40.
激しいセックスの後、パパの腕を枕にしてゆっくりと休んだ。布団の下で足を絡ませ合うと、彼がクスッと小さく笑った。
それが僕の至福の時だった。
彼にそっと寄り添うと、わずかな汗の匂いが鼻をついた。
右手をゆっくりパパに近づけて、指先で柔らかな頬の感触を味わう。5本の指で頬を軽く撫でると、僕の手にパパの温かい手が重ねられた。
僕はセックスの後の余韻を楽しむのが好きだった。
性欲が満たされた後2人で静かな時間を過ごすと、今度は心が満たされた。
だからこそパパとすれ違っている時は心身共に淋しかった。
頬を寄せ合ったり、首筋を軽くくすぐったり。そんなたわいのない時間が僕にとってはすごく大切だったのだ。
窓の外には夕焼け空が広がっていた。夕日の色が反射して、パパの目が一瞬キラリと輝いた。
「パパ、すごく気持ちよかったよ」
「俺もだよ」
パパは僕の手にそっとキスをして穏やかに微笑んだ。
夕日色の彼の目には、幸せそうな僕の顔がはっきりと映し出されていた。
「俺を許してくれてありがとう」
パパが突然そう言った時、僕はその言葉の意味がよく分からなかった。
パパは何も悪い事なんかしていない。彼はただ、僕を愛してくれただけだった。
僕たちは唇が軽く触れ合うだけのキスを何度も繰り返した。
そんな僕らの邪魔をする者は誰もいなかった。
夕日に見守られてキスをすると、胸に抱える幸せが更に何倍にも膨らんだ。
僕には2度目のセックスをする前に彼に話しておきたい事があった。
キスの途中でその事を告げると、パパは優しく微笑んで僕の話に耳を傾けていた。
「僕はパパとの事が皆に知れても平気だよ。
本当はいつも大きな声で叫びたかったから。パパの事が大好きだって、皆の前で叫びたかったから」
それは僕の本心だった。僕の心の中には、たしかにそういう思いがあった。
後々の事を考えるとそうする事はできなかったけど、大金を払ってまで2人の関係を隠したいとは思っていなかった。
僕たちは何も悪い事なんかしていない。その自信さえあれば、どんな事になっても平気だと思っていた。
僕は自分の気持ちをパパに伝え、その後の判断は彼に任せるつもりでいた。
「実は、1つだけ手紙に書きそびれた事があるんだ」
急にそんな事を言われ、僕は彼の目を見つめた。その時パパはもう微笑んではいなかった。
彼は少し緊張した様子で僕の手を強く握った。
彼の目線は宙を泳いでいた。夕日色の空気を見つめて、パパは更に言葉を続けた。
「俺…雅巳くんが同じ学校の子と一緒にいるのを見た。君といたのは、とてもかわいい天使みたいな子だった」
パパは決して僕の目を見ようとせず、小さな声でそうつぶやいた。
歯切れが悪くて、少し沈んでいるような声。僕はその声を聞いた時、愛されていると強く感じた。
彼をきつく抱き締めると、ベッドが一瞬ガタッと揺れた。
2度目のセックスはもう少し後までおあずけだった。僕にはまだ彼に話さなければならない事があったからだ。
「若葉の事だね?」
「若葉?」
彼は僕の問い掛けに首をかしげ、目を泳がせて何か考え込んでいる様子だった。
「若葉は僕の友達だよ。パパは彼に会いにコンビニに行ったよね?」
その時、パパの目線がどこか一点を見つめてピタッと止まった。彼は一瞬複雑な表情を見せ、ゆっくりと仰向けになった。
「どうしてバレてるんだよ…」
ため息にも似たつぶやきが、静かな部屋の空気を震わせた。彼はすぐに目を閉じて、今度は本当に大きくため息をついた。
「若葉はパパの顔を知ってるんだよ。入学式の時に見てるから」
「俺…ちょっとしたストーカーだな」
彼は独り言のようにそう言った。眩しい夕日は彼の横顔を無言で照らしていた。
「僕、若葉になりたかった。若葉のようにかわいくなれたら、パパはずっと僕の事を好きでいてくれると思ったから」
正直にその思いを口にすると、パパの目がゆっくりと開いた。彼は窓の向こうから差し込む夕日の眩しさに目を細めていた。
「僕がどうして若葉と友達になったか教えてあげる。若葉はパパの事を綺麗だって言ってくれたんだ。
僕はその事がすごく嬉しくて…だから彼と友達になったんだよ」
若葉があまりにもかわいいから、パパは僕の気持ちが彼に傾く事を心配したのだ。
少なくともその時の僕はそう思っていた。
「彼とはただの友達だよ」
「…」
「若葉は優しくて、すごく純粋な人なんだ。僕はそんな彼にずっと憧れてた。ただそれだけだよ」
「…」
「パパ、若葉と僕は…」
「もういいよ」
僕の言葉はいきなりパパの声によって遮られた。彼はしばらくおとなしくしていたのに、突然激しいキスを仕掛けてきた。
僕は反射的に目を閉じた。パパの長い足が僕の2本の足の間に割って入り、僕たちの胸が強くぶつかり合った。
無防備な舌を何度も強く吸われ、口の中を隅々まで舐めつくされると、すぐに下半身が熱くなった。
瞼の向こうに夕日を感じる事はできなかった。パパの体が夕方の光を全部遮っていたからだ。
僕は彼の頭を引き寄せた。口の中で交じり合った2人の唾液が、顎を伝って首筋に流れ落ちていった。
激しいキスが済んだ時、僕はすごく興奮していた。自然にゆっくりと瞼が開くと、例のあの目が僕を見下ろしている事に気付いた。
長い前髪の向こうから覗く冷徹な目。その目がすぐそばに見えた時、背中がゾクッとして一瞬冷や汗をかいた。
もうウォーターベッドの弾力に酔っている余裕などなかった。パパの手が僕の髪を引っ張ると、その痛みに思わず顔をしかめた。
「あの子は、いい匂いがするね」
やけに冷静な口調でそう言われた時、今度は体中に寒気が走った。
忘れかけていた記憶の1ページが突然頭に蘇り、心臓の動きが急に激しくなった。
若葉の笑顔に包まれたら、僕も純粋な心を持てるような気がした。裸になって彼と抱き合えば、心も体も綺麗になれるような気がした。
若葉と初めて接点を持った日、僕はそんな思いを胸に抱いた。
その思いは若葉に対する憧れの情であって、本気で彼と抱き合うつもりなどなかった。
でも僕はたしかにそんな思いを胸に抱き、若葉の香りを家へ持ち帰った。
パパはどんな小さな裏切りも許さないのだ。肉体的な裏切りも、精神的な裏切りも、決して許しはしないのだ。
若葉との余韻を持ち帰る事も許さない。若葉の残り香を持ち帰る事も許さない。
それが僕たちの邪魔をするものならば、ここに存在する事さえ許さない。それが彼の愛し方なのだ。
冷徹な目が僕を見つめると、まったく身動きができなくなった。
頭に銃を突きつけられているような感覚に陥り、後頭部がズキズキと痛んだ。
僕はパパの迫力に圧倒され、もう何も話す事ができなくなってしまった。
彼は僕たちを覆う布団を邪魔くさそうに蹴って床に落とし、前戯もなしで硬い肉片を僕の体へ押し込んだ。
パパは腰を激しく動かして僕の体の奥を何度も突いた。腰に強い痛みを覚えると、目を閉じて奥歯をきつく噛み締めた。
ベッドがガタガタと揺れ、寝室の空気が突然張り詰めた。
僕はすごく興奮して、すぐに訪れる絶頂の時を待った。
いつもは行為に夢中であまり話したりしないのに、パパはすごく饒舌だった。
彼は硬い肉片を使って何度も僕を攻撃し、同時に激しい口調で思いのたけをぶちまけた。
「日に日に綺麗になっていく君を見ていると、不安で不安でたまらなかった。
君を誰にも渡したくない。髪の毛1本さえ他の人には渡したくない。
もしも君が裏切ったら、俺は何を仕出かすか分からない。君を柱に縛り付けて、一生外へ出さなくなるかもしれない。
でも、絶対に殺しはしないよ。君が死んでしまったら、俺はもう生きていけなくなるから…」
「あぁ…っ!」
危険な愛の囁きが、僕をますます興奮させた。
強く体の奥を突かれて腰に痛みを感じていたのに、僕の興奮は高まるばかりだった。
見えない鎖に繋がれて、いつもパパに縛られていたかった。
1日に何度も体を重ね、この身を滅ぼしてしまいたかった。
突然喉に苦しみを覚えて両目を見開くと、僕を観察する冷たい目がすぐそばに見えた。
彼が腰を振るたびにベッドがガタガタと揺れ、そのリズムに合わせてパパの前髪も一緒に揺れていた。
彼の両手は僕の首を強く締め付けていた。10本の細い指の感触が、首筋にはっきりと伝わった。
血液の流れがそこで止まり、全身が痺れて徐々に体の感覚が失われていった。
息ができなくて、あまりにも苦しくて、だんだん意識が朦朧としてきた。
僕は首に巻きつく彼の手をなんとか払い除けようとした。だけど手も足も思うように動かなくて、結局何もできなかった。
僕は一瞬死を意識した。でもその瞬間に初めて味わう快感が頭の先から爪先にまで一気に広がった。
絶頂を迎えた瞬間の、頭が真っ白になるような快感。それがいつまでもいつまでも続いた。
腰の痛みはもうなくなり、彼の肉片が僕の中を出入りするたびにその快感が倍になった。
「心配するな。君を殺したりはしない。こうすると気持ちいいだろ?もっともっと楽しませてあげるよ」
パパは冷たい目で僕を見下ろし、首に巻きつく両手に更に力を込めた。
するともうベッドの揺れを感じなくなり、パパの声も聞こえなくなった。もちろん喉の痛みもどこかへ飛んでいってしまった。
気持ちよかった。すごく気持ちよかった。このまま死んでも構わないと思うほどに気持ちがよかった。
しっかりと目を開けているはずなのに、パパの姿も夕日の色も何もかも見えなくなってしまった。
セックスの途中で気を失ったのは、もちろんその時が初めてだった。