「あら・・・確か貴方、あの可愛い子の先生でしたわね?」
突然の訪問者に臆することなく女子爵は、レオナルトを促し、部屋に招き入れる。
「あの子は自分の控え室に戻りましてよ、入れ違いだったようですね。」
扇を広げ、口元を隠しながらレオナルトに告げる。
「・・・・そのようで・・・。」
視線を部屋中に流してみるが嘘はないようだ。
「疑っておいでね?────私、可愛い子は大好きですけど、同姓と絡む趣味はないんですの。」
「・・・・だからお帰しになった?─────そう言うわけではなさそうですが。」
にこりと微笑むレオナルトに微笑みを返す子爵。
だがお互いに目は笑っていない。
周囲に人がいたら穏やかに話をしている美男美女としか見えないだろう。
─────が、二人の間には一発即触の念が交差していた。
「貴女と何を話したのか、帰ってユーリに尋ねるとしましょう。」
「嫌だわ。女同士の内緒話に首を突っ込もうとなさるの?案外無粋な方なのね。」
「無粋にならないと、困ることもあるのですよ。御婦人、暗示はかけておりませんよね?
簡単な暗示なら無駄ですよ。」
「────ええ、分かってー。」
子爵は自分の失言に眉を顰めた。
調子に乗り過ぎた────そんな風に。
レオナルトはつかつかと女子爵に近寄ると、隣に座り、手持ちぶたさになっている子爵の左手を握り、
肩を抱く。
これなら、不意に人が入ってきても情熱的な語らいとしか見えない。
実際は捕らえているのだが。
「女子爵と言うのは僭称ですかな?それとも金を積んだ?────ガルデーニア。」
「失礼な・・・・!どちらでもない!─────まあ、よぼよぼの爺様をかどわかして子爵夫人に納
まったんだがねぇ・・・。
入ったのは良いが貧乏貴族で、盗賊家業が辞められない────ってわけさ。」
ばれたんなら、上品な言葉を使う相手ではない、とでも思ったのか、急に言葉遣いが変わる。
「その割にはサロンを作ったり、羽振りが良いじゃないか。」
「将来有望な若者を育てるのは私の趣味さ・・・・あんたも仲間に入れてやっても良いよ・・・あの
子も付くならね・・・。」
「ユーリの何が目的かね?」
「分かっているくせに・・・・。
ずるいじゃないか・・・儲けを独り占めする気かい?」
そう言いながら、ガルデーニアはレオナルトに枝垂れかかる。
扇で口元を隠し、レオナルトの頬に近づく。
「『桃娘』なんて可愛い呼び名じゃないか・・・あの娘にぴったりだよ・・・。」
─────褒めているのだろうが
桃娘がどのように育成されているのか
ユーリはその中では『できそこない』と評されていて
本当の桃娘は、その名と姿形はに差がありすぎて到底西方には受け入れられない────知っている
レオナルトは不快だった。
そんなことはお構いなしのガルデーニアは
ゆっくりとレオナルトの詰め襟を外し、しきりに儲け話を進める。
「あの娘にとっても悪い話じゃない。
─────殿下の寵姫になれる絶好の機会さ・・・女の姿に戻って磨けば、あっと言う間に光る娘だ
、私が磨いてあげるよ。医師の助手なんかしてるのもったいないよ。」
「医師の助手ですまんね。」
ガルデーニアの指輪で飾られた手の平が、レオナルトの胸を擦る。
医師なんか骨ばったもやしだろうと思っていたガルデーニアは
意外な逞しさに驚き、瞳を輝かせる。
「・・・・あの娘が殿下に取り入ることができたら、あの子の口利きで城の待医にして貰えばいい。
─────ねえ、そうしなよ・・・・。」
そう言い、レオナルトの腹に刻まれている溝をふっくらとした唇と舌先でたどる。
ぞくりとした感覚が下半部から背筋にかけ伝わってくる。
思わず、捕らえた左手を外すとガルデーニアはズボンのボタンを外し、うっすらと見えた金髪の恥毛
を擦り始めた。
そのすぐ下・・・男のその物があるのを知っているのに、わざと触れず指の腹で擦り、感覚を促して
いた。
「ねぇ・・・組まないかい? あんたとなら上手くやれそうな気がするよ。
─────身体の方もね・・・。」
ユーリとは違う種類の甘い香りと、赤い唇がレオナルトを甘熟な世界に誘う。
「─────悪いが。」
レオナルトは屈強な精神力で誘いを跳ね返す。
ガルデーニアの手練な白い手を押し戻すと、
「気のせいだろう。」
とズボンのボタンを付ける。
「─────なっ!」
異議あり!と言わんばかりにガルデーニアはレオナルトの腰に乗ろうとするのを、慌ててかわし、長
椅子から立ち上がる。
「あの子を使って金儲けは考えていない─────それのみで近付き、周囲にあの子の素性を告げる
なら、貴女の正体も露見するつもりでいるので・・・・。」
話しながら上着のボタンも付ける。
「・・・・本気で惚れたわけ? はっ!後で後悔するよ!
金儲けの機会を逃したとね!」
「へたに扱うと、国が滅びる・・・・あの子の人生は平凡で良い。
あの子の為にも、男共の為にも───国の為にも・・・・。」
「・・・何言ってるんだい?」
片方の眉を釣り上げ、ガルデーニアは怪訝な表情を見せた。
「あの子の国は、二度ほど女によって国が滅んだんだ───そういう国の娘だ。」
そう言って、部屋を後にした。
────今夜中にこの土地を去ろう
それとも、夜明けとともに船に乗って、できるだけ離れた国へ────
服を整えたレオナルトはそのまま、扉に向かう。
問題はガルデーニアがどれだけ人脈があり、且つ、迅速に動くかだ。
港に近いし、船の方が有効なのだが・・・・。
しかし、それよりもっと気がかりな事・・・。
(ユーリと何を話した・・・?)
黒い闇が蜷局のように脳内に渦巻く
嫌な予感がした・・・。
確かにユーリは東方では受け入れられないかも知れないが、
西方では美的感覚の違いで、その容姿は体臭共々充分価値がある娘だ。
困るのはユーリ自身がその事を理解していない事なのだ。
強い香りを放つ東方の『桃娘』
香水文化の西方の貴族等が、自ら香水など付けずに異性を引き寄せる異邦人の存在を知ったら、手に
入れたがるのは目に見えていた。
もし、国王にユーリの存在が知れたら────
(私の手には負えない・・・・)
力の差がありすぎる。
夜会の出席を断るべきだった────自分の欲求を優先してしまった事に後悔した。
そちらの方に気を取られ、ルカが自分の控え室から去ったかどうかなどすっかり失念していた・・・。
時間を逆のぼり、レオナルトがガルデーニアの控え室に入った頃、
ユーリは自分とレオナルトの控え室の扉を開けた。
「・・・? ルカ様・・・?」
豪華な絨毯にうつ伏せの状態で嗚咽している亜麻色の髪の少年。
着ている礼服が、ルカが着ていたそれと同じだったので、驚いてユーリは彼に近づき、膝を付く。
「どうなさいました?具合でも────。」
「─────何故?」
ルカの肩に触れ、問いただした途端、力一杯押し倒される。
「────ルカ様?!」
仰向けに押し倒され、その上にルカが跨ぎ、肩を押さえつけられた。
同じ年代でお互い細身だが、やはり女と男の力の差は歴然で、
押さえつけているルカの腕を払おうにもまた、押し返された。
「・・・こんな子のどこが良いんだ!こんな女にフラフラ靡く奴の!」
ルカは涙でぐしゃぐしゃの顔をユーリに向け罵声する。
しかし、その琥珀色の瞳は明らかにユーリに怒りを示して、瞳孔が開いている。
突然のルカの豹変
泣き叫ぶように罵声するルカにユーリは捕らわれた兎のように脅え、身体を動かすどころか
声も上げられず、ただ、逸らすことのできない視線をずっとルカに向けていた。
「どうやってあの人に取り入ったの!?教えてよ!君の身体がそんなに良いわけ?」
その問いかけにユーリは思わず顔を赤らめる。
それにはっ、と気付いたようにルカはユーリの顔を見、憎々しげにユーリを睨む。
「・・・・へぇ・・・そうなんだ、あの人を独占しているんだものね、大した手練なんだ。」
そう言うとユーリの肩から手を外し、シャツに手をかけた。ニヤリと、先ほどまで穏和に笑うルカと
は思えない邪気の入った笑いをユーリに向ける。
「・・・・僕にもやってみせてよ。」
そう言うと、一気にユーリのシャツを引き裂いた。
「─────女・・・?」
ルカは引き裂いたシャツから、まっさらなさらしが出現した事にまず驚き、
自分と違う体格─────なだらかな肩、
浮き出る鎖骨
丸みを帯びた腰
捩るユーリにお構いなしに、ぴっちり巻いたさらしの胸元に無理に指を入れ、確認をする。
ユーリを押さえたまま、しばし呆然としていたルカだが
「くっ・・・・、ふふ・・・ふ・・・はははっ!」
腹からこみ上げるように泣き笑いをしだす。
「そうか、女か!なんだあの人!普通なんじゃないか!
──────あの人も、結局女が良いわけだ!」
────あの人も────?
「ルカ様・・・・? 一体何が・・・?」
自分の正体が露見したことより、ルカの尋常ではない様子に心配をし、
恐怖を忘れルカに問いかけるユーリだが、再び、ルカの憎しみで光る瞳で見つめられ強ばる。
「────ここまでして君に側にいて欲しいんだね、あの人は。
そんなに素晴らしいの?君の身体は?」
そう言うと、ルカは腰から短剣を引き抜く。
「・・・・!?」
ぶつり、と、短剣で下からさらしを切り始める。
「・・・・動くと肌まで切れるからね・・・じっとしているんだよ。」
それでも上まで器用にさらしだけを切り、払いのけると
隠していた二つの膨らみとその頂にある桃の蕾のような乳房が現れる。
「小さいね、まだ・・・。」
そう言うと、桃色の頂を摘む。
「や、止めて下さい!」
恐怖で強ばっていた身体が、ルカが悪戯に弄るので拒絶に身体が動き、身体を横にして抵抗したが、
再び仰向けに戻され、左の肩と頬近くに短剣を突き刺された。
「ちょうど良いや。僕は筆下ろしがまだなんだ・・・。
女の身体で立つもんかと思っていたけど、君、細くてまだ、丸みが少ないからできそうだよ・・・。
────教えてよ、女のどこがそんなに良いのか・・・・。」
ルカはユーリの上に跨いだまま、上着を脱ぐとシャツのボタンを外した。
「や・・・・。」
ユーリは抵抗も声も出せない程、脅え、震えていた。
今までも何度か襲われかけた経験はあった。
しかし、これは────ルカから感じるのは嫉妬と殺気と狂気──
───陵辱されるだけじゃ済まない────
(あにさん!)
大声を出そうにも、咽喉が縮こまり発せない。
ルカは陰湿な笑みを浮かべ、両の手でユーリの腰から腹へそして胸を寄せるように押し上げ、形が変
わる程に揉みしだく。
容赦ない揉み方に、ユーリは苦痛で顔を逸らそうになった、が、
「顔、逸らすと剣の刃が顔と肩を傷つけるよ。」
気付いたルカがいち早く注意する。
顔を背けずに横目で剣を見る。
すぐ横で剣の刃が光りまるで血を吸うのを待っているようだ。
「大人しくしてなよ。」
そういうと、寄せたユーリの胸に顔を埋める。
レオナルト以外の手が自分の胸に触れ、舌と唇が這う。
気持ち悪い────あにさんと全く違う
どんなに感情が高ぶっても
香りに酔って、獣のように自分の身体を貪っても───
あにさんは私を決して性処理の道具のような扱いをしなかった。
私も気持ち良くしてくれる。
一緒に快感に浸ろうと言うかのように・・・
涙が頬を伝う。
「・・・いや・・・・あにさん・・以外の人は・・嫌・・・あにさん・・・助けて・・・。」
びくん
ルカの身体が震え、止まる。
「・・・?」
胸が冷たい。
恐る恐る、ルカを見る。
肩が震えている。
泣きじゃくる声
「僕だって・・・あの人じゃなければ嫌なのに・・・。
何故?何故、僕を愛しると言ったのに、結婚したの・・・?」
「・・・・。」
泣き震えているルカの頭を右手で撫でる。
「・・・・ルカ様・・・・好きな人がおいででしたの?」
ヒャックリを上げながら頷くルカは、涙を拭うこともせずユーリに顔を向けた。ルカの瞳は既に狂気
をはらんだ怒りの光は失せ、暗く澱んでいた。
ユーリは優しくルカの濡れた頬を拭う。ルカは弾けるように一気に喋り出した。
「僕の家庭教師だったんだ。
レオナルトさんに似てるの、顔の輪郭とか声とか物腰とか・・・。
『愛してる』────そう言っていつも僕の全てを愛してくれたのに・・・結婚して僕の元から去っ
ていった・・・。
酷い酷いって何度も心の中で叫んだ・・・でも、僕はグレゴリーの血を引くものだから、統治する者
の息子らしくしなくては・・・って笑っておめでとうって見送るしかいけなかったんだ・・・でも、
いつも、いつもあの人を探す自分がいて・・・! 似てる人を街中探して・・・!!」
溜まっていた鬱積をユーリに吐き出したルカは短剣を抜くと、ユーリを力一杯に抱きしめ、声を上げ
て泣いた。
もう、ユーリは彼に対する恐怖感はなかった。
叶ったと思った愛の裏切りにただ、憤り、悲しみ、代償を求めた一人・・・・。
腕を頭に回し泣きじゃくる子を抱きしめる母のように、優しく何度も撫でる。
落ち着いたのか、ヒャックリは止まらないものの、息が整ってきたルカは
「ユーリは良い匂いがする・・・・。」
と告げ、暫くこうさせてと目を瞑った。
その光景に驚愕し固まったのは、レオナルトだった。
上半身をさらけ出されたユーリ
ユーリに抱きついているルカ
そして二人絨毯に横たわり、ルカの頭を撫でるユーリ・・・。
レオナルトは慌てて扉を閉める。
もし、人に見られたら口さがなくあっという間に広がる・・・・。
レオナルトの出現に驚いてユーリとルカは身体を離し、肌けた前をシャツで隠す。
三人三様だが、考えていることは今、おそらく同じだろう────
気まずい雰囲気が流れ、誰も声が出せない中、レオナルトが思い切ったようにユーリに近付いた。
前を隠しているボタンの千切れたシャツを押さえているユーリの手をのけ、白い肌を晒す。
熟しきっていない二つの白い双丘は指の後の青い痣が痛々しく残されていた。
「・・・いくら、身分が高い方だからと言っても、やって良いことと悪いことがありますぞ。」
レオナルトは顔をしかめ、ルカに顔を向けることなく叱咤する。
「・・・すまない・・・・反省しています・・・。」
謝るルカの言葉を無視し、ユーリに自分の詰め襟の背広を着せ、
「帰るぞ。」
と短く一言、言うとユーリの肩を抱いて扉に向かう。
「────待って!あにさん!違うの!」
無理に身体を引っ張るレオナルトに説明しようとするが
彼は無言で扉に手をかける。
その時だった。
「─────誰にも言わないから!」
ルカがユーリとレオナルトに叫んだ。
二人、ルカの方に振り返る。
ルカは切なげな顔を見せながらも、ハッキリとした口調で
「君のことは誰にも言わない!───決して!」
と、告げた。
ユーリは素直に頷き
レオナルトはどう思ったのか掴めない表情を向け屋敷を後にした。
馬車に乗っている間、レオナルトは終時無言でいた。
そして、自宅に入るや否や
「ここを出るぞ」
と、短くユーリに告げると身支度を整え始めた。
「あにさん?
でも、ルカ様は誰にも言わないって・・・。」
「ルカが言わないとしても────ガルデーニアはどうだ?」
「・・・・。」
レオナルトの問いにユーリは、目を見開き固まる。
「あの女子爵がガルデーニアだと・・・知った上で、控え室に行ったのだろう?」
ユーリは頷く。
身支度の手を止め、ユーリの方の見つめるレオナルトの視線は厳しかった。
「彼女と何の『商談』をした?」
視線を逸らし、俯くユーリは小さく何のこと?と返す。
「ガルデーニアは頭が回ると聞いていた。
狡猾に生きてきた女は土壇場で切り抜けるのが神憑り的に上手い・・・・。
その女が私の陳腐な誘導尋問に簡単に引っかかった───頭が良く、狡猾な女が口を滑らすほど浮か
れる何かがあったからだ・・・。」
「・・・。」
「私はユーリと行き違いにガルデーニアと会った。
何かあの女が浮かれる話しをしたとしたら、お前しかいないだろう?」
詰めより、ユーリの肩を揺らし問う。
「─────何を話したんだ!」
初めてレオナルトに怒鳴られたユーリは、自分が危険な『商談』をしたのかもと自分の浅はかさに後
悔した。
四重奏・後編 終わり