25.

 その日のパパはすごく乱暴だった。
彼は僕を引きずるようにしてそのままリビングへ連れて行った。
僕は強い力でソファーに押し倒され、体の上にのしかかるパパの全体重を受け止めた。
彼の手が僕の学ランを剥ぎ取ろうとした時には、そのやり方があまりにも強引すぎて体の節々に軽い痛みを感じた。
「もっと優しくして」
そう言いたいのはやまやまだったけど、パパの唇が僕の口を塞いでいたために何も言う事ができなかった。
息ができなくて、本当に苦しくて、しだいに意識が遠くなっていった。
僕は薄れ行く意識の中で自分の身から剥ぎ取られた学ランが床の上に投げつけられるバサッという音を聞いた。

 ずっと塞がれていた口が解放されると、僕はたまらず何度も大きく息を吸った。
でも体の酸素不足が解消される前にパパの手によって両足を大きく開かれ、それからすぐに彼の硬い肉片を受け入れる事となった。
「うぅ…」
体が苦しくて思わず呻いた時にはもう目の前に霞がかかっていた。視界はただ真っ白で、パパの顔すらまともに見えなかった。
腰のあたりに圧迫感が襲い掛かり、全身に冷たい汗をかいた。
でも細い指で硬くなった先端を愛撫されると、急に気持ちがよくなって今度は喜びの声が喉の奥から溢れ出した。
「あぁ…ん」
体はきつくても、心は幸せだった。パパと愛し合う瞬間は、僕にとって最高の時だった。
彼と触れ合うのをやめてしまう事は、すべてを失う事と同じだった。
「気持ちいい?」
そんなふうに問い掛ける時もパパは決して指の動きを止めなかった。
全身を包み込む快感に耐えかねてソファーの上で3回身をよじると、僕はすぐにいってしまった。


 僕はそれからしばらく動けなかった。
折り曲がった足を伸ばす事もできず、軽く閉じた瞼を開ける事もできず、深呼吸を繰り返しながらただソファーの上に仰向けになっていた。
瞼の向こうに春の日差しを感じた。汗ばんだ肌には白いワイシャツが貼り付いていた。
パパに抱き寄せられた時、僕はスッと小さく息を吸って彼の髪の匂いを嗅いだ。すると微かなタバコの香りが僕の鼻をついた。
「素敵だったよ、雅巳くん」
パパの掠れた声が僕の耳をくすぐった。薄目を開けると、そこにはすごく優しいまなざしがあった。
僕は細い腕に抱き締められ、優しい目に見つめられていた。 でも彼の髪に残るわずかなタバコの香りが僕を不安にさせていた。
「雅巳くんに出会えた事、すごく幸運だったと思ってるよ」
そんなセリフで心をくすぐられても、見つけてしまった写真の数々が僕を更に不安にさせていた。
息を吸うたびに感じるタバコの香りはパパが今日もどこかへ出かけて行った事を僕に教えてくれた。でも彼はその事について何一つ言わなかった。
「不安にさせないで」
彼に口を塞がれているわけでもなかったのに、僕はその言葉を口にする事ができなかった。

 僕たちは春の日差しに照らされる温かな空間でしばらく身を寄せ合っていた。
時々キスを交わしたり、お互いの頬をつねったり。そんなたわいのない事を何度も繰り返して、静かに時は流れていった。
そしてある時、パパの掠れた声がもう一度僕の耳をくすぐった。 その声は僕が感じていた幸せを半減させるものであり、それと同時に不安を倍増させるものでもあった。
「実は俺たちの物語の続編を書かないかって言われてるんだ」
彼にそう言われた時は、すごくドキッとした。それは僕がまったく予想していなかった事だったからだ。
僕はそんな話はできれば断ってほしいと思った。
パパの本が売れた事で、僕の存在はパパの息子として語られる事が難しくなっていた。
パパは僕にとって家の中だけの恋人だった。更に彼は家の中だけの父親になろうとしていた。
ガラスの壁の外へ飛び出せば、僕はいつでも1人ぼっちだった。
次の本が売れれば、僕のその思いはもっと大きくなる。世間の人たちが僕たちの事を知れば知るほど、僕はきっとつらくなる。
その事はパパだって承知していたはずだった。だけど彼はその話に乗り気だったようで、すごく楽しそうに言葉を続けた。
「ねぇ、続編はどんな話がいい?俺たちはこれからどうなると思う?」
パパはハッピーエンドで終わった物語をもう一度動かそうとしていた。 僕が必死で守ろうとしていたものを、いとも簡単に動かそうとしていた。
「君と初めて出会ってから今までの事は全部書いたから、今度はこれからの事を鮮明に書いていきたいと思ってるんだ」
パパはこの時初めて嘘をついた。優しい目で僕を見つめながら、普段通りの口調で淡々と嘘を語った。
彼は僕が初めてパパと出会った時の事は書いていたけど、彼が僕と初めて会った時の事は一切書いていなかった。
彼がいったいどういうつもりで僕の写真を撮ったのか。その事については、本当に何も書いていなかった。
パパと頬を寄せ合ってもう一度息を吸うと、やっぱりタバコの香りがした。
僕のパパに対する不信感が、遂にこの時爆発した。

 僕の方から彼を離れて立ち上がったのは、多分この時が初めてだった。
リビングの白い床は外の日差しに照らされて眩しく光っていた。 太陽に温められた床の上に裸足で立つと、足の裏にその熱がジワジワと伝わってきた。
「どうしたの?」
パパはひどく驚いた表情を見せ、ソファーの上で体を起こした。
僕はワイシャツ1枚の姿でそこにいたのに、パパはしっかりティーシャツとジーンズを身にまとっていた。
柔らかな日差しが彼の目を光らせ、白い肌に透明感を与えていた。そして足元には僕の体から剥ぎ取られた学ランが転がっていた。
僕はきっと12歳の自分に似た暗い目で彼を見下ろしていた。
「僕がパパを裏切って、他の人と愛し合うっていうのはどう?おもしろい話になりそうじゃない?」
僕が放った一言はパパを更に驚かせたようだった。彼の目は大きく見開き、渇いた唇がわずかに震えていた。
広いリビングの中に不穏な空気が流れた。僕はその空気を前にも味わった事があった。たしかママを失った時、それと同じ空気を浴びていたのだ。
僕はその淀んだ空気に耐えられず、パパを残してリビングを後にした。
背中に彼の視線が痛いほど突き刺さったけど、決して振り向かずに部屋を出た。