37.

 僕はパパが自分に宛てたメッセージを一気に読んだ。
彼からのメッセージを読み終えた時、以前よりもっともっとパパの事が好きになっていた。
パパを愛する事は自分を愛する事だと思った。パパを愛する事は自分を肯定する事だと思った。
だからこそ彼が残した別れの言葉が僕の心に矢のように突き刺さった。
俺たちの物語は、これで完結したいと思っている。
その言葉を何度か読み返すと、ジワジワと目に涙が浮かんで視界が真っ白になった。
大粒の涙が零れ落ちて僕の頬が温かく湿った。必死に両手で涙を拭っても、その雫は指の隙間から次々と頬の上へ流れ落ちていった。
パパがずっと前から僕の事を気に掛けていてくれたなんて…そんな事は全然知らなかった。
自分は誰にも愛されていないとずっと思い込んでいた。彼と愛し合うようになってからも、心のどこかにその思いは潜んでいた。
僕には自信がなかったのだ。
自分は愛される価値のない人間だという思いが体中に沁み込んでいて、パパと一緒にいてもどこか気持ちが不安定だった。

 俺がどうしても捨てられなかったあの写真
パパは昔撮った僕の写真を手紙の中でそんなふうに表現していた。
あの写真を見つけた時、僕は彼に対して疑惑を持った。一瞬でも彼の愛を疑ったのは、僕の弱さが原因だった。
パパは決して嘘をつくような人ではない。
その彼が僕を抱き締めて好きだと言ってくれたのに、いったい何を疑うというのか。
そんな簡単な事が分からないなんて、僕は本当にバカだった。
あの写真を見た時、僕はブラウザの中の自分から目を逸らした。 それは昔の自分を見ているのがすごく苦しかったからだ。
孤独だった頃の自分の姿は、僕にとっては葬り去ってしまいたい過去だった。
僕はあの頃の自分を肯定できなかった。でもパパだけは僕の孤独を理解し、ありのままの自分を受け入れてくれたのだ。
暗い目をした僕の写真にはパパの深い愛が込められていた。その事が分かった時はすごく嬉しかった。
あの写真を見つけた時、すぐにパパと話せばよかった。こんな事になる前に、ちゃんと彼の話を聞けばよかった。
それができなかったのは、やっぱり僕の弱さが原因だった。


 涙の向こうの白い光がすごく目に沁みた。
僕は白く光るブラウザの中にパパの優しい笑顔を見た。すると僕も自然と笑顔になれた。
僕が笑えるようになったのは彼がそばにいてくれたからだった。
パパと出会っていなければ、きっと今でも暗い目をして俯いていた。
僕は彼の真っ白な頬に触りたかった。 マシュマロみたいに柔らかな頬を両手で包み込んで、今すぐ彼とキスをしたかった。
ところが震える両手を彼に近づけた途端にパパの笑顔がスッと目の前から消えてなくなった。
微かに指先に触れたのは、冷たく白いブラウザだった。そして潤んだ目に映し出されたのは、パパが綴った黒い文字だった。
滝沢丈二
パパは手紙の最後にその名前を入れていた。
彼の書く小説はすべてノンフィクションだったけど、パパが中沢未来として作品を世に出す時、それはすべてフィクションに変わった。
でも滝沢丈二が綴ったこの手紙は明らかに現実だった。パパが僕にサヨナラを告げたのは、夢でも幻でもなくまったくの事実だったのだ。
その事をはっきり意識すると、僕は力なく両手を机の上に下ろした。
するとその時右手が冷たいマウスに触れ、白いブラウザがほんの少しだけスクロールした。
パパが滝沢丈二として書き残した手紙には、まだ続きがあったのだ。