21.

 15インチのブラウザいっぱいに広がる大きな写真。そこには数年前の僕が写っていた。
その写真がいつ撮られたものなのかはっきりとは分からなかったけど、そこに写っていたのは恐らく12歳前後の僕の姿だった。
写真には全身がはっきりと写っていた。でも背景はぼやけていて、それが撮られた場所はまったく特定できなかった。
写真の中の少年は前髪が長く、頬がこけていて、少し緩めの赤いジャージを着ていた。 そのジャージは僕が12〜13歳の頃好んで身に着けていたものに間違いなかった。
僕の姿は真正面から撮られていた。でも曇りがちな目は決してカメラを真っ直ぐに見つめてはいなかった。
僕の目に光はなく、子供らしい笑顔もなく、体も随分と細くて、その姿を見るとすごく切なくなった。 そこに写っていたのは、何もできない無力な少年の姿だった。
僕はそれに似た写真を何枚も何枚も見つけた。フォルダの中に入っていたのは、すべてが12歳前後の僕の写真ばかりだった。
僕はその中に笑顔の自分をまったく見つける事ができなかった。階段に座り込んでいる時も、俯いている時も、僕は常に暗い表情を見せていた。
そんな自分を見ているのが苦しくて、僕はすぐにそのフォルダを閉じてしまった。

 そこにあった写真はどう見ても不自然なものばかりだった。
写真に写っているのは常に僕1人だけで、それは普通のスナップ写真とも違っていたし、もちろん記念写真でもなかった。
どこかに突っ立っている自分や、どこかに座り込んでいる自分。
背景がぼやけている様子から、写真は遠くから望遠レンズで撮影されたものだと想像した。 でも僕にはそんな写真を撮られた自覚がまったくなかった。
恐らく写真を撮ったのはパパだろう。状況から見てそう考えるのが自然だった。

 再び青く光るブラウザを見つめた時、僕は体中に冷たい汗をかいていた。
そして様々な疑問が頭の中に浮かんでは消えていった。
「俺は、君のママと結婚するつもりなんかなかったよ。でも君に初めて会った時、すぐに気が変わったんだ」
パパはいつか僕にそう言った。
僕は青い光に照らされながら彼と初めて会った日の事を思い出していた。
あれは僕が中学2年生になって間もない頃の事だった。
よく晴れた日曜日の午後。あの日ママは突然パパを連れて家に帰ってきた。
その時僕はリビングの床の上に立って彼らを迎えた。
彼は品のいいグレーのスーツに身を包んでいた。
ツヤのある茶色い髪は肩に降りかかるほどの長さで、面長なその顔は青白かった。
パパはあまりにも若くて綺麗だった。初めて彼に会った時、その美しい姿は僕に強烈なインパクトを与えた。
彼は何の感情もない凍りついたような目で僕をじっと見つめた。その目に見つめられると、一瞬体中に寒気を感じた。


 彼が僕と初めて会ったのはあの日ではなかったのだ。
僕がパパと初めて会ったのは間違いなくあの日だったけど、彼はそれ以前に僕と会っていたのだ。
でもパパは嘘を言ったわけではなかった。彼は僕と初めて会ったのがあの日だとは決して言わなかった。
それは僕が勝手にそう思い込んでいただけだった。自分と彼はあの日が初対面だと僕が勝手に決め付けていただけだったのだ。
じゃあパパはママとはいったいいつ知り合ったのだろう。
パパは幼い僕が彼女の息子だと知っていて写真を撮ったのだろうか。 もしもそうなら彼は10代の頃からママを知っていて、わりと早くに僕の存在を彼女から打ち明けられていたという事なのだろうか。
「キャッチボールしよう」
パパはあの日粗末な球場へ僕を連れ出していきなりそう言った。
僕は父親とキャッチボールをするのが夢だった。僕がパパに気を許したのは、彼が僕の夢を叶えてくれたからだった。
でも、それはあまりにもでき過ぎていた。
彼は最初から僕の心を掴む方法を知っていて、それであんな事を言ったのではないだろうか。
あの日の彼はやる事成す事すべてが芝居じみていた。
真っ白な手を引き立てるために太陽の光の差す方へ右手を持っていったり、スマートに足を組み替えたり。
そのすべてが計算されたものだという事はすぐに分かった。
何も知らないフリをして僕の気を引く事ぐらい、彼にとっては簡単な事だったのかもしれない。

 見えない場所で僕にカメラを向け、静かにシャッターを押すパパの姿などとても想像がつかなかった。
僕にはどう考えてもまったく彼の行動が理解できなかった。
結果として僕はパパの自分に対する愛情を疑った。