2.

 布団に潜って目を閉じると、いつも裕也の事を考える。
俺と裕也は同じ高校の同級生だった。
あの頃の俺たちは多分どこにでもいる高校生で、俺たちの関係はごく普通の友達同士だった。
裕也は細身で、おっとりした感じの人だった。 彼の顔の一部である細いフレームのメガネがより一層おっとりした印象をかもし出していたのかもしれない。
裕也とは高校2年の時に同じクラスになってからずっと仲良くしていた。 俺たちは妙にウマが合ったんだ。彼とは何も言わなくても心が通じ合えた。 腹が減るタイミングや笑うタイミングはいつも2人一緒だった。
彼と一緒にいるとすごく楽で心地よくて…でもその空気に慣れ切っていたあの頃の俺は彼と 2人でいる時間のありがたさを意識する事ができなかった。

 あれはたしか高校3年の秋頃だった。
俺が見たいと思っていた映画を裕也も見たいと言って、2人で映画館へ行った日の事が昨日の事のように 思い出される。
放課後。学校を出てから真っ直ぐに映画館へ行って1番後ろの席に2人並んで座った時 もうすでに 館内は暗くなっていて、大きなスクリーンに新作映画のプロモーションが流れていた。
あれはたしか戦争映画か何かのプロモーションで、その時館内には激しい爆撃音が響いていた。
俺たちは売店で買ってきた缶ジュースをそれぞれ前方のドリンクホルダーに差し込み、 ポップコーンの入った巨大な箱はちょうど2人の席の間にあるそれ用のホルダーに納めた。
あの日見た映画の題名も、内容も、今では全然思い出せない。 そんな俺がいつも思い出すのは、裕也と手が触れた時の記憶だった。

 映画の本編が始まると俺たちは食い入るようにスクリーンを見つめて、題名も忘れてしまった 映画の世界にのめり込んでいった。
館内はとても暑くて乾燥していた。
俺が初めてドリンクホルダーに手を伸ばしたのは、上映開始から 30分が過ぎて、オープニングの重要なシーンが終わった時の事だ。
館内は真っ暗だったけど、その時裕也も俺と同じようにドリンクホルダーに手を伸ばし、冷えた ジュースを飲んで喉を潤しているのが分かった。
更に10分くらい経過した時。 俺はスクリーンから目を離さずに左手をポップコーンの箱の方へ伸ばした。 ちょっと口寂しくて、ポップコーンを食べたい気分だったからだ。
そしてやっと左手の指が箱に辿り着き、ポップコーンを一掴みしようとした時、最初に俺の手に触れたのは 裕也の手だった。 その時、彼も俺と同じように箱の中のポップコーンを掴み取ろうとしていたんだ。
2人の手が触れ合った瞬間、裕也はさっと手を引いた。そして俺は反射的に彼の顔を見た。
その時真っ暗闇のシーンばかりだったスクリーンが急に明るくなり、その白い光が彼の顔を はっきりと照らし出した。
彼はちらっと俺の方を見て、ぎこちなく微笑んだ。 一瞬彼の口許が緩んだから、俺はそう思ったんだ。
でも彼のメガネに白い光が当たって反射していたから、その時彼の目が笑っていたかどうかは よく分からなかった。