夜が明け、和海と頼子の夫婦の部屋に朝日が射している。
「んっ・・・。ふわぁ・・・。あれ・・・。あっ、そうか。」
頼子は目を覚まし、布団からゆっくり起き上がる。一瞬いつもの寝床と違う光景に戸惑ったが
結婚し、松浦城に住むことになったのをすぐ思い出した。
「スースー。」
隣では和海が寝息をたてている。その妙に可愛い姿に頼子は思わずドキッとしてしまった。
――な、何考えてんだろ・・。自分・・・。
男の、それも自分の夫になった人物の寝顔を可愛いなどと思ってしまったことに戸惑いを隠せない頼子。
――は、早く着替えてこなきゃ・・・。和海様が起きる前に・・。
頼子は動揺しながらも用意した着替えを取り、あわてる様に部屋を出る。
――マサの所に行かなきゃ。
頼子は真子の元に向かおうとしていたがそのとき。
「頼子殿ではないか。こんな朝早くに夫を放ってどこへ行くのじゃ?」
一見穏やかな物言いだが、高圧的で冷淡な感情が強くこもった声を浴びせられた。頼子にとってほぼ初めて聞く声で
今まで聞いたことのない様な恐ろしい声だったがその声の主が誰なのかはすぐわかった。
「定子・・・様・・・。」
振り向くとそこには予想通りの人物―――定子がいた。
「・・・・・。」
定子を前に頼子は何も言えずにいた。微笑みを浮かべているがその顔には怒りや憎悪、更に殺意すらこもっていた。
「どうした?昨日の結婚でそなたと妾は一応家族になったのじゃぞ。そなたの家では朝の挨拶は黙りこくることなのか?」
怯える頼子に気付きながら、定子は嘲笑いながら辛辣な物言いをした。
「あ、申し訳ありません・・・。定子様、おはようございます・・・。」
定子の皮肉な言葉に頼子はぎこちない挨拶をした。
「フン・・・。まあよい。ところでそなたはどこへ行くつもりなのじゃ。着替えの服など持って。」
頼子は聞かれたくないことをよりによって明らかに自分達に敵意を持っている人物に聞かれ、戸惑った。
「え、えっと・・・。マサ・・妹のところへ・・。」
基本的に素直な頼子は自分の行き先を正直に告げた。
「妹のところ?何故じゃ?和海とそなたは夫婦なんじゃぞ。昨日は初夜を交わしたのじゃろ。着替え位なんともなかろう。」
定子は和海と頼子の結婚の条件を知りながら、頼子を追い詰める様な言い方をした。
「・・・・・。」
お人よしな頼子に定子の皮肉に対応できる機転はない。自分を追い詰めるその言葉に口ごもってしまった。
「夫に心を許せないということか。初日にして哀れなもんじゃのぉ。そういえばそなたの家は妾の息子と
そなたの妹の婚姻を断ってきたが、夫に心を許せない様な家の娘と縁を結ばなくて正解じゃった様じゃな。」
定子は自分のことを棚に上げながら頼子をひたすら言葉責めした。和海とは仲良くなれたが普通の夫婦には
絶対になれないという事実やその原因である自分の秘密を松浦家に隠している後ろめたさから辛そうな顔でうつむいている。
そんなとき頼子に助け舟を出す様に二つの声が響く。
「姉上。こんなところにいたの。定子殿、姉上になんの様で。」
「母上、挨拶の為だけにこんな廊下に引き止めるのは失礼です。」
それぞれ頼子と定子を探しにきたのか真子と正澄が現れた。
「あっ、マサ・・・子。」「お前らか・・・。」
頼子のぎこちないながらも安堵した声と定子の不満げな声が廊下に響いた。
「おはようございます、定子殿、正澄殿。」
真子が少し挑戦的な声で挨拶をした。
「ほほう。これはこれは真子殿。姉上を迎えにでもきたのかえ?流石姉妹、気が合ってるのう。
無理矢理嫁がされた仮初めの夫なんかより実の妹の方がいいと思ってるだけあるのう。」
定子は真子の挑戦的な声に対抗する様に皮肉な言葉を並べた。
「そちらこそ、息子が迎えにきてますよ。息のあった親子ですね。さぞかし旦那とも仲がいいんでしょうね。」
真子は兵部との冷めた関係がわかった上で定子の言葉に返答をした。
「親子か、妾はそなたと妾の息子を縁付かせたかったのに断られてしまったからのう。
そなたらの父が首を縦に降ってくれれば妾とそなたは親子になれたのに残念なもんじゃ。のう。」
明らかに本音とは違うことを言いながら隣の正澄に話しかけた。元々口数の少ない正澄は最初に定子に呼びかけて以来
一言も話しておらず、定子と真子のやりとりを、あわてながら見ている頼子とは違い、またかという感情がこもった目で
ただ黙って見つめていた。
「縁がなかったと思うしかありませんよ・・・。」
正澄は静かであまり感情味のこもっていない声で答えた。
「縁か、残念じゃのぉ。こうして並べるとなかなかお似合いなのに。世の中子作りができないなんて
本末転倒な条件で結婚して一日目にしてうまくやってけないだめな夫婦もいるのにのう。」
定子は遠まわしな様でかなり直接的に和海と頼子の夫婦関係に当て付けたことを言うとその視線を
頼子の方に向けた。それに気付いた頼子はいたたまれなくなり、顔を伏せ、視線を逸らす。
「私と正澄殿がお似合い?滅相もありませんよ。定子様に瓜二つで綺麗な顔した正澄殿と私など明らかに不釣合いですよ。」
真子は冷たい笑顔で受け答えた。頼子はその言葉を聞いて顔を上げ、正澄の姿を見る。
確かに美形な真子に釣り合う位綺麗な顔をしていて身長もかなり長身な真子と同じ位だが
さっきからずっと無表情なので感情豊かな真子とは釣り合わない気がした。
それ以外にも真子と正澄が夫婦になれない決定的な理由はあるが。
頼子は気付かなかったが、定子と自分が瓜二つという真子を言葉を聞いて正澄は少し顔を曇らせていた。
「やれやれ、挨拶だけなはずなのに長くなってしまったのう。そろそろ部屋へと戻るか。
これほど長く会話が出来るとはそなたらと妾は気が合うのかもな。ホーホッホッ。」
定子は高笑いをしながら最後まで皮肉な言葉を吐き捨て、その場から立ち去っていく。
正澄は頼子と真子に軽く会釈をすると定子に付き従っていった。
「・・・はーっ。」
定子と正澄の姿が見えなくなったのを確認すると頼子は安堵の息を吐いた。
「けっ、予想以上にやな女だな。」
頼子とは対照的に真子は毒気づいた。
「・・・情けないなぁ。昨日和海様に誓ったのに、早速マサに助けられちゃったよ・・。」
頼子は定子を前に何も言えなかったことに悔しげな声を上げた。
「誓い?上手くやれてんだ。」
頼子の言葉に真子が反応した。
「・・・ああ、一応打ち解けることはできたよ・・。気さくないい人でさ。それに・・。」
頼子はふいにさっき見た和海の寝顔を思い出した。そのことで顔を急に赤くする。
「わっ!あ・・・ね上、どーしたんだよ。」
頼子の突然の照れ顔に真子は戸惑った声を上げた。
「な、なんでもない!!なんでもないから!!!」
真子の声に頼子はあわてる様に声を張り上げた。弁解のつもりなのだろうがますます怪しい様子になっていた。
そんなとき。
「頼子様、真子さん、おはようございます。」
後ろから落ち着いた声が響いた。二人がはっとして後ろを振り向くと頼子と真子より少し背が低めで細身の少年が立っていた。
「あっ、千里。おはよう。」
千里の声に落ち着きを取り戻した真子が挨拶をした。
「あっ、おはようございます。えっと・・。」
真子に続き、頼子も挨拶をしたが、千里と直接話をするのは初めてなので、名前がよくわからず口が止まった。
「千里です。頼子様、以後お見知りおきを。」
口が止まった頼子を見て、千里は昨晩真子に対してのときの様に丁寧に自己紹介しながら頭を下げる。
「あっ、どうも千里さん・・・。」
千里に合わせて頼子も頭を下げる。
「千里、いつからいたんだ?」」
千里があわてていた二人に助け舟を出す様に現れたことから、千里が今来たばかりではないことに
気付いた真子は千里に問い掛けた。
「真子さんが定子様と正澄様に息の合った親子と言ってたところからですね。」
「げっ!思ったより早いな。みっともないとこ見られちゃったな・・。」
真子はさっきの定子とのやりとりを思い出して声を上げた。
「いえ、あの定子様の毒舌にあんなにやりあえてすごかったですよ。私や竹彦はあの毒舌が苦手で
定子様が和海様に何か言ってきたときは私や竹彦が遮ったり、その場から立ち去ったりすることしか出来ないので
あんなに真正面から立ち会えるなんてほんとすごかったです。」
今まで逃げる様な対応しかできなかった自分と比較して真子を絶賛する千里。
「そ、そうかな・・・。」
真子は少し照れた様な声を上げた。その姿はさっき定子とやりあってた姿とは別人の様だった。
「では、頼子様、真子さん、私はこの辺で。」
立ち去ろうとする千里に頼子が呼びかける。
「あっ、待って下さい、千里さん。私も様付けはいらないので。」
「わかりました、頼子さん。」
千里は少し微笑みを浮かべながら、軽く会釈をしてその場を去った。その笑みは容姿と相まって
非常に優しげで美しく、それでいてどこともなく憂いのあるものだった。二人はその美貌に思わず感嘆の念を覚えた。
「綺麗な人だね・・・。睫毛が長くて。和海様とは違った綺麗さが・・・。はっ!私は何を・・。」
「い、いや、姉上、大丈夫さ、私も千里も和海さんも綺麗だなって思ったから。なんでここの男の子は
男にしとくにはもったいない位綺麗な人ばっかなんだ?あの正澄も顔だけならかなりだし、竹彦も・・。」
「呼んだ?真子。」
噂をすれば影とやらなのか後ろから昨晩聞いたもう一人の声が響いた。
「うわっ!!!」
いきなり話しかけられ真子は驚きの声を上げた。
「わっ!!」
その声に頼子も声を上げた。
「あっ、驚かせちゃった?ごめん、ごめん。」
竹彦が明るく言い返す。
「あ、頼子様ですよね。お・・、私は竹彦と申します。よろしくお願いします。」
竹彦は頼子の方に視線を向けると、千里同様、昨晩の様な丁寧な挨拶をした。竹彦は気さくでひょうきんだが
初めて会う相手に丁寧な態度を取れる礼儀は持ち合わせている様だ。
「あ、窪田頼子です。よろしくお願いします。私も敬語や様付けはいりませんから。」
竹彦の丁寧な挨拶に答えつつ、千里のとき同様、敬語や様付けを必要ないと告げた。
「よし、わかったよ、頼子、よろしくね!」
ためらいなく敬語と様付けを取った竹彦の発言を聞いて、頼子は先程からの真子とのやりとりで気付いていたが
竹彦が和海以上に気さくな性格だということを改めて認識した。
「さっき綺麗とかなんとか言ってたね。なんのこと?」
竹彦は先程の会話を少し聞いていたらしく、その内容を聞いてきた。自分の名前を言われたので気になったのだろう。
「いや、ここの男の子は綺麗な人ばっかだなって。さっき千里を見たとき思ったんだ。」
真子が竹彦の問いに答えた。
「それでおれのことを?いやぁ、おれなんか千里とは比べ物にならないさ。背ぇ低いし。」
そう言いながらも竹彦は照れくさげな顔をしている。その姿が余計可愛らしい。しかし、一瞬だが複雑げな表情にもなった。
それは竹彦が発言した背が低いという理由からでは到底ありえない位、重いものだった。
「真子と頼子だって綺麗じゃん。系統の違う美人姉妹でおいしいよ。」
重い表情からすぐ気を取り直すと、いつものおどけた調子で真子と頼子の容貌を誉めた。
「き、綺麗か・・・。ありがと・・。」
女性的な容姿とはいえ男性に容姿を誉められた割に真子の声は複雑そうだった。
「・・同じくありがとうございます。」
頼子も竹彦の誉め言葉にお礼を言ったが、真子同様どこともなく複雑げだった。
「どしたの?二人共美人なんだから、もっと自信を持たないと!」
竹彦は声を張り上げて、二人を元気づけた。その元気な声に真子と頼子の表情は少し明るくなる。
「そうそう、美人は笑顔の方が引き立つんだよ。ところでさっき千里と話してたの?どっち行った?」
「ああ、向こうの方に向かってたよ。そういや服を持ってたな。朝風呂にでも行くのでは?」
「うーん、そっか。じゃ、どっかで待ってようかな。着替えか朝風呂だろうから。ところで千里は身体に傷があって
身体を見せないんだ。だから、気をつけてあげて。」
「そうなんだ。わかった。」
「じゃ、後でね、真子、頼子。」
竹彦は千里の穏やかな笑みとは違う明るい笑顔を真子と頼子に向けて立ち去っていった。しかし実はその笑みの中には
千里同様、微かな憂いがあった。
「元気な人だね。確かに男にしとくにはもったいない顔してるなぁ。」
頼子は和海の様に可愛い顔立ちで親しみやすい雰囲気の竹彦に好感を覚えた。
「うん、でも気になることがあるんだよなぁ。竹彦も千里も一介の従者にしちゃなんか上品っていうか・・。
ここに昔から仕えてたのかな?」
「いや、昨晩和海様と話していたとき、二人は昔からの従者じゃないって言ってたよ。ならどこ出身なんだろ?
確かに物腰が上品だよね、二人共。」
真子の言葉に頼子が答えた。真面目な千里はもちろん、一見おどけて見える竹彦もどこか上流育ちの気品が見受けられた。
「なんか長くなったね、マサの部屋に行って着替えるつもりだったんだけど。」
「ああ、それで迎えに来たんだ、早く行こうか。」
二人はあわてる様に真子の部屋へと向かった。
「予想以上に大変そうだなぁ、ここの生活・・・。」
定子とのやりとりを思い出しながら、頼子はふとつぶやいた。
「そ−だな、でも、味方もいるだろ。」
「そうだね、何より・・・。」
頼子は和海の顔を頭に浮かべた。
「何よりなんだよ。」
真子は頼子の言葉を聞いてからかう様に声を上げた。
「な、なんでもないってば!」
真子の声を聞いて頼子は再びあわてる様な声を出した。
「もしかしなくても、和海さんのこと?とうとうそんな趣味に・・。」
真子の言葉に頼子は何も言い返せず、ただ顔を真っ赤にしてうつむいている。
「ま、仲良きことはいいことってな。自分達こんなだから普通じゃないのも今更さ。」
「慰めになってないよ・・。マサ・・。自分自身結構困惑してるんだから・・。」
しばらくして着替えが終わった頼子は部屋に戻った。
「和海様、起きてますか・・・。」
「あっ、どこ言ってたの?朝起きたらいなくてびっくりしたよ。」
和海は声を上げた。結構早く起きてたのか、既に着替えも終えてて布団も片付けられていた。
「あ、すみません・・。妹のところへ着替えに・・。」
「そっか、夫婦とはいえ、男に肌見せるのは確かにね。」
「いえ、そうじゃないんです!私と真子は小さい頃病気で身体に痕があってそれで人前では身体を見せられないんです。」
とっさに言い訳をした。そのとき竹彦が千里には身体に傷があって肌を見せられないという同じ様な事情があることを
言ってたのを思い出した。
「そっかぁ、大変だね。」
和海は頼子を慰める様に言った。
「い、いえ、そんなことはないです・・・。」
後ろめたい心境で頼子は言った。
「ねえ、座りなよ。」
和海が頼子に呼び掛けた。
「は、はい・・。」
頼子はその言葉に従い、ゆっくりとその場に腰を下ろす。
「・・・・・。」
和海は頼子のそばにより、その顔をまじまじと見つめる。
「あっ、和海様・・・。」
和海の視線に頼子は気恥ずかしさと後ろめたさを覚えた。
「・・・・・。」
和海はそんな頼子に一気に顔を近づかせるを、そのままお互いの唇を軽く合わせた。
「!!? か、和海様!?」
突然の唇の感触に頼子は驚きの声を上げ、後ろに大きく下がる。
「あっ、いきなりごめん。一応夫婦だから口付け位したいなって思って。」
そう言う和海の顔も自分の行動が信じられないと言わんばかりの照れ顔だった。
「い、いえ・・。和海様のお心遣い嬉しいです・・。」
頼子にとってその言葉は偽りではなく、本当に今の口付けは不思議と嫌ではなかった。
――マサの言う通り、自分は普通じゃなくなっちゃたんだろうか・・。
頼子は内心困惑していたが、実はそれは和海も同じであった。
――ど、どうしちゃったんだろ、あんなことしちゃうなんて・・。
自分の意外な程大胆な行動に和海も戸惑っていた。
「しょ、食事にでもしようよ!お腹空いたでしょ!」
困惑を断ち切る様に和海が声を上げた。
「そ、そうですね。色々あったのでなんだかお腹が空きましたね・・。」
「色々?」
「はい、色々と・・。悪いこともあればいいこともありましたね。」
「後で色々聞かせてね。」
「はい、私もちゃんと話し合いたいことがありますので。」
「ところでさ、呼び捨てにしていい?おれのことも呼び捨てにしていいからさ。」
「えっ!呼び捨てにするのは一向に構いませんが、上様を呼び捨てにするのはあまり・・。」
「そっか、でも気が向いたら呼び捨てにいて構わないから、頼子。」
「はい、和海さん・・・。」
頼子は呼び捨ては流石にできないが少しでも和海の要望に応えようと様付けからさん付けにした。
その努力に気付いたのか、和海は笑顔を向けた。頼子はその笑顔に再びドキッとした。
――かわいい・・。はっ!ほんと、どうしたんだろ、自分・・・。
以前では考えられない自分の気持ちに頼子は困惑し通しであった。
「ええいっ!!!なんと腹立たしい!!!」
定子は部屋に戻るやいなや、昨晩の様に怒り狂い、扇を投げつけた。その様子に正澄は一瞬驚き
肩をすくめるがすぐまたか、という表情になった。
「あの真子とかいう餓鬼、よくもまあ、この妾にあの様な態度を!!許せん、絶対に許せん!!!」
定子は怒りに声を張り上げた。正澄はまだ朝だから静かに、と制したかったが
昨日の様子からそれも無駄だろうと悟り黙っている。
「まあ、よい。妾へ生意気な態度を取った分だけ思い知らせてやればよい。わかったか!!!」
定子は正澄に向かって怒鳴りつける様に言った。正澄は軽くため息をつく。
「お前、やる気はあるのか!!!」
正澄の態度に定子は怒声を上げた。
「は、はい・・。わたしがこの家の後継者に相応しい人間・・・ですから・・。」
正澄は定子の怒声に少し驚きながらも弁解した。
「そうじゃ!!!実はのう、妾はあの和海の秘密にうすうす勘付いておるのじゃ。」
定子は投げてた扇を拾い、ゆっくりとそれを扇ぐ。
「秘密、ですか・・・。」
「そうじゃ、更にあの頼子の方にもあやつらの立場をなくすには十分な秘密があると踏んでおるのじゃ。」
「・・・・・。」
正澄は定子の言葉を聞いてはっとした様に顔を上げる。
「根拠はあの二人の結婚条件と先程頼子がわざわざ妹の元にむかって着替えをしようとしてたこと。
和海は十七年間も見てれば、勘付いてくるわ。」
顔を上げた正澄に答える様に定子は自分が察している和海と頼子の秘密のことを言った。
「それで、どうするおつもりで・・・。」
正澄は小声で定子に問い掛けた。
「決まっておる。まず、あやつらの秘密を完全に掴む。そして奴らを脅してこの城ででかい顔を出来ない様にしてやるのじゃ。
今日はその計画を練る。明日からお前は奴らの秘密を探る行動をしろ。」
あくまで自分は考えるだけで何もしないつもりな正澄は定子にため息をついたが
「わかりました・・・・。」
と小さく返事をした。
「ほほほ、これからが楽しみじゃ。しかし、問題は真子やあの従者の餓鬼二人をどう退けるかじゃな。
殺したりすれば後々問題になりそうじゃし。それにあやつらは一瞬で殺すよりねちねちといたぶってやりたいしな。」
扇を扇ぎ、微笑む定子の姿は一見優雅だが、その歪んだ邪念は隠されてはいなかった。
正澄はそんな母を黙って見つめていた。