12.

 圭太と別れたのが12月でよかった。
12月は仕事が大忙しで、その後は余計な事を考える暇がまったくなかったからだ。
クリスマスが近づくと、家電量販店には客が溢れた。それらは皆、家族や子供へのクリスマスプレゼントを求める人たちだった。
入社1年目の俺にとって、この年末の忙しさは初めての経験だった。ゲームソフトの売り場と共に、俺が担当するパソコン売り場はこの時期 特に忙しくなるという事が改めて分かり、この時期にいくら売り上げるかで翌年の夏のボーナスの金額が決まるという事も よく分かった。
俺は毎日毎日商品を売る事に没頭していた。それは、圭太と出会った事の遺産でもあった。 俺は少し前まで彼と会うために…彼を買うために必死に働いて少しでも給料を増やそうと努力していた。 そのせいでセールストークも上達したし、だんだん仕事もおもしろくなってきた。
彼と出会ったきっかけは求人情報を求めていた俺が偶然あの違法サイトを見つけた事だったのに…人生は何が功を奏するか分からない。

 今日も仕事を終えてアパートへ辿り着いたのは午後10時過ぎだった。
真っ暗な部屋へ帰って、メシも食わず、とにかく疲れきった体を休めるためにベッドへ寝転がる。 そして暗闇の中で寝転がりながら役立たずのネクタイをやっと緩める。俺のこの行動は、相変わらずだった。
とにかく毎日毎日仕事が忙しく、俺は連日クタクタになっていた。
余計な事を考えなくて済むのはいいが、余計な事をする時間もまったく取れない。
再就職が決まった裕也と会ってお祝いもしてあげたいし、真知子のおいしい料理を食べたい。 埃だらけの部屋に掃除機もかけたいし、たまっている洗濯物も片付けたい。
それなのに…最近の俺は本当に家と職場の往復だけだった。せめて裕也に電話をして新しい仕事がどんなふうか聞いてあげたいと 思うのに…着ている物をすべて床の上へ投げ出すと、もう目がショボショボしてきた。
ふとんが恋しい。
俺はパンツ1枚の姿になってすぐにふとんへ包まった。すると体が徐々に温まり…あっという間に意識が朦朧としてきた。

 あと1秒で眠ってしまう。
真っ暗な部屋の中に携帯の着信音が響いたのは、その時だった。
着信音は、今日からクリスマスソングに変えてあった。俺は妙に明るいそのメロディーを半分聞き流しながら、もう電話は取らずに 眠ってしまおうかと思った。でもやっぱり気になるため、ベッドの上をモゾモゾと転がって床の上に投げ出した携帯を拾い上げ、 半分眠りながらも電話を繋いだ。
「もしもし」
「和ちゃん?もう寝てた?」
電話の向こうから聞こえてきたのは、真知子の声だった。彼女の周囲はザワザワしていた。 そういえば、彼女は仕事関係の宴会がたくさんあって12月は予定が詰まっているといつか話していた。
「いや、起きてたよ」
俺は再びふとんに包まって目を閉じながらできるだけ元気そうに返事をした。でも真知子は、思った以上に 俺の事をよく分かってくれていた。
「仕事、忙しいんでしょう?疲れてない?」
「平気だよ。真知子の声が聞けたから」
俺はその時、すごく充実した日々を送っていた。少なくとも自分ではそう思っていた。
以前は辞めてしまいたいと思っていた仕事が楽しくなり、なんでも話せる親友を取り戻し、真知子はいつも優しくしてくれる。 これ以上を望んだらバチが当たる。俺はその時本気でそう思っていた。
「ねぇ、ちゃんとご飯食べてる?お掃除やお洗濯はちゃんとしてる?」
「忙しくて…なんにもしてない」
「やっぱりそうなの?」
「うん」
「今度、私がお掃除しに行ってあげる」
「ありがとう」
「クリスマスイブの日…会える?」
俺は真知子が愛しかった。彼女はいつも優しくて、俺だけを愛してくれたからだ。
俺は、自分の正常な暮らしを取り戻してほっとしていた。 大事な親友がいて、かわいい彼女がいて、無駄遣いはせずにちゃんと貯金もして。
これが、俺の普段の暮らしだったはずだ。

 いつか圭太が言っていた。俺は男の子と遊ぶような人じゃない…と。
それは、本当にその通りだった。
裕也は親友だし、もちろん彼を大好きだけど、彼とセックスをするなんてとんでもない。 俺たちはそんな関係じゃなかったし、これからもずっと2人の関係は変わらない。
俺はあの頃、何を血迷っていたんだろう。どうしてこんな簡単な事が分からなかったんだろう。
仕事に行き詰って…その事を相談できる友達がそばにいなくて、あの頃の俺は恋人を追い求めるように裕也を欲していた。 裕也はそのぐらいいい奴で、そのぐらい大事な人だった。
でも今の俺は…こうして自分を心配してくれる真知子を本当に愛しいと思う。
できれば毎朝、彼女の声で目を覚ましたいとさえ思う。
「真知子…一緒に暮らさないか?」
「え?何?」
俺は彼女の返事を聞く前に眠ってしまい…翌朝携帯を握り締めたまま目を覚ました。

 俺が目を覚ました時、部屋の中に入り込む日差しはまだとても穏やかだった。
疲れているんだからもっとゆっくり眠ればいいのに…その時はまだ朝の早い時間だと思われた。
俺は決して寝相が悪い方ではないのに、その朝は枕から頭がずり落ち、それどころかいつも足があるはずの場所に 頭を置いている状態で目が覚めた。
俺は携帯を握り締める手に汗をかいていた。そして、心臓が張り裂けそうなほど激しく脈打っていた。
久しぶりに味わうこの違和感。
俺は、まさか…と思いつつ携帯を放り出し、右手の指をパンツの中へ忍ばせてみた。
すると、俺の指にベトベトした物が大量に触れた。何かおかしい…と思ってシーツの上をまさぐると、そのベトつく生温かい物が シーツの上にまで零れ落ちている事が分かった。
俺は頭からふとんをかぶって、ついさっきまで見ていた夢の事を思い出した。
俺は夢の中で圭太の上になり、額に汗を浮かべながら快感に耐える彼の顔を見下ろしていた。
耳の奥には、俺の名を呼ぶ彼の声がまだ残っている。
俺は彼の上になって腰を振りながら、右手の指で彼の硬い物を愛撫していた。
そして彼の先端から少しずつ体液が噴き出し…俺は彼の最後の瞬間を決して見逃すまいとしていた。
圭太はますます汗をかき、彼の黒い前髪が額に貼り付いていた。
彼は何度も俺の名を叫び、そしてその声はどんどんヒートアップしていった。それでも圭太はまだ射精するのを我慢していた。
やがて彼は薄目を開けて俺を見上げ、軽く微笑んで 和希が好き…と小さく言った。
その瞬間、俺の中から熱い物が溢れ出した。そしてそれは…圭太の皮膚を伝ってシーツの上に大量に零れ落ちた。
軽く微笑む彼がそっと目を閉じると、今度は彼の中から熱い物がドクドクと溢れ出した。
圭太は気持ちよさそうに体の力を抜いた。そしてもう一度 和希が好き…と小さくつぶやいた。