた。
パパの体が僕の上に圧し掛かると、胸も頭も熱くなった。彼に乱暴なキスをされると、すごく興奮して下半身まで熱くなった。
僕はすぐに目を閉じた。でも瞼の向こうは随分と明るかった。
両腕を強い力で押さえつけられ、短い舌を食いちぎられるかと思うほど激しく吸われた。
息ができなくて、身動きも取れなくて、だんだん意識が遠くなっていった。

 僕の口が解放されたのは窒息寸前になった時だった。
咳き込みながら急いで深呼吸を始めると、パパが僕の胸に頭を乗せて大きく息を吐いた。
彼が強い力で僕を抱きしめると、今度は胸が苦しくなった。
でもそれはとても心地よい苦しみだった。僕は愛しい彼の髪に触れ、目を閉じたまま心地よい苦しみにじっと耐えていた。
「俺は、君のママと結婚するつもりなんかなかったよ」
しばらくすると、パパがやけにはっきりとした口調で僕の質問に遅すぎる返事をした。
僕はその答えに少し驚いてパッと目を開けた。すると冷徹な目で僕を見下ろすパパの顔がすぐ近くに見えた。 彼の乱れた髪は太陽に透けていた。
「俺はホストで、君のママは上客だった。一度息子に会ってほしいと彼女に言われた時、俺はもう君のママとは終わりだと思ってた。 でも君に初めて会った時、すぐに気が変わったんだ。俺は君を自分のものにしたいと思った。 どんな事をしてでも君を手に入れたいと思った。そして君のママと結婚すれば…その願いが叶うと思ったんだ」
それはあまりにも突然の告白だった。
パパは神妙な面持ちで自分の思いをストレートに語ってくれた。
彼の目が怖いぐらい真剣だったので、僕はまた何も言えなくなってしまった。
パパは唇をきゅっと結んでいつまでも僕を見つめていた。
外の明るい日差しが彼の白い肌を照らし、それと同時に茶色の髪を光らせていた。

 そのうちにパパの顔がぼんやりとしてよく見えなくなった。
僕の目から熱い涙が溢れ出し、その雫が次々と耳の中へ流れ落ちていった。
パパの顔をぼんやりと照らす日差しは、決して僕の涙を乾かそうとはしなかった。
僕はパパの言ってくれた事がすごく嬉しかった。 今までこれほどまでに自分を求められた事が一度もなかったから、思わず泣いてしまうほどに嬉しかったのだ。
この時やっとパパが僕のものになった。
僕はパパだけのものになり、パパは僕だけのものになった。
大好きな人にそっと抱きつくと、パパの白い頬が僕の涙を拭き取ってくれた。
彼の頬は温かくて、マシュマロみたいに柔らかかった。

 「ねぇ、抱いてもいい?優しくするから」
パパの掠れた声が僕の耳元で小さくそう囁いた。僕は返事をする代わりに、白く柔らかい頬にそっとキスをした。
僕はその後どうやって制服を脱がされたのかほとんど覚えていない。
ただ気がつくと床の上に様々な物が散乱していた。制服の上着とか、ネクタイとか、ズボンとか。
そして胸のあたりがやけに淋しいと感じた時、パパは床の上に立ってスーツを脱ごうとしていた。その時彼は僕のネクタイを踏んづけていた。
パパは上着を脱ぎ捨て、ズボンを下ろし、白いワイシャツのボタンを素早く外していった。
僕はソファーの上に仰向けになってその様子をずっと見つめていた。 前をはだけたワイシャツだけを身に着け、恥ずかしげもなく硬くなったものを晒して、ただじっとパパの姿を見つめ続けていた。
細くて長くて真っ白な足がとても綺麗だった。 形のいいお尻は彼の背後でおとなしくしているテレビの画面にしっかりと映っていた。
僕は早くパパの透き通る肌に触れてみたかった。
パパの股間にぶら下がるものが硬くなって上を向いているのを知った時はこれまで以上に興奮した。 パパのものを硬くしたのが自分なのかと思うと、すごく幸せな気持ちになれた。
そしてワイシャツの隙間から覗く胸を見つめた時にはそのたくましさにひどく驚いていた。
一見華奢なパパの胸はすごく広くてほどよい筋肉がついていた。視線を少しだけ落とすと、腹筋がすごく鍛えられている事もすぐに分かった。
でも僕が見たのはそこまでだった。パパがワイシャツを半分脱ぎながらもう一度ソファーへ近づいた時、僕はすぐに目を閉じていた。
彼と愛し合える事はたまらなく嬉しかったけど、そういう行為をするのが初めてだったから少し怖かったのだ。
「優しくするから安心して」
目を閉じるとすぐそばでパパの声がした。
僕の両足がパパの手によって軽く左右に開かれた時は、もう絶対に目を開けてはいけないと思った。
自分が今どんな姿を晒しているかを考えるとすごく恥ずかしくて頬と耳が熱くなった。
明るい日差しは僕のすべてをパパの目に焼き付けたに違いなかった。 へその横にある小さなほくろも、少し前に生え揃ったばかりの薄いヘアーも。

 パパの指が体の中へ入ってくると、初めて味わう不思議な感覚に心臓が高鳴った。
最初は1本だった指が2本に増え、やがてそれが3本になると腰のあたりに鈍い圧迫感を覚えた。
一気に指を抜かれると圧迫感はすぐに消えたけど、それとは違う異物感が体の奥にしばらく残り続けていた。
そしてまだ異物感が消えないうちにパパの硬い肉片が僕の中へグイグイと侵入してきた。
その瞬間体に3本の指が入った時とは比べ物にならないほどの激しい圧迫感が襲い掛かった。
「あぁ…痛い…」
体が苦しくて、腰が重くて、僕は思わず呻き声を上げた。
でもすぐにパパの指が僕の敏感なものに触れると、その苦しみが緩和されるほどの喜びを感じた。
「痛い?」
パパの肉片が体の奥を突くたびに苦しみが込み上げた。 でもそれ以上に彼の愛撫が気持ちよかったから、僕は迷わず首を振った。
パパの腰の動きが早まると、彼の息がだんだん荒くなってきた。
細い指が敏感な僕に触れると、我慢できずに何度も声を上げてしまった。
もう体中に汗が浮かんでいた。 本当はワイシャツを脱ぎ捨てたかったけど、袖口のボタンが手首を締め付けていて思うようにはならなかった。
僕の汗が2人の肌を密着させた。パパの飛び散る汗がその行為の激しさを物語っていた。
腰に伝わる圧迫感は継続して僕に苦しみを与えた。そしてパパの指は僕に快感を与え続けていた。
不定期に体がビクッと震えた。 僕に襲い掛かる快感は時折おさまるようにも思えたけど、その後には一気に沸点を越えるほどの気持ちよさが体全体を支配した。
快感の波はいつまでも続くかのように思えた。 いつか見た海の波のように、時には激しく時には緩やかに、ずっとずっと僕の中に居座り続けるものだと思えた。
そんなはずがない事はよく考えれば分かるのに、パパは僕にあまりにも幸せな錯覚を与えてくれた。

 やがて快感の波が本当におさまる時がやってきた。
僕の初体験はあっという間に終わった。
僕はそれから間もなくほとんど前触れもなくいってしまったのだった。
体の中から溢れ出した温かいものが首筋のあたりにまで飛び散った。
瞼の向こうに明るい日差しを感じた。
パパはその時まだ体の中にいて、僕は心地よい苦しみにじっと耐え続けていた。