13.

 僕たちの物語がクライマックスに差しかかったのは翌年の春の事だった。
中学3年生になった僕は、その頃から少しずつ受験勉強に取り組み始めていた。
毎晩午後8時を過ぎるとパパは仕事部屋へ行き、僕は自分の部屋へこもるようになった。 彼が仕事に取り組んでいる間、僕は勉強に没頭していたのだ。
そうする事で、パパと一緒にいられない時を淋しいと感じる事はなくなっていた。


 忘れもしない。僕のクラスで数学の小テストが行われたのは5月18日の事だった。
小テストが行われる事は1週間前に数学の教師から予告されていた。
パパにその事を告げた時、彼は僕の頭を撫でながら笑顔を見せてこう言ったのだった。
「そのテストで満点を取ったら、俺を好きにしていいよ」
彼はこうして僕にやる気を出させた。
そして僕は成績表にはほとんど響かないそのテストに向けて必死に勉強に励んだのだった。

 小テストが終わって2日後。その日学校の5時間目は数学の授業だった。
頭の禿げ上がった数学の教師は、採点を終えたテスト用紙を胸に抱えて教室へやってきた。
「この前のテストを返します」
教壇に立った彼は、36人の生徒たちをグルリと見回してそう言った。 その一言にドキドキしていたのは、恐らく僕1人だけだった。
「斉藤さん、西田くん…」
教師が次々と生徒の名前を読み上げると、1人1人が席を立って答案用紙を受け取りに教壇へ近づいた。
窓の向こうの空は曇っていた。そのせいか、教室の中は少しだけ暗く感じた。
僕は壁際の後ろの方の席に座って前へ出て行くクラスメイトの姿をずっと目で追いかけていた。
皆は答案用紙を受け取った後仲のいい友達とその点数を見せ合っていた。
薄暗い教室の中はざわついていた。時々大きな笑い声がそこかしこから聞こえてきた。
黒板にいたずら書きが残されている事に気づいた女子生徒は、黒板消しを手にして素早くチョークの文字を消し去っていた。
僕の名前が読み上げられたのは、彼女が黒板消しを手放して自分の席へ戻ろうとしていた時の事だった。
「滝沢くん」
教室に響く教師の声はざわめきにかき消されそうになっていた。
僕はすぐに席を立ち、机と机の隙間を早足で歩いて教壇へ近づいた。 その途中で白い床の上に誰かの消しゴムが落ちている事に気づいたけど、そんな物を拾う余裕もなく急いで前へ出て行った。
そして教師の分厚い手が僕に答案用紙をそっと渡した。
上の方に赤いペンで書いてある点数を恐る恐る見つめると、僕は右手で小さくガッツポーズをした。


 「お帰り、雅巳くん」
放課後急いで家へ帰ると、いつものようにパパが玄関で僕を迎えてくれた。
その頃彼は家にいる時いつもジーンズをはくようになっていた。 それはもちろんパパにはジーンズがよく似合うよ、と僕がベッドの上で彼に何度も囁いたからだった。
「パパ、早く来て」
僕はすぐに玄関で靴を脱ぎ捨て、パパの手を引っ張って一緒にリビングへ行った。
空は曇っていたので、リビングの中も教室と同じように少し暗く感じた。
「これ見て!」
僕はテレビの前で彼と向き合い、ブレザーのポケットから4つに折った答案用紙を取り出した。
パパは細い指で折り目を広げ、やがて100点と書かれた赤い文字を見つけた。 すると彼は父親らしくその事をすごく喜んでくれた。
「すごい。よくがんばったね」
パパは輝く目を僕に向け、嬉しそうににっこり微笑んだ。パパの口元に白い歯が覗いた時、彼を喜ばせた自分を誇りに思った。
「君はお利口さんだね」
次の瞬間、パパはそう言って僕を抱きしめてくれた。
彼の肩越しに少しだけ開いているベランダの戸が見えた。そこから入り込む春の風がとても心地よく感じた。
「ねぇパパ…約束、ちゃんと覚えてる?」
ぼんやりとベランダの戸を見つめながら彼に囁くと、僕を抱きしめるパパの手に力が入った。
「俺はいったい何をすればいいの?」
風に消え入りそうなその声が耳に響いた時、僕はすでにパパのティーシャツを脱がせようとしていた。

 「パパ、絶対に動いちゃダメだよ」
それから2分後。パパは裸で籐のソファーの上に仰向けになっていた。
「これから何をされるんだろう。少し怖いな」
彼はしっかりと目を閉じて緊張気味にそうつぶやいた。
その時は僕もすでに裸になっていて、床の上には僕とパパの抜け殻があっちこっちに散乱していた。
僕はソファーの脇に立ってしばらくパパの裸体を眺めていた。
空には少しずつ晴れ間が見え始め、雲の隙間から顔を出した太陽が彼の姿を明るく照らしていた。
パパは本当に綺麗だった。
肌は真っ白で、真っ直ぐに伸びた手足は長くて、胸が広くて、髪にはツヤがあって、その姿はまるでよくできた人形のようだった。
ベランダの向こうから吹く風がツヤのある髪を揺らした時、僕は床の上にひざまずいて彼の唇を奪った。
その柔らかい唇に渇いた唇を重ねると、僕らはすぐに舌を絡ませ合った。
パパは僕の舌を強く吸いながらそっと頭を撫でてくれた。そして僕は右手を彼の下腹部へと近づけた。
硬くなったそれに指を這わせると、パパの舌が突然消極的になった。 彼は僕の指に感じてしまい、もう他の事に気が回らなくなったようだった。
僕が短い舌をピンク色の乳首に移動させた時、彼は小さく声を上げた。
「ん…」
パパの肌に浮かぶ僅かな汗を太陽が照らした。僕は不器用な手と舌を使って一生懸命に彼を愛撫した。
するとその時、パパとの最初の夜の記憶が蘇ってきた。
安っぽいドラマを見てマスターベーションに興じていた時、僕は何故だか急にパパとママがセックスする様子を頭に浮かべた。
パパは細い裸体をベッドの上に投げ出し、ママは彼にまたがって小刻みに腰を振っていた。
彼女が動くと大きな胸がユサユサと揺れた。パパの白い手はママのお尻をぎゅっとつかんでいた。
それは僕にとって最も好ましくない映像だった。
その忌まわしい妄想を打ち消そうとして目を開いた時が、僕とパパの本当の始まりだった。
僕はパパに初めて触れられた時、まるで金縛りに遭ったかのようにまったく身動きができなかった。
別にあの時の仕返しというわけではなかったけど、僕はまな板の上の鯉と化したパパを好きなようにいたぶってみたかったのだ。

 「あぁ…!」
僕が右手を小刻みに動かすと、パパが大きく叫んで右足を折り曲げた。でも僕は彼が勝手に動く事を決して許さなかった。
「動かないで」
「だって…」
彼は声を震わせながら右足を元通りに真っ直ぐ伸ばした。彼が何でも言う事を聞いてくれるのは、すごく快感だった。
右手はもうびっしょり濡れていた。僕はピンク色の乳首を舌で転がしながらパパの姿をずっと観察していた。
パパはしっかりと目を閉じて、眉間にシワを寄せていた。そして時々濡れた唇を長い舌で舐めていた。
右手は更に濡れていった。汗ばむ彼の肌が頬に触れた。彼が何度も体を震わせると、その振動が舌の先にはっきりと伝わった。
「はぁ…はぁ…」
彼の息がだんだん荒くなってきた。きっとパパはもうすぐいってしまう。
そう思った時、彼がゆっくりと目を開けた。その目はとてもうつろだった。
「雅巳くん…抱いて」
濡れた唇の奥からそんな声が漏れた。パパの目はうつろだったけど、僅かな輝きを持っていた。
彼は震える手でもう一度僕の頭を撫でた。
「お願い、抱いて。雅巳くんの中でいきたいんだ」
春の風が緑の香りを運んできた。僕はその時森の中で彼と愛し合った時の事を思い出した。
パパはあの時すごく感じていた。そして僕も同じように感じていた。
助手席の黒い革のシートの上で僕らの体液が混ざり合った時、彼と本当に1つになれたような気がした。 そして僕はその瞬間にママへの復讐を果たしたのだった。
僕はもう一度彼を抱いてあの喜びを味わいたいと思った。ママのお気に入りのソファーの上で、彼と1つになりたいと思った。

 僕はパパの上にまたがって彼の硬い肉片を体の奥へ押し込んだ。
ベランダの向こうから一筋の光が差し込んで彼の白い肌を照らした。
素早く腰を上下に振ると、当然のように耐えがたいほどの圧迫感が全身に襲い掛かった。
パパはもうまな板の上の鯉ではなかった。彼は腰をくねらせ、両手で頭をかきむしり、何度も大きく声を上げていた。
「ん…あぁ…!」
彼の髪は乱れていた。真っ白だった頬は徐々に赤く染まっていった。
僕はパパとの行為に夢中になっていた。
あまりにも夢中になりすぎて、遠くの方で物音がしてもまったく気づく余裕がなかった。