11.

 僕はパパを愛する事で自分をないがしろにする連中を見返したかったのだ。
僕を友達として扱わず、ずっと無視を決め込んでいる多くのクラスメイトたち。
そして僕の存在そのものを認めようとしないママ。
彼らにとって僕という人間は虫けらかゴミと同じようなものだったに違いない。
そんな僕が彼らを見返すには、この世で最も美しい人を愛し愛される事以外方法がなかった。
自分よりも劣っているはずの人間が誰よりも美しい宝物を手に入れたと知った時、彼らはやっとその人間の存在価値に気づくのだ。
ただ僕自身は自分の心の中にそういう思いが潜んでいる事をまったく意識してはいなかった。
でもパパの鋭いアンテナは僕の潜在意識に刻まれたそんな強い思いをちゃんとキャッチしていたのだ。
後にパパは僕の屈折した心理を小説の中で淡々と綴っている。
僕は彼の小説を読むまでは、本当の自分がどんな人間かという事をずっと知らずに生きていた。


 でもたしかに、ママを裏切る事は快感でしかなかった。
特に痛快だったのは、あの年の夏休みに初めて家族3人で避暑地へ旅に出かけた時の事だった。
僕は小さい頃からママと一緒に遊びに出かけた事がほとんどなかった。 なのにママはパパと再婚した年の夏にいきなり皆で旅へ出かける事を提案したのだった。
でも僕にはちゃんと分かっていた。
ママは僕と旅に出たいのではなく、パパと一緒にどこかへ行きたかっただけなのだ。
でも彼女は息子をないがしろにする自分の姿を彼に見せられなかったのだと思う。
そうなると僕1人を残して旅に出かけるわけにはいかないから、彼女は渋々僕を一緒に連れて行く事にしたのだろう。

 パパは2泊3日の家族旅行のためにRV車を購入した。
そしてママは愛する人と静かな時を過ごすためにログハウスを借りる事に成功した。
黙っていても汗が噴き出すような、ひどく暑かったあの日の午後。 僕たち3人はピカピカの車に重い荷物を乗せて、初めての家族旅行へ出かけた。
パパが運転する車の中は、新車のいい匂いがした。
助手席に座っていたママは、カーラジオから流れる曲に合わせて歌を口ずさんでいた。
そして僕は広い後部座席を独り占めしていた。
僕は革張りのシートに深く腰掛け、ゆったりとした気持ちで車の揺れに身を任せていた。
パパは真っ白な手でハンドルを操りながらルームミラー越しに時々僕を見つめた。 ミラーの中で目が合った瞬間に僕がウィンクすると、彼は口元を緩めて微笑みを返してくれた。
窓に張り付いて空を見上げると、真夏の太陽が目に沁みた。高層ビルの窓は太陽の日差しが当たって白く光っていた。
車の中は涼しかったけど、外を歩く人たちは皆暑そうな様子だった。
日傘を差して歩く人や、ハンカチで顔の汗を拭いながら歩く人。僕は二度とすれ違う事のない彼らの姿をただぼんやりと見送っていた。
都会のつまらない景色に飽きてしまうと、僕は後部座席で眠る事にした。
避暑地へ辿り着くには車で4時間も走り続けなければならなかった。 それはどう考えても退屈な時に思えたから、眠ってしまうのが1番いいと思っていた。


 「まぁちゃん、着いたわよ。起きて」
やがて僕はママのその声で目を覚ました。その時窓の外の景色は緑一色に変わっていた。
欠伸をしながら車を飛び出すと、セミの声が何重にもなって聞こえてきた。
背の高い木で構成された森が僕たち3人を囲んでいた。緑の木の葉が太陽を遮って、森の中は少し涼しく感じた。
「雅巳くん、行こう」
パパは車から降ろした荷物を両手に抱え、少し離れた場所から僕に声を掛けた。 彼の背後には大きなログハウスが存在していた。
ギシッと音が鳴る木の階段を3段上ると、すぐ目の前にログハウスの入口が現れた。
この時ママはご機嫌だった。彼女はフリルの付いたロングスカートを揺らして入口のドアに近づき、すぐにその鍵を開けた。
ログハウスの中はかなり涼しかった。広い部屋には木の香りが漂っていて、天井がものすごく高かった。
僕は奥の方に階段があるのを見つけ、すぐに2階へ駆け上がった。 ママは最初に階段の下にあるキッチンへ行き、パパは重い荷物を下ろして窓際に置かれている硬そうな木のソファーに腰掛けた。
この1つの行動だけを見ても、僕たち家族がバラバラである事がよく分かった。

 しばらくすると、僕たち3人がやっと木のテーブルを囲んで集まった。
ソファーは見かけ通りに硬かったけど、木造りの家具はログハウスの雰囲気にピッタリ合っていた。
「いい所だね」
パパは窓の外の緑を見つめ、小さくそんな言葉をつぶやいた。
僕は両親の向かい側に座って、2人の姿をまじまじと見つめていた。
パパは短めの白いティーシャツを着て、少し色褪せたジーンズをはいていた。
その日のパパの洋服を選んだのはこの僕だった。 彼はあまりジーンズを好んで身に着ける人ではなかったけど、それ以前に僕が選んだ洋服を拒むような事はしない人だった。
パパはただでも若かったのに、ジーンズを身に着けると更に若く見えた。
ママが少女趣味なフリルたっぷりの洋服を身に着けていたのは、きっと少しでも彼との年齢差を感じさせないようにするためだった。
僕はそんなママを滑稽だと思った。彼女がどんなに若作りをしても、パパとの年の差が縮まる事はないのだから。
「丈二、飲まないの?」
ママは飲みかけの缶ビールを片手に持ってパパにそう言った。
彼女はビールを飲み始めていたけど、パパはそれに付き合う事なく時を過ごしていたからだ。
彼はママの問い掛けには答えず、細い腕に巻いたスポーツタイプの腕時計に目をやった。
ママはつまらなさそうに中身の残ったビールの缶を手放し、長い髪を両手で撫でながら彼のそんな仕草を見つめていた。
「もう5時だ。そろそろ夕食の買い出しに行かなくちゃいけないな。ここから30分ぐらい車を走らせればスーパーがあるんだろ? ひとっ走りして食料を調達してくるから、酒を飲むのはその後だ」
パパは再び目線を上げ、ママにそう言ってジーンズのポケットから銀色に光る車のキーを取り出した。
その後ママは何かを言いかけたけど、彼はそれに気づかないフリをして更に言葉を続けた。
「雅巳くんと一緒に買い物をしてくるから、君はゆっくり風呂にでも入れよ。毎日仕事で疲れてるだろうから、のんびりするといい」
パパはママの目を見つめてそう言った。
するとママの口元に白い歯が覗いた。彼女は若くて綺麗な夫を見つめてうっとりしていた。
パパは彼女に対して常に優しく、いつも笑顔で接していた。
彼は決して冷たい目でママを見つめたりはしなかった。 彼女が時々聞き分けのない事を言ったとしても、優しく笑ってそのすべてを許していた。
いつかママがパパを裏切ったとしても、彼はそんな事をまったく気にせず彼女の目を見て微笑むに違いなかった。


 初めて座る新車の助手席からログハウスの入口に目を向けると、ママがにっこり笑って僕らに手を振っているのが見えた。
パパはそんな彼女に目もくれず、運転席に座ってすぐに車のエンジンをかけた。 そして彼がアクセルを踏むと、僕らを乗せた車は勢いよく森の中を走り出した。
そこはとても閑散とした場所で、僕らの泊まるログハウスの周りには他の建物が何も見当たらなかった。
空はまだ明るいはずだったけど、木の葉が太陽の光を遮っていて僕らの進む道は随分と薄暗かった。
草木が覆い茂る森の中は鮮やかな緑色で埋め尽くされ、車1台がギリギリ走れる程度の細い道がしばらく続いていた。
僕は森の中を走り抜けるとそのうちきっと広い道路に出るのだと思っていた。 でもいつまでたっても外の景色は何も変わらなかった。
パパはずっと無言でハンドルを握り続けていた。僕は一瞬森の奥へ迷い込んだのかと思い、彼にその事を伝えようとした。
「ねぇパパ、道を間違えたんじゃないの?」
パパの横顔を見つめてそう言うと、彼は僕を見ずに口元だけでニヤッと笑った。
彼はこの時冷たい目で前だけを見つめていた。車がそのうち道なき道を走り始めると、窓の外の木の幹がやたらと近くに見えた。

 パパは結局森の中で車を止めた。周りを木に囲まれた車内で彼と見つめ合うと、静けさがやけに心に沁みた。
「やっと2人きりになれたね」
パパが運転席のシートから腰を浮かせて助手席へ移ったのはそれからすぐ後の事だった。
RV車のシートは前も後ろもゆったりしていたから、少し窮屈ではあったけど助手席のシートに僕たち2人が並んで座れない事はなかった。
でもパパに促されて彼の膝の上にまたがると、もう窮屈さを感じる事はまったくなくなった。
車は木のカーテンに覆われていて、その中ではどんな事でもできそうな気がした。
パパの膝の上に乗って両手を肩に置くと、彼は僕を抱き寄せて濃厚なキスをしてくれた。
少し痛みを感じるほどに強く舌を吸われると、すぐに彼が欲しくなってしまった。

 長く濃厚なキスをやっと終えた時、パパが僕のティーシャツをまくり上げて右の乳首を舐め始めた。
「あぁ…」
途端に体に電流が流れ、僕はかん高い声を上げてしまった。
車内は十分涼しいはずなのに、体が熱くて思わずティーシャツを脱ぎ捨てた。その時パパは僕のジーンズを下ろそうとしていた。
薄いヘアーが半分露になった時、パパの右手が僕のパンツの中に入り込んできた。
舌で乳首を味わいながら彼がフッと鼻で笑ったのは、恐らく僕のパンツがびっしょり濡れている事に気づいたからだった。
彼は僕の乳首を解放し、指先が濡れた真っ白な右手を一瞬じっと眺めた。 そしてすぐに濡れて光る指先をゆっくりと舐めたのだった。
やがて冷徹な目が僕に向けられると、彼もティーシャツをサッと頭から抜き取って広い胸をさらけ出した。
彼の白い両手が器用に僕のジーンズを脱がせると、僕はあっという間に生まれたままの姿になってしまった。
僕の股間にぶら下がるものはとっくに硬くなって立ち上がっていた。その先端はパパを欲してヨダレをたらしていた。
「もう我慢できない」
パパは急いでジーンズを脱ぎながら掠れた声でそうつぶやいた。
彼はこの時僕以上に興奮しているように見えた。
いつも真っ白な頬は上気して赤く染まり、ピンク色の乳首は尖っていた。 そしてもちろんジーンズの下から現れたものはしっかりと大きくなって上を向いていた。
「ねぇ、早く」
パパは両手で僕のお尻を引き寄せ、急かすように早口でそう言った。
彼は僕を欲しがっている。僕は彼に求められている。
その事をはっきりと認識した後、僕は一旦腰を浮かせてパパの硬い肉片を自ら体の中へ招き入れた。
すると一瞬耐えがたいほどの圧迫感が体全体に襲い掛かった。でも僕は少しぐらい無理をしてでも彼の期待に応えたいと思っていた。

 「はぁ…はぁ…」
僕が腰を素早く上下させると、パパは目を閉じて息を荒くした。シートにもたれ掛かる彼の額には大粒の汗が光っていた。
両手で彼の肩を掴み、更に激しく腰を動かすと車全体がミシミシと音をたてて揺れた。
パパはすごく感じていた。僕と愛し合う事で、ものすごく興奮していた。
彼は何度も何度も僕のお尻を掴んで自分に引き寄せた。そして自分は時々緩やかに腰を左右へ動かしていた。
風が吹くわけでもなかったのに、パパの茶色の髪は揺れて大きく乱れていた。
眉間にシワを寄せ、目を閉じて呼吸を荒げるパパ。そうやって快感に耐える彼はすごく綺麗だった。
上気した頬と乱れた髪。そして広い胸。そのすべてが僕を魅了して止まなかった。
そして僕は次の瞬間からパパを観察する余裕を失った。それは彼の両手が僕の硬いものに触れたからだった。
パパの右手は僕を素早く擦りつけ、左手の指はびっしょり濡れた先端を何度もつまんだり撫でたりした。
「あっ!」
僕は大きく叫び、きつく瞼を閉じて彼の愛撫を受け止めた。パパの指はあまりにも器用に僕を刺激した。
彼の指が少しでも動くたびに全身が震えた。 強すぎる快感を紛らわそうとして必死に腰を動かしたけど、そうするとますます感じてしまった。
気持ちいい。すごく気持ちいい…
その言葉を呑み込んで唇を噛むと、僕はその瞬間にいってしまった。
頭の中が真っ白になり、急に体の力が抜けて気を失いかけた。パパはそんな僕をしっかりと両腕で支えてくれた。

 僕はパパがいつ果てたのかまったく分からなかった。
少し気持ちが落ち着いてゆっくりと目を開けた時、僕の体の奥からパパの吐き出した体液がじわっと漏れ出した。
僕はその時に初めてパパが射精したという事実を知ったのだった。
助手席の黒い革のシートの上で、僕とパパの白い体液が混ざり合った。
僕とパパはたしかに1つになったのだ。
彼がシートの上に零れ落ちたものをすぐに拭き取る事はよく分かっていた。
何も知らないママがそのシートに腰掛ける事を想像した時、僕は思わず笑みを浮かべていた。