13.
今日はクリスマスイブ。夜になると、空から雪が舞い落ちてきた。
今年はホワイトクリスマスになりそうだ。俺はそう思いながら、真知子が待つホテルのレストランへと急いでいた。
雪が降ったせいか、今夜はすごく寒い。これから真知子とおいしい料理を食べ、その後は…この冷え切った体を彼女に
温めてもらおう。
クリスマスイブ。夜の街は全体的に浮かれていた。
ショーウインドゥにはクリスマスツリーが飾られ、赤や黄色の電飾が光っている。
そして俺の前を行くのは、肩を寄せ合って歩く男女の姿ばかりだ。
俺の目には、その人たちが皆幸せそうに見えた。
首に巻くのはお揃いのマフラー。右手に抱えているのは愛する人へのプレゼント。
彼らが手袋をはめていないのは、そんな物がなくたってその手を包んでくれる人がすぐそばにいるからだ。
俺だって、あと5分も歩けばその人のそばへ行ける。真知子はきっと、冷たい俺の手に息を吹きかけてくれるに違いない。
なのに…俺はなんとなく悲しかった。でも自分が今どうして悲しいのかは、あえて考えないように努力していた。
9月にオープンしたばかりのホテル。その最上階にあるレストランはとても人気があり、半年先まで予約がいっぱいだという。
なのに真知子は今夜ここで食事をしようと俺に言った。午後7時に予約を入れたから、なるべく早く来てね…と、そう言った。
彼女はきっと、随分前からそのレストランへ予約を入れていたんだろう。
だけど彼女は何も言わなかった。何ヶ月も前から俺と一緒にイブを過ごす事を計画し、苦労してレストランの予約を取ったに
違いないのに、真知子はそんな事を何一つ口にしなかった。
チラチラと風に舞う雪の下で、俺は思う。
真知子を愛していきたい。ずっと彼女だけを見つめ、彼女だけを愛していきたい。
俺はきっと、もう二度と彼女のような人にはめぐり会えないだろう。
俺が忙しくて構ってやれなくても、彼女は文句一つ言わない。いつも気の利かない俺に呆れる事も腹を立てる事もせず、
ちゃんと自分で物事を考え…俺の手をわずらわせるような事は絶対にしない。
綺麗で優しくてしっかりしていて、俺だけを愛してくれる真知子。俺は彼女をずっと、愛していきたい…
夜景が綺麗な22階のフレンチレストランは、やはり満席だった。
その空間は明かりが落とされ、そして静かで、彼女とクリスマスを過ごすには申し分のない場所だった。
白いテーブルクロスの上に並ぶ銀食器に少し緊張しながらも、店内に流れるピアノ演奏が心地よく耳に響く。
テーブルの上は淡いろうそくの火で照らされ、そのオレンジ色の光が真知子の笑顔を俺に届けてくれた。
彼女はいつも下ろしている髪を頭の上で1つに束ね、赤いベルベットのワンピースを着ていた。
彼女はきっと、この日のためにわざわざ洋服を買ったに違いない。
「真知子、綺麗だよ」
俺が心からそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
彼女の唇が、今日はいつもより赤い。そしてその唇を奪う事ができるのは俺だけしかいない。
「外は寒かったでしょう?」
予想通り、彼女はまず俺の事を心配してくれた。
外は寒くなかったか。風邪はひかなかったか。仕事は忙しくなかったか。嫌な事はなかったか。
彼女はそんな事ばかりを俺に尋ね、俺がすべてに首を振るとほっと安心した顔を見せた。
なのに、俺は何も気の利いた事を言ってやれない。せめて好きだよ、と言ってあげればいいのに…なんとなく恥ずかしくて、
それすら言えやしない。
真知子と食べる料理は、どれもおいしかった。
彼女は料理を一口食べるたびに幸せそうな顔をしておいしい、と言い…その顔を見ていると俺もだんだん幸せな気分になってきた。
余計な事は考えずに真知子だけを見つめ、真知子だけを愛していれば、俺はきっと本当に幸せになれる。
俺はろうそくの揺れる炎に照らされる彼女の笑顔を見つめ、本気でそんな事を考えていた。
「和ちゃん…今夜、ずっと一緒にいてくれる?」
真知子が緊張気味にそう言ったのは、デザートの苺のケーキがテーブルに運ばれた後の事だった。
俺はその問いかけにすぐ頷いた。彼女とはしばらく忙しくて会えなかったから、今夜ぐらいはずっと一緒にいてやりたいと
最初から思っていたんだ。
「真知子…俺の部屋へ来る?」
俺がそう提案すると、彼女もすぐに頷いた。俺は本気で彼女を愛していこうと心に決め、ポケットの中には
彼女へ渡す指輪を忍ばせていた。
俺はもう余計な事を考えたくなくて、そして何かを忘れたくて…アパートへ着くなり明かりも点けずにすぐ真知子を抱いた。
いつも1人きりだったベッドへ彼女を押し倒し、ベルベットの感触を指でたしかめながら背中のファスナーを下ろし、
綺麗にまとまっていた彼女の髪がシーツの上にパッと広がる瞬間を楽しんだ。
彼女は、すごくいい匂いがした。豊満な胸に顔を埋めると安心したし、彼女にキスを求められると少し嬉しかった。
彼女とキスを交わしながら右手を下の方へ持っていき、指の先に彼女の体液が絡みついた時はすごく興奮した。
もうその時、俺の体は十分な反応を示していた。もう早くいい気持ちになって、面倒な事はすべて忘れてしまいたい。
俺にしがみつく彼女の上に乗り、腰を動かしながらじっと真知子の顔を見下ろす。
彼女の唇から零れ落ちる甘い吐息がますます俺を興奮させた。そしてしばらくすると彼女の中から大量の温かい体液が溢れ出し、
そのうち彼女の細い体が痙攣を始めた。
俺はきつく目を閉じて声を上げる彼女を見つめ、真知子が天国へいく瞬間を見逃すまいとしていた。
彼女の乱れた髪がシーツの上で揺れていた。そして髪の揺れと共に彼女が何度も何度も声を上げた。
「あぁ…和ちゃん…」
彼女はいく寸前に薄目を開け、暗闇の中で俺を見上げた。
すると次の瞬間、ベッドのガタガタ揺れる音と真知子の透き通る声が重なった。
「和ちゃんが…好き」
真知子は陶酔しきった顔でそう言った。
その時、一瞬彼女の顔が圭太の顔に見えた。夢の中で彼が俺に言った事が真知子の言った言葉とそのまま重なり、
まるで自分が今圭太を抱いているかのような錯覚に陥った。
真知子の匂いが圭太の匂いに変わり、右手で触れる胸が圭太の胸に変わった。
その瞬間、体中に耐えがたい快感が襲ってきた。そしてそれを示す熱い物が俺の中から溢れ出し、頭の中が真っ白になった。
その時俺は、とても幸せだった。圭太を抱くのは久しぶりで…すごく嬉しかった。