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遠井家の人々 3

名無しのアヒル氏

話し合いの結果、翌日、白々斎の元に行くことになった。早い方がいいという絢夫の意見からだった。

その夜。
「父様の病気が原因とはいえ外に出るの久しぶりー。父様もお土産買ってこいって言ってたから何買おうかなぁ。」
その場に夕顔丸が居れば間違いなく叱られたであろう能天気な会話。
「そうですねぇ。真琴様は食欲旺盛ですからやはり食べ物でしょうかね。でも、傷みが心配ですね。」
能天気な会話に受け答えたのは春希。今、二人っきりである。
絢夫が春希の顔に近づく。
「甥鳴山って結構距離あるんだよね?」
「そうですね。明日は甥鳴山までは行けないと思います。帰るのは・・4、5日後ってとこでしょうね。」
「やっぱ早く行くことにしてよかったー。もう数日も寝込んでるからね、父様。」
「真琴様があんな風になるのは初めて・・・・んっ。」
春希の言葉を遮る様に絢夫がその唇を合わせた。二人の口付けは慣れた様子だった。
「はあっ。絢様、どうしたんですか。」
唇が離れると春希は口で言う程驚いた様子はないものの絢夫に問いかけた。
「はーちゃんの顔見てて抑えられなくなったの。」
「そういえば口付けもご無沙汰でしたね。」
「父様が倒れて心配でそれどころじゃなかったから・・。」
絢夫が心配げな表情をする。春希の方も真琴の心配と絢夫への気遣いで口付けや・・・それ以上の行為は慎んでいた。
「でも、父様は元気になる!だからボクも落ち込むのやめる!だから・・・はーちゃん、アレしない?」
「えっアレ・・・ですか。私も真琴様が寝込んで、する心境になれなかったんですが・・、絢様がしたいなら・・。」
「いいの?よかった!だから甥鳴山行くのにどれくらいかかるか聞いたんだよ。」
絢夫の言葉に春希が問いかける。
「何故ですか?」
「だって・・・・旅の最中だったらできないもん、アレ。だから行く前に今したいなって・・。」
絢夫の言い分に春希は納得する。
「成程・・。そうですね。じゃあ始めましょうか。」
「はーちゃん行動早ーい。」
「思い立ったら吉日ですよ。受け売りですけど。」
「成程ねぇ。うふふふ。」
二人は再び口付けをする。先程と比べて濃厚だった。一見美少年同士の絡みの光景だがこの直後、一変する。
がそれを見ている者はいない。と言うより見られない様気遣っていた上での行為であった。


「はーっ。」
準備を終え一人でくつろいでいた夏希はため息をついた。
「・・・・・・。」
ため息の後は黙り込む。そんな夏希が考えていたのはある人物のことだった。
「・・・夕顔丸のヤロー。」
小声で毒気づく夏希。くやしそうに頭を掻く。短気な夏希を挑発する様にイヤミを言う夕顔丸。
そんな彼についつっかかてしまう夏希。しかし夏希が夕顔丸につっかかる理由はそれだけではない。
「あんな奴に負けたなんて・・。あー!」
実は夏希は夕顔丸が遠井家に仕える為、腕試しした時、彼の相手をしたのだがその勝負に負けてしまったのである。
見た目は優男だが夏希は剣術が得意でかなりの腕前を誇っていた。その兄、春希も負けず劣らずの剣の達人だが
彼は荒っぽい弟とは違い、すぐ武力を持ち出すことは好まない為あまり表には知られてない。
その為挑戦者だった夕顔丸の相手は夏希がした。そのとき初めて夕顔丸を見たとき負けるはずないと思い込んでいた。
「あんな華奢っぽい奴に負けたなんて・・・。」
夕顔丸はしなやかで細身の体躯で背丈もそれほど夏希と差はない。顔も整った綺麗な造りをしている。
細身で女顔なのは夏希もだけど、そのときは自分のことを棚に上げてあんな華奢な優男に負けるはずないと心底思った。
それが敗因となってしまった。見た目とは裏腹に夕顔丸は夏希に負けず劣らずの実力の持ち主だった。
それまで夏希は自分と同世代の者との勝負は無敗だった。それまでの彼と互角だったのは兄、春希位なものだった。
自分と兄の例があるといえども自分より体格のいい男も簡単に倒してきた夏希は夕顔丸の様な華奢な外見の者が
自分に匹敵する実力を持っているはずなどないとなめてかかっていた。そんな夏希とは違い全力でかかってきた夕顔丸の
意外な強さに気圧されてしまい普段ではありえない位簡単に隙ができ、そこを衝かれ敗北。
そのとき夕顔丸に言われたことが忘れられない。
『お前・・・。手を抜いていただろ。俺が弱いと勝手に判断してな。こんな勝負するだけ無駄だったな。
己を過信し相手の力量もわからない奴なんか勝負する前から敗北してる様なもんだ。』
軽率な自分が恥ずかしかった。後々春希にも叱られた。夕顔丸の最初の毒舌は完全に夏希を打ちのめした。
その夜は悔しくて眠れなかった。それ以来夕顔丸との再戦の為それまで以上に稽古に打ち込んだ。
しかし、実はその敗北以上に夕顔丸にこだわる理由があった。絢夫や春希にさえ話したことのない理由・・。
『・・・今となっちゃ信じられねぇ。初めて夕顔丸見たとき惚れちまったなんて・・。」
そう、夏希は夕顔丸の繊細で優美な容姿に一目ぼれしてたのである。敗北と極端に人当たりの悪い性格だったことがわかると
可愛さ余って憎さ百倍とでもいうのだろうか、とにかく夕顔丸につっかかった。
「あんなイヤな奴なのに・・。あーもう!すっきりしねぇ!風呂にでも入って頭切り替えよう!」
そう言うと夏希は風呂場に向かう。遅い時間なので他に入る人はもういないだろう、だから行こうと思ったのに
思いがけない、しかも今もっとも見たくない人物を見つけてしまった。
『ゆ、夕顔丸!』

続く


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