7.
彼は部屋へ入ってもただ俯いて重厚なドアの前に立っていた。
黒いハーフコートの袖口から覗くのは、ぎゅっと握り締めた小さな拳だった。
「そんな所へ立ってないで…あっちへ行って座ろう」
俺はできるだけ優しく、明るく彼に声をかけた。
その時は、俺も彼に負けないぐらい緊張していた。だけど…彼を見ているとどうしても俺がしっかりしなくちゃいけないと
いう気持ちになった。それほどに…彼は幼すぎたんだ。
「あの…前金で3万円、お願いします」
彼は俺を見上げ、搾り出すような声でそう言った。目にかかる前髪が邪魔なようで、その黒い髪を右手でかき上げながら。
俺はジャケットのポケットからあらかじめ用意してあった金を出して彼に渡した。
それを受け取る彼の手はとても小さくて、そして…その手は少し震えていた。
「怖い?」
自分でも意識しないうちに、そんな言葉が口をついて出た。
彼は右手に1万円札を3枚握り締めたまま、頬を染めて俯いた。
「僕、今日が初めてなんです」
裕也に似たその声は、やはり少し震えていた。メガネの奥に見える目は、もう泣き出しそうなほど不安げだった。
「でも…お客さんが優しそうな人で…安心しました」
彼が顔を引きつらせてそう言った時、俺は思わず震える彼を抱きしめていた。
裕也と向き合った時は顔の位置がほとんど同じ高さにあったのに、彼を抱きしめた時、その小さな顔は
俺の胸のあたりにあった。
「ウソ言わなくてもいいよ」
小さくそう言うと、彼は少し戸惑った様子を見せながらも俺に身を任せていた。
彼の温もりを両手で受け止めると、もう今までの迷いなんか全部どこかへ吹き飛んでしまった。
「先にシャワーを浴びてもいいですか?」
そう言う彼の声は、まだ微かに震えていた。でも俺の背中に回した両手はとても力強かった。
「それより…キスして」
その日の俺は、いつもの俺ではなかった。いつもの俺なら、裕也にこんな事を言ったりなんかしない。
でももしかして、今日の俺が本物の俺なのかもしれない。
俺は偽りのない言葉で、正直に、素直に自分を表現していた。
彼は俺の肩に手を伸ばして少し背伸びをし、俺の唇に自分の唇を重ねた。
でも彼はキスがヘタクソで…フレームの細いメガネが俺の鼻に当たってカチ、と小さく音がした。
部屋の明かりは薄めのオレンジ色で、その時彼の黒い髪はその光のせいで少し茶色がかって見えた。
「あ…ごめんなさい」
彼はずれてしまったメガネの位置を指で直しながら怯えたような目をしてそう言った。
俺はもう…本当にそれだけで満足していた。
俺たちはその後ソファーへ座り、ガラスの向こうの星に見守られながら少し話をした。
不思議な事に、俺は裕也にそっくりな彼を目の前にしても彼を抱きたいとは思わなかった。
あれほど裕也を思い続け、彼を抱きたいと望んだはずなのに…本当に、そんな気になれなかった。
とりあえず何をするでもなくソファーに座ってみたものの、俺たちはなんとなく手持ち無沙汰だった。
俺は冷蔵庫の中身が全部フリーだった事を思い出し、とりあえず何か飲もうと彼に言った。
「何を飲む?」
「じゃあ…コーラ」
俺の目を見ず、俯いたまま遠慮がちにそういう彼は、本当に普通の少年だった。
俺は酒を要求しない彼がすごく気に入った。
「名前を聞いてもいい?」
俺はソファーに腰かけてコーラの入ったグラスを彼に手渡しながら、まずは自己紹介を求めた。
でももちろん、彼が本当の名前や年齢を言う事など期待してはいなかった。
「圭太です」
小さな両手でグラスを受け取りながら、彼がそう言った。
部屋の中はとても静かで、コーラの炭酸がはじけるシュワシュワという音があたりに響いていた。
彼は俺と同じソファーに座っていたけど、俺とは微妙に距離を置いていた。
その時多分俺たちは、1メートルぐらい離れて座っていた。
「圭太くんは…どうしてこういう事をしてるの?」
「あ…」
俯く彼の顔を覗き込みながらそう聞くと、彼はちょっと口ごもってしまった。
俺は悪い事を聞いたかなと少し反省した。
ちらっと見つめた遠くの星が一瞬キラリと輝き、その光はなんだか俺を責めているような気がした。
「答えなくてもいいよ。変な事を聞いてごめん。それより…敬語なんかいらないよ。俺の事は…和希って呼んで」
俺は彼には偽名を使わなかった。使えなかったんだ。
どうしても、どうしても裕也と同じ声で『和希』と呼んでほしかったから…
俺は彼にそう言ったが、彼はなかなか敬語をやめられないようだった。
でも俺は…彼のそういうところが好きだった。
「僕、昔から男の子が好きだったんです」
答えなくてもいいと言ったのに、圭太はなんでも包み隠さず話してくれた。俯きながら、遠慮がちに。
「でも僕みたいに冴えない奴は、あまりそういうチャンスがないから…」
「自分の事、そんなふうに言うなよ」
彼の顔や声は、まるっきり裕也そのものだった。でも裕也と彼が明らかに違っているのは、彼があまりにも自分に自信が
持てないでいるところだった。俺は彼に会ってまだ間もないけど、彼の様子を見ていればそんな事はすぐに分かった。
そして俺はその事に対して軽い苛立ちを覚えた。裕也にはいつも自信を持っていてもらいたいし、
いつも元気でいてもらいたい。
「お客さんは、どうして僕を選んだんですか?他にもっと綺麗な子はいっぱいいるのに」
「そんな事ないよ。君が1番綺麗だったよ」
その時、俯いてばかりいた彼がやっと真っ直ぐに俺を見つめてくれた。裕也と同じ目をして。淡いオレンジ色の光の下で。
「お客さん…ストレートだよね?」
「ん?」
彼は時々俺をドキッとさせた。その質問は、今まで生きてきて一度も聞かれた事のない質問だった。
「僕、だいたい分かります。お客さんは男の子と遊ぶような人じゃない。もしかして…彼女とかいますか?」
彼はひどくカンがよかった。俺は彼の意外な鋭さに、心臓がバクバクいっていた。
最初の頃、彼は下を向いて床に敷かれたカーペットばかりを見つめていた。彼は恐らく、裕也の何倍もシャイだった。
彼は俺の動揺を見抜き、また俯いて、蚊の鳴くような声でこう言った。
「ごめんなさい。余計な事言って…」
「…謝ってばかりだな」
「ごめんなさい」
「ほら、また」
俺がそう言って笑うと、彼がやっと顔を上げて笑顔を見せてくれた。メガネの奥の目ははっきりと微笑んでいて、
その笑顔は裕也と同じ笑顔だった。
だけど、彼が笑顔を見せたのは一瞬だけだった。
圭太は両手で持ったグラスにほとんど口をつけないまま自分の仕事に従事しようとしていた。
「僕を…抱かないんですか?」
それを言う時、彼はやはり俯いていた。俺は彼にそう言われて、思わず口ごもってしまった。
談笑している場合じゃない。彼は今、きっとそう思っている。時間は刻々と過ぎていくんだから。
彼を呼ぶという事は、そういう事なんだ。
俺に彼を抱く義務はないけど…彼は俺に抱かれる義務があるという事なんだ。
その事を意識すると、急に体が熱くなってきた。部屋の中はちょうどいい気温に保たれていたのに、本当に突然体中が熱くなった。
ベッドの上の裕也はどんなふうだろう。
裕也にそっくりなこの少年は…ベッドの上でどんなふうに振る舞うんだろう…
彼はすぐ手の届くところにいた。ちょっと手を伸ばせば…すぐに触れられる距離にいた。
そして彼は…俺のする事に絶対に抵抗したりはしない。
彼は、どこにいるのか分からない裕也とは違うんだ…
俺はしばらく黙って正面のガラスの向こうに見える夜の闇を見つめていた。
そしてふとピカピカ光るガラスに焦点を合わせた時…ガラス越しに彼と目が合った。
俺は立ち上がり、彼の腕を引っ張ってベッドルームを目指した。
最初に彼がここへ来た時抱きたいとは思わなかったけど、結局こうなる事は最初から分かっていたような気がする。
圭太はいきなりソファーの上から引っ張られたので、まだいっぱいコーラの入っているグラスを床の上に
落としてしまった。
だがカーペットの上に落ちたグラスは割れる事もなく、ただそこに横たわっているだけだった。
彼は引きずられるように歩きながら、振り返って床の上に転がるグラスを心配そうに見つめていた。
俺はそれでも構わず彼の腕を引っ張り、カーペットの上を音もなく歩き続けた。
ベッドルームへ入ると、オレンジ色の淡い光が途絶えた。そこは真っ暗で、わずかな月明かりが
ベッドの上の白いシーツを照らしていた。
シワ1つないシーツの上に彼を寝かせると、あっという間にシーツが引っ張られて緩んだ。
部屋の中には花の香りが漂っていた。それはきっと、サイドテーブルの上に飾られているバラの香りだろう。
俺は彼の上に馬乗りになって、首に巻きつく窮屈なネクタイを外した。
こうしてすぐに外してしまうのに…いったいなんのためのネクタイだか分かりゃしない。
そして次に彼のメガネを外してベッドの隅へ放り投げ、彼の着ている物を全部剥ぎ取り、あまりにも子供っぽい
その体をじっと見下ろした。
彼の胸板は薄く、お腹はへこんでいた。あまりにも痩せすぎているために、あばら骨が浮かんで見えた。
そして薄いヘアーに守られた彼のそれは、これ以上ないほどにいきり立っていた。
俺は痩せっぽちな彼の上に自分の体を乗せ、その真っ黒な髪に手をやりながら彼の口に舌を突っ込み、その中を舐め回した。
すると、圭太はベッドの上で豹変した。ベッドの上の彼は、決してシャイな少年なんかじゃなかった。
彼は負けじと俺の口の中へ舌を押し込んで激しくその中を愛撫した。
俺はもうそれだけですごく気持ちがよくて、興奮して…どうにかなってしまいそうだった。
彼はキスを続けながら俺のジャケットを脱がせ、ワイシャツのボタンを外し、俺の胸に自分の胸を押し付けた。
圭太は積極的で、その後すぐ俺のベルトに手をかけていた。
静かな部屋の中に、ベルトのバックルが開くカチャカチャという音が小さく響く。
そして衣服の擦れ合う音がそれに続く。
すると十分に反応を示す俺のそれは…あっという間に彼の目に晒された。
彼の唇を解放して舌を首筋に這わせると、彼はすごく敏感に反応した。
俺の舌が彼の皮膚に触れるたびに、彼が小さく声を上げる。その声は徐々に高まり、裕也と同じ声で…彼が叫ぶ。
「あぁ…あぁ!」
ベッドの上の彼は最高だった。さっきまで俯いていた少年とはまるで別人だった。
彼は汗ばんだ小さな右手でどうしようもなく膨らんだ俺を愛撫した。
あまりに気持ちがよくて…そんなつもりはないのに、俺は彼の胸に顔を埋めて上ずった声を上げてしまった。
「あぁ…ん」
「和希…すごく濡れてる」
左手で俺の髪に触れながら、彼がそんなふうに言った。
今彼が、初めて俺の名前を呼んでくれた。裕也と同じ彼の声が、今たしかに『和希』と言ってくれた。
俺はその事にどうしようもなく興奮し、カラカラに渇いた喉の奥から声を絞り出した。
「お前のせいだよ」
「ホント?」
彼はそう言って、右手を素早く動かした。俺はその刺激に耐えられず、何度も何度も上ずった声を上げた。
ダメだ。このままだとすぐにいってしまう。
俺は彼の右手を払いのけ、彼の中へ入る決断をした。
察しのいい圭太はもうシワクチャになったシーツの上で四つん這いになり、早く抱いて、と小さな声で言った。
月明かりに照らされる彼の尻を両手で引き寄せ、透明な体液が滴るそれをぐっと彼の中へ入れる。
その時圭太は枕の上に両肘をついて、今までで1番大きな声を張り上げた。
「あ…あぁ!」
俺が素早く腰を動かすと、彼はすぐに肘を立てていられなくなった。
腰の動きはそのままで、たたみ掛けるように右手で彼の物を握ると、もうそれはかなり熱くなっていて、
先端の方から体液が噴き出していた。
「ダメ…」
腰と右手を同時に動かすと、圭太が泣きそうな声でそうつぶやいた。
でもその声は、ベッドが揺れるガタガタという音にすぐかき消されてしまった。
彼は枕に頬を埋め、それでもまだ俺に要求した。
「和希…もっと」
その声に押されるように更に激しく右手を動かすと、突然彼の穴がきゅっと縮まった。
爆発寸前の物が彼に締め付けられ、ものすごい快感が体を駆け巡る。
「いやぁ…!」
圭太は最後にそう叫んだ後、もう動けなくなった。
俺の右手に、ベトベトしたものがまとわり付く。それが分かった瞬間、俺は頂点を迎えた。
彼の尻を伝ってベトベトした俺の体液がシーツの上に大量に零れ落ちる。
その間も彼の穴は幾度も収縮を繰り返し、気絶しそうなほどの快感が何度も何度も俺に襲い掛かる。
こんなにいい思いをしたのは初めてだ。こんなに興奮したのも初めてだ。
裕也の夢を見て夢精した時なんか問題にならない。今俺は、あの時の何倍も感じてしまっている。
俺は今すぐにでももう一度彼を抱きたいと思った。それほどまでに、ベッドの上の彼は最高だった。
俺は枕の上に顔を埋める彼を背中から強引に引き寄せ、髪の毛をつかんで狂ったように激しいキスをした。
俺は…彼との余韻をそんな形で楽しみたかったんだ。
やがて俺は彼の唇を解放し、もうシミになりつつあるシーツの上の白い体液を手でぬぐって彼に見せ、お前のだよ、と
耳元で囁いた。
するとその時もう圭太は最初に会ったシャイな少年にすっかり戻っていて…月明かりの下で恥ずかしそうに俯いてしまった。