「ようっ」「おぉ」
なんて、やる気のない挨拶が交わされる下駄箱を通り抜け、正面の階段に足をかける。
ああどうしようこれを50段昇った先にはあいつも必ずくるであろうマイ教室1-4が、
いつもと変わらずにあるだろう。いっそ誰かが朝一で校内ゲロまみれにしてくれていれば、
1日かもしれないがじっくり考える時間が取れるのに。
なんて二つの意味で汚いことを考えている内に、階段を昇りきってしまった。
このままもう一つ上までいって先輩に相談しようかね。
「お、伸介。おはようっ」
後ろからの挨拶と同時に肩に手を置かれた。同じ性別とは思えないくらい綺麗で、通った声だ。
「…晃君おはよぅさん」
手を置いた肩を急に下げられて、バランスを崩した親友を振り返って腕を組んで見下ろす。
よし、いつもと変わらない。
「ひでえなあー…もしかして肩痛い?昨日腕拉ぎきまっちゃったもんなあ」
「んなこたぁない」
「そっか、ならよし。ってか朝一で英語とか辛くね?」
なんて話しながら席に着く。俺の左隣、教室の後ろ隅が晃の席だ。
首筋が少し隠れるくらいの、ごくありふれた髪型。
新学期に入ってからイメチェンを試みて髪を染め、面白いだけになった友人達とは違い、
こいつの髪はまだ少年のそれのように艶のある黒だった。
近所のおばはんからはかっこいいよりかわいいと言われることのほうが多いだけある童顔と、
ちょっと抜けた所のあるその性格からか。女子には割りと好かれるが、
不思議と告られたことはないらしい。異性の友達として好かれているようだ。
「ん?どした?」
担任が話す変質者の話を聞き流しながら呆けている俺に気付いたらしい。
「いや、英語メンドイなあ、と」
「あー…さっき言ったじゃん俺言ったじゃん」
いままでと変わらないな。まあこいつにしたらいままでと同じなんだけどな。
ここはやっぱり俺次第、か…
「きりぃぃぃつ!れぇいっ!!」
日直がわざとらしく声を張って担任に別れを告げる。
途端に騒がしくなった教室を、人の間を縫う様にして出口へと向かう。
「帰ろうぜー」
朝と同じく肩に手を置きながら晃が言う。勿論断る理由はない。
下駄箱を出て駐輪場へ。自転車を勢いよく漕いで校門をでる。
「急いでんの?」
「いや、なんとなくさ」
「そか」
前を向いたままの短いやり取りを終えてペダルを漕ぐ足に力を入れる。
どうも伸介が冷たい気がする。溜まってるのかな?
とか年頃の女の子が言うことじゃないか。一人称俺とかいってるからかな。
…そうだ。今のうちに言っとこう。
「ね」
やや後ろから伸介に声をかける。少し速度を落として横に並んで、こっちが喋るのを待っている。
やっぱりやさしいね。
「あのさ、明後日俺誕生日だけどさ」
少し声が震えているかもしれないけど、風で誤魔化せると思う。
「当日に欲しいものいうからなんも準備しないで心構えだけしといてー」
「なんじゃそら。お前…はぁ、…こないだゲーム買ったから金そんなないぞ」
呆れられた。それはそうか。普通自分から言わないだろうし。
「ふふん、安心しな。多分財布は圧迫しないさ」
「そら良かった」
おどけた風に返してくる。このやり取りだけで胸が高鳴る。
…でももし俺が―私が本当は女だってしったら、こうかえしてくれるんだろうか。
少し怖い。
放課後の爆弾発言事件(命名伊藤某)から2日立った。
学校から帰ってきたら注文しといたケーキ買って、ゲームでもして待つか。
晃の母親は家の両親の同窓生で、おまけに晃の親父は由緒ある家の跡継ぎだとか。
子供ができたのがほぼ同時だったせいもあって、昔から家族ぐるみで仲がいい。
今年は晃の両親が仕事で九州にいっているので、晃を家に招いて誕生会を開く。
どちらかの親がいない時は、残った家で誕生会をやるのももはや伝統だ。
ケーキを冷蔵庫に閉まって自分の部屋のベッドに仰向けに倒れこむ。
「…お金がかからない。…当日に言う。…(あいつは気付いていないかも知れんが)やや赤面」
謎のピースをひとつずつ呟いてみる。
おお、凄いのが組みあがっちまったぞ。
「伸介が欲しい…てか?」
ありそうだなってかこれっぽいな。16歳になった時に言おうと思ってたトカ?
うわっ、やばっ。どんどん現実味を帯びてくるぞ。
言われたらどう答えるか。それがもの凄い重要だ。この先の付き合いとかにも響くし。
この間のあれ聞かなきゃ、思い浮かんでもキモッとか言えたんだろうなあ。