5.
パパはいつも夜の8時頃まで僕と2人で過ごした。
一緒に夕食を食べて、少しの間テレビを見て、時々僕と談笑して。
でも彼はいつも午後8時を過ぎると仕事部屋にこもって原稿を書く事に没頭してしまうのだった。
パパは売れない小説家だったけど、それでもコンスタントに仕事が舞い込んでくるようだった。
その頃から彼はいつも締め切りに追われていた。
ママが仕事から戻るまでの夜の数時間が、パパにとって1番仕事に集中しやすい時間帯だったようだ。
お風呂に入ってからパジャマに着替えてそろそろ寝ようという時、僕は毎晩廊下からパパの仕事部屋をそっと覗いた。
彼は部屋のドアをいつも開けていたから、そこへ近づくとカチャカチャとパソコンのキーボードを打つ音が聞こえてきた。
パパは部屋が明るいと集中できないようで、夜でも電気を点けて仕事をするような事はなかった。
暗い部屋を照らすのはパソコンのブラウザが放つ光だけだった。そして彼の背中を照らすのは廊下の薄明かりだけだった。
ぼんやりと僕の目に映る彼の背中はとても華奢に見えた。
パパは毎晩暗い部屋にこもって机に向かい、白く光るブラウザの中に物語を綴っていたのだった。
僕はいつも彼に声を掛けずに廊下を立ち去った。
僕の部屋はパパの仕事部屋からは1番遠い場所にあった。リビングの奥に位置するその部屋は日当たりが良くてわりと広かった。
ドアを入ってすぐ左側には小学生の頃から使っている学習机が置いてあった。
机に備え付けられている本棚には一応参考書が詰まっていたけど、勉強嫌いな僕は滅多に机に向かう事がなかった。
そのせいか、机の上や本棚には薄っすらと埃が積もっていた。
自分の部屋へ戻った時の僕の居場所はベッドの上と決まっていた。
引っ越した時に買い換えたベッドはすごく大きくて、何度寝返りを打っても床に転げ落ちるような事はなさそうだった。
ベッドは部屋の1番奥に置かれていて、枕に頭を乗せるとちょうど正面にテレビがあった。
僕は毎晩ベッドに横になると枕の下からリモコンを取り出して必ずテレビを点けた。
その時すでに部屋の明かりは消しているから、パパにとってのブラウザの光が僕にとってはテレビの光だった。
ベッドに寝そべってテレビを点けると、僕はいつも決まったチャンネルを入れてちょっとエッチなドラマを見た。
午後11時40分から20分間だけ放送されるそのドラマは、安っぽいアダルトビデオに近い内容だった。
毎回裸の女が画面に登場し、男と抱き合って性的な行為を行う。
そこに至るまでのストーリーは一応ちゃんとしているけど、それはほとんど陳腐なものばかりだった。
僕は毎晩その番組を見ながらマスターベーションをするのが日課になっていた。
そしてそれはパパと一緒に暮らすようになってからもずっと続いていた。
テレビの音量を低くして、布団の下でパジャマのズボンを下ろし、徐々に熱くなってくるものに指を這わせるといつでもすごくいい気持ちになれた。
裸の女が胸を揺らし、大男が彼女の上になって腰を振る。
2人の重なり合うベッドがテレビの中で揺れ始めると、僕のベッドも同じように揺れた。
僕はいつも男が腰を振るのと同じリズムで右手の指を動かした。
やがて性的快感が体中に伝わっていき、いつの間にか右手の指がしっとりと濡れ始める。
溢れる快感に耐え切れなくなると、僕は何度も体をよじった。
でも僕はその安っぽいドラマを最後まで見た記憶が一度もない。
いつも途中で目を閉じて、慌てて取り出したティッシュに勢いよく性欲を吐き出してしまうからだ。
その後僕が目を開ける事はほとんどなかった。使用済みのティッシュを枕の下へ押し込んだ後、いつもすぐに眠ってしまうからだ。
点けっぱなしのテレビは翌朝目覚めた時にはちゃんと電源が切られていた。
この流れはずっと前から変わっていなかったので、僕がその事について深く考えるような事は一度もなかった。