2.

 14歳の春。中学2年生になって間もない頃、僕は初めてパパに会った。
よく晴れた日曜日の午後。あの時僕はたった1人で家にいた。
僕のママは高級クラブで働いていて日曜日が唯一の休日だった。
だけど彼女は休みの日も家にいたためしがなかった。 仕事のない日でもお客さんの相手をしなくちゃいけないのだと言いながら、本当はいつも自分の男に会いに行っていたのだ。
僕はママの恋愛に関心がなかった。
でも彼女が洋服を着替えるかのように次々と男を取り替えている事はよく知っていた。
ママはもちろんそんな事を語ったりはしなかったけど、息子の僕はすべてお見通しだった。
だいたいプライドが高くてわがままな彼女が1人の男と長く付き合えるはずなどなかった。
それはきっと、男なら誰でも分かる事だった。


 僕はあの時リビングの床に腰掛けて少しの間テレビを見ていた。
わずかに開けたベランダの戸の隙間から時々春の温かい風が部屋の中に入り込んできた。
その時放映していたテレビ番組はひどく退屈なものばかりだった。
大昔のドラマの再放送だとか、遠い国で起こっている事件について大人たちが語り合う番組だとか、何度チャンネルを切り替えても興味の持てない番組ばかりが目に付き、そのうち僕はテレビを見る事を諦めた。
僕はテレビを消した後ベランダの向こうに覗く空を見つめた。
その日の空はただただ青かった。
テレビを消すとリビングに一瞬静寂が走った。でも静かな時は長くは続かなかった。

 6階のその部屋に、突然金属バットの乾いた音が響いた。そしてその後にかん高い子供の声が続いた。
ママと2人で暮らすマンションのすぐ隣には粗末な球場があって、そこではいつも近所の子供たちが集まって野球の真似事をしていたのだ。
金属バットの音や子供たちの声はすごく耳障りだった。それでも春の風が愛しくてベランダの戸を閉める気にはなれなかった。
退屈していた僕は床に寝転がってうたた寝する事にした。そうすればつまらない時間をやり過ごせるし、外の騒音も聞かずに済むからだ。
フローリングの床の上で仰向けになると、背中が冷たくてとても気持ちがよかった。
すぐ横には籐のソファーが置かれていたけど、僕はいつもそこではなく冷たい床の上でうたた寝をした。
リビングの白い天井は春の日差しに照らされていた。 自分の意識を眠りの世界へ引きずり込もうとすると、あっという間に白い視界が真っ暗へと変わった。
うるさい子供の声はどんどん耳から遠ざかり、温かな春の風が眠りに就こうとする僕を後押しした。
でも、静かな時はやはり長くは続かなかった。

 今眠りに堕ちるというその瞬間、いきなり僕の耳に玄関の鍵が開くガチャッという音が飛び込んできた。
僕は軽く閉じていた瞼を開き、もう一度白い天井を見つめながらその音に耳を集中させた。
それはたしか午後3時頃の事だったと記憶している。
午後3時はママが帰ってくるにはちょっと早すぎる時間だった。彼女は外が明るいうちには決して帰ってこない人だったのだ。
でもママの帰りが早くてもそれほど気にはならなかった。
どうせ男とケンカして帰ってきたんだろう。僕はぼんやりとした頭でそんな事を考えていた。
ママの足音がリビングへ近づいてくると、僕はしかたなく立ち上がった。
彼女が帰宅した以上そこではとても眠れそうになかったから、自分の部屋へ行ってベッドに横になろうと思ったのだ。
それでも一応お帰り、の一言ぐらいは言ってあげようと思い、僕はママが来るのを待っていた。
しかしその時ママは1人ではなかったのだ。
真っ赤なワンピースを着た彼女の後ろにひょろっとした男の影が見えた時、僕はかなり驚いていた。
ママは家に誰かを連れてくるような事は絶対にしない人だった。
彼女は同じ店で働く仲間にさえ僕の存在を明かしていなかったのだ。