19.

 その後の僕はとても平穏な日々を過ごしていた。
毎日学校へ通い、授業が終わるとすぐに家へ帰り、夕方からはずっとずっとパパと2人で過ごす。 そんな僕たちの邪魔をする人間は、もう誰もいなかった。
特に夏休みは僕にとって1番楽しい時間だった。
退屈な学校へ行く義務もなく、1日中たっぷりパパと触れ合っていられる日々は僕にとって天国でしかなかった。
もしかしてその頃が僕の人生にとって最高の時だったのかもしれない。

 でも楽しい時間はいつもすぐに過ぎ去ってしまう。中学最後の夏休みはあっという間に終わってしまった。
休み明けにはまた灰色の学校生活が始まるのかと思って少し落ち込んだけど、それからすぐにちょっといい事があった。
「父親参観日とか、来てくれる?」
僕はパパに初めて会った時彼にそう言った。
でもママが一緒に暮らしていた頃はその日を彼に知らせる事ができなかった。 父親参観日は日曜日と決まっていて、その日はママが唯一パパを独占できる日だったからだ。
週に1度のママの幸せを奪う事は、当時の僕にはどうしてもできなかったのだ。
でももう誰にも遠慮する必要はなかった。
学校で担任と今後の進路を話し合う三者面談が予定された時、僕は迷わずパパにその事を打ち明けた。 すると彼は面倒な顔1つ見せずにあっさりとそれに出席する事を約束してくれたのだった。


 9月の初旬は暑い日が続いていた。三者面談はその頃3日間に分けて行われた。 僕はその2日目の4時半から担任と話す事になっていた。
3年生の教室は校舎の3階に並んでいて、各教室の前には壁に沿って椅子が10個ぐらい置かれていた。
三者面談は1人の生徒につき大体15分程度と決められていて、その順番を待つ生徒とその親が廊下の椅子に座って待機する仕組みになっていたのだ。
僕はその日の4時頃からそこに座ってぼんやりと時を過ごしていた。
隣の方にはクラスメイトが3人いて、彼らの横にはそれぞれの母親が座っていた。
そこにいた生徒は僕も含めて男ばかりだった。
彼らは時々席を外してふざけ合ったりしていたけど、親しい友達のいない僕だけは椅子に腰掛けてじっとしていた。
白い廊下は外の日差しに照らされていた。廊下の窓の向こうにはまだギラギラ輝く太陽が居座っていたのだ。
その日はかなり暑くて、じっとしていても額や首筋に汗が浮かんだ。 その頃制服は夏服で、半そでの白いワイシャツが汗ばむ肌に貼り付こうとしていた。
僕のすぐ隣には誰かの母親が座っていて、太めの彼女は花柄の扇子でひっきりなしに顔を扇いでいた。
彼女の頬のたるみやぼっこり膨らんだ腹部を見ると、やっぱりママは綺麗だったなと改めて感じた。
退屈した3人のクラスメイトたちは白いワイシャツを揺らして廊下を駆け回っていた。 彼らはギャーギャー声を上げながら皆でじゃれ合っているようだった。
扇子を持った彼女がおとなしく座ってて、と彼らに何度か注意したけど、その声はすっかり無視されていた。

 そんな彼らを黙らせたのは僕のパパだった。
パパは4時を少し過ぎた頃明るい廊下を真っ直ぐに歩いて僕のところへ近づいてきた。
学校のスリッパをはいたパパはパタパタと上品な足音をたててゆっくりと廊下を歩いていた。
彼には夏らしいベージュのスーツがよく似合っていた。
肩の上で跳ねている髪が太陽に透けて金色に近い色に見えた。そして真っ白な肌は光り輝いていた。
パパは立っているだけでも十分綺麗だったし、背筋を伸ばしてゆっくりと歩く姿はますます美しかった。
その時廊下にいた全員が光の中を歩く彼に目を奪われていた。
少し前まではしゃぎ回っていたクラスメイトたちは急に静まり返ってパパを見つめ、隣に座っていた誰かの母親は扇子の動きを止めてやはり彼を見つめていた。
教室の前で立ち止まったパパはそこにいる人たちの顔をしっかりと見回してにっこり微笑んだ。
坊主頭の生徒は息を呑み、メガネをかけた生徒は唾を飲み、小柄な生徒はただ口を半開きにしてパパの笑顔に見とれていた。

 そして遂にパパが僕のそばへ寄ってきた。
僕が彼に微笑みかけた時、周りの皆はいったいどんな顔をしていたのだろう。
パパは少し目を細めて腕時計を見つめ、そっと時間を確認した。時計の表面のガラスが、外の日差しを浴びて一瞬鋭い光を放った。
「ちょっと早すぎたかな?」
彼の白い右手が僕の頬に軽く触れた。
僕らを見つめる皆の視線が、矢のように心に突き刺さった。


 三者面談はあっという間に終わった。
僕は元々勉強に興味がなかったし、加えて学校にも特に興味がなかった。そういうわけで、僕の進路は本当に安易に決定した。
僕はお金さえあれば入学できそうな高校を受験する事にした。
そういう高校はいくつかあったのだが、パパが僕に学ランを着せたいと言ったので最終的には制服で受験する高校を選んだ。
結局僕にとっては中学卒業後の進路なんてどうでもよかったのだ。
僕にとって重要なのはパパが父親として三者面談に来てくれた事だけだった。
パパはママと違ってちゃんと僕をかわいい息子として扱ってくれた。そういう愛情に飢えていた僕はとにかくその事が嬉しかったのだ。


 三者面談を終えて一緒に帰る時、パパは僕の肩を抱いて明るく光る廊下を歩いた。
すると今度は廊下で待機している人たちの視線が背中に突き刺さった。皆にパパを自慢する事ができて、僕は本当に大満足だった。
「これから少しドライブして、外で夕食を食べようか?」
明るい廊下を抜け出して日の当たらない学校の階段を下りる時、パパが僕にそんな提案をした。
パタパタと響き渡る彼の足音と肩の上に置かれた白い手の感触がとても心地よかった。でもそれ以上に背中に残る皆の熱い視線が僕を興奮させていた。
僕をないがしろにした連中は、あまりに綺麗なパパを持つ僕に嫉妬したに違いなかった。

 階段を下りて校舎の1階へ辿り着くと、正面に広い下駄箱の姿が見えてきた。
パパと2人で薄明るい廊下を真っ直ぐに進んだ時、僕はたまらなく彼が欲しくなってしまった。
周りに人がいないのを確認してパパの頬に軽くキスをすると、渇いた唇にその柔らかな感触が広がった。
彼は僕の合図にすぐ気づいてくれた。
パパが廊下の真ん中で立ち止まると、スリッパをはいた足音も同時にピタッと止まった。
でも上品な足音が止んだのはほんの少しの間だけだった。パパは下駄箱とは別な方向へ向かってまたすぐに歩き始めた。
彼に肩を抱かれて歩く先にはトイレの白いドアがあった。
冷たい目をした彼に強引にトイレへ連れ込まれた時、僕の心臓は大きく脈打っていた。

 誰もいないトイレへ乗り込んで1番奥の個室に入ると、僕たちはそこで2人きりになる事ができた。
トイレの白い壁には "節水にご協力ください" と書かれた紙がセロテープで貼ってあった。
パパが僕の体を壁に押し付けて激しいキスを始めると、薄汚れた紙がはがれて洋式便器のフタの上に落下した。
いつものように舌を絡ませ合うと、当然のように下半身が熱くなってきた。
強く舌を吸われるたびに意識がどこか遠いところへ飛んでいった。
たとえそこが退屈な学校の一部だとしても、パパが一緒にいればその空間はばら色だった。
「はぁ…はぁ…」
長く激しいキスが終わると、僕たちはじっと見つめ合って静かに息を整えた。
太陽の日差しの届かないその場所でもパパの冷たい目は輝いていた。その冷徹な目で見つめられると、ゾクゾクするほど興奮した。
「パパ、僕の事好き?」
僕がパパの首に両手を回すと、彼は僕を抱き寄せて大きく頷いた。
それから僕らは時々短いキスを交わしながら何度も言葉を囁き合った。遠くの方で、誰かが元気に走り回る足音がした。
「じゃあ、僕のどこが好き?」
「俺によく似てるところかな」
「僕とパパは全然似てないよ」
「そうかな?強くて、かわいくて、綺麗で…俺にすごく似てると思うけど」
「僕…綺麗?」
「そうだね。君はすごく綺麗だよ」
僕はその頃まだ自分の美しさに気づいてはいなかった。
でもパパがそういう自分を好きだと言うならば、誰よりも綺麗な人間になりたいと思った。
「学校でするなんて、すごく興奮する」
パパの小さな囁きが、僕の耳をくすぐった。

 この時の彼は少し乱暴だった。でも僕はパパのそういうところがすごく好きだった。
彼に強い力で腕を掴まれた後、気がつくと目の前にトイレの白いドアがあった。
僕はもう体中にびっしょり汗をかいていて、白いワイシャツが胸や背中にピッタリ貼り付いていた。
パパが後ろから手を回して素早く僕のベルトを外すと、制服のズボンがベルトの重みでトイレの床に落下した。
僕は早くパパが欲しくて自分の手でトランクスを下ろした。
すると彼の手が僕の腰を引き寄せ、尻の間を割って硬い肉片が体の中へ入り込んだ。
両手をドアに押し付けた時、彼の右手が僕の硬くなったものを捉えた。
前と後ろを一気に攻められると、耐え難い快感が体全体に襲い掛かってきた。
「パパ…」
パパはものすごいスピードで腰を動かした。彼の硬い肉片が僕の中で前後左右に踊っていた。
細い指が先端から根元まで何度も往復を続けると、僕の硬いものが熱く燃え上がった。
「いく…いっちゃう…」
僕はきつく目を閉じて身悶えした。ドアを引っかく爪がガリガリと小さく音をたてた。
興奮し切った体は熱くなったり震えたりするのを何度も何度も繰り返した。
「ん…」
パパは腰の動きを止めずに背中の後ろで小さく呻いた。その時はもうお互いに限界が近づいていた。

 「あ…あぁ…」
5分ももたずに、僕はたっぷり射精した。
きつく閉じた瞼の奥に、一筋の光を感じた。
寒いのか暑いのかはよく分からなかったけど、とにかく体がブルブルと震えた。
「あっ…」
パパが小さく声を上げて腰の動きを止めたのは、僕の体がまだ震えている時の事だった。
彼の吐き出した生温かい体液のほとんどが体内に吸収されずに太ももを伝って流れ落ちていった。
僕は肩で息をしながら太ももに滴る温かいものに思いを馳せていた。

 しかし僕とパパの物語にこれ以降のエピソードは一切書かれていない。
僕らがお空の上で幸せに暮らし始めたところで、パパが物語を終わらせていたからだ。
でももちろん僕たちの暮らしはその後もずっと続いていたのだった。