14.

 久しぶりに裕也と会ったのは、年が明けて10日が過ぎた頃だった。
俺たちは繁華街で待ち合わせをし、昔と同じように街をブラブラし、気まぐれに本屋へ立ち寄り、冗談を言い合った。
2人きりの穏やかな時間は、俺にとって宝物だった。突然この宝物を失った後の自分は…俺自身でさえうまくコントロールができず、 そのひずみが今大きな問題として俺にのしかかってきていた。
俺はずっと裕也に会いたかった。会って話したい事がいっぱいあった。 でも…高校生の時と違って、社会人になった今は会える時が限られてしまう。
俺はもう自分の思いを1人で抱えきれず、自分が今どうするべきなのか分からなかった。そしてその答えを、裕也に求めていた。

 俺たちはその夜、2人きりで酒を飲みに行った。
彼と酒を飲むのは卒業式の日以来だった。俺たちは静かなバーのカウンターに並んで座り、あの時の事を反省して 今日はあまり飲み過ぎないようにしようと約束を交わした。
カウンターの向こうには、夜の景色が広がっていた。平日だったせいか繁華街に人は多くなかった。ただ右から左へ流れていく タクシーの姿がいっぱい見えて、輝くネオンが走り行く白いタクシーの屋根を照らしていた。
「あんまり飲み過ぎないようにしようね」
「うん。乾杯」
俺たちは薄い水割りの入ったグラスをカチンと合わせ、なんとなく笑顔になった。
裕也はグラスが半分空くともう顔が赤くなった。でもそれは俺も同じだった。
「裕也が帰ってきてくれて、嬉しいよ」
俺は彼の横顔を見つめながら正直な気持ちを打ち明けた。真知子の前では素直になれない俺が、裕也の前ではこんなに率直に 話をする事ができる。それは相性なのか、2人の歴史の長さによるものなのか、俺にはまだよく分からなかった。
「本当はね…向こうから何度も電話しようと思ったんだ」
裕也は体が温まってきたようで、白いセーターの袖を1つ折りながら小さくそう言った。
俺は、実はその事が少し引っかかっていた。彼が姿を消した後、どうして俺に電話をくれなかったのか。その理由をいつか 聞いてみたいと思っていた。
「和希に電話できなかったのは…嫌われるのが怖かったからかな」
裕也はグラスを振ってカランカランと氷の音をたてながら俯き加減でそう言った。
でも俺には彼の言っている事がよく分からなかった。自分とこんなに分かり合える人は彼しかいないのに、どうして俺が 彼を嫌いになるというのか。
「僕は…逃げたんだ。会社に適応できなくて、すぐに辞めちゃって。その事は親にも言えなかったし、和希にも言えないと思った。 自分がすごくだめな人間になったような気がして…なんだかすごく恥ずかしくて…」
「どうしてだよ。俺は相談してほしかったよ」
俺はそう言って、グラスの中の水割りを飲み干した。大人がどうして酒を飲むのか、その時初めて分かったような気がした。
「和希、ペースが早いよ」
裕也はそう言ったけど、俺はすぐに2杯目をオーダーした。すると裕也はもう俺を止めず、すぐに自分も水割りを飲み干してしまった。
「裕也がいない間、いろんな事があった。でも相談したくても裕也がどこにいるか分からなかったし…すごく、つらかったよ」
その時は店の中が暗かったから、そんなセリフを口にする事ができたのかもしれない。
裕也がいなくなった事で俺には本当に様々な事が起こった。
彼を好きになったと勘違いし、淋しさを紛らわすために彼の面影に似た真知子と付き合い始め…そして、圭太と出会った。

 店内に響くざわめきがとても心地よかった。俺たちは誰にも邪魔されず、2人だけの時間を持つ事ができた。
酒が進むと裕也は少しお喋りになり、高校の時の思い出話を始めたりした。たくさんの思い出は、やはり俺の宝物だった。 裕也と俺だけの思い出をいっぱい抱えている事が、俺の誇りだった。
「自習時間に教室を抜け出して、ラーメン食べに行ったの覚えてる?」
「覚えてる。すごくおいしかったよ」
「でもさ、途中で先生がラーメン屋に来たんだよね」
「そうだった。数学の若い先生だろう?あいつ、空き時間にラーメン食べに来たんだよな」
「でも、先生がおごってくれたんだよね」
「うん。おごってくれるならチャーシューメンを食べればよかったよな」
「そうだねぇ…」
いっぱいいっぱい思い出話があって、俺たちの会話はいつまでも続いた。 半年離れていた時間を取り戻すかのように、俺も裕也もずっとずっと話し続けた。
それは、俺が追い求めた穏やかな時間だった。これからは何があっても裕也が相談に乗ってくれるし、きっと彼もそうしてくれる。 それがはっきりした時、最初に俺の頭に浮かんだのは圭太の事だった。
俺はもう…彼の事を1人で抱えきれなくなっていた。
俺は彼を傷つけた事で自分も傷つき、それ以来圭太の事を忘れるために生きてきた。 毎日毎日仕事に没頭し、圭太の事を考えないようにひたすら努力し、彼との思い出を全部黒く塗りつぶそうとしていた。 そしてそのために真知子を愛していこうと決めていた。
でも、俺は気付いたんだ。
圭太の事を考えないように…とずっと思っている事は、圭太の事をずっと考えているのと同じ事だった。
真知子を愛する努力をするという事は、努力しなければ彼女を愛せないという事だった。
俺はもう、そういうすべての事を裕也に打ち明けて楽になりたいと思った。 でもそう思った瞬間、裕也が半年間俺に電話できなかった理由が分かったような気がした。
彼と離れていた半年の間に起こった俺の心の変化を全部話したら…彼は俺を軽蔑するだろうか。
好きでもない女と付き合い、まだあどけない少年を金で買い、彼と会うための金を捻出するためだけに働き、 そして…その彼を忘れられず、それでいて真知子を抱いた俺。どうしようもなく最低な…俺。
本当はもう心が爆発しそうで、全部彼に思いをぶちまけたかった。俺がそうできる相手は裕也以外にいないんだから。
でも…また裕也を失い、同時に自分を見失う事がすごく怖かった。
俺は結局、肝心な事は何も話せなかった。
裕也にさえ話せない秘密を抱えて生きる事は、俺にとって耐えがたい苦痛だった。