人目を気にして少し遠出をした司と隆也は、雰囲気のいい雑貨屋でカップを選んでいた。
はたから見ると二十代半ばと高校生くらいの男の二人組みはちょっとばかり異様だが、
二人は実に自然に寄り添っている。
「でもさ、ティーカップよりマグカップの方が使えない? 」
ティーカップをじっと見つめていた司は唐突に隆也に向き直る。
確かに、わざわざお茶を入れる機会はそう多くないなと隆也も頷く。
「そーだな。これからの季節はたしかに…」
「んじゃ変更。これとか良くない? 」
あっさりと意見を変えた司が手にしたのはシンプルな紺のマグカップ。まったくの無地だ。
「それじゃいくらなんでも色気がないだろ。もーちょっと派手なのでもいいんじゃないか? 」
言って隆也は素地になんだかよくわからない模様のつけられたカップを手に取る。
それを見た司は一言。
「趣味悪い」
「うるせー。…じゃあこれでどうだ! 」
ぱっと隆也が見せたのは、くっつけるとハートの模様になる対のマグカップ。ベタすぎる。
「…馬鹿? 」
そして司の反応は冷たすぎる。
馬鹿って、と言い返そうとした隆也にはお構いなしに、司は他のカップを物色している。
「あ、これは? 」
司が見せたのも対のカップだが、これは色違いのようだ。
片方は紺地に白、もう一方は白地に紺で猫のシルエットがかかれている。
隆也が選んだカップよりかはよっぽどセンスがいい。
「…いいな」
「でしょ? じゃあ決まり! 」
嬉しそうに笑う司は可愛い。少なくとも仏頂面で冷たすぎるツッコミを入れているよりはずっと可愛い。
思わず頭をなでようとしたら、あっさりと逃げられた。
「せんせー、サイフ」
逃げた上に振り返って言う台詞があまりに可愛げがないので、満面の笑みで無理やり捕まえる。
「ぐ、あ、ちょ、ちょっと! 」
もがく司の首をホールドして頭をこねくりまわす。
「はっはっは。おごってもらうのにその態度は何だ? ん? 」
「これは俺への謝礼でしょ! しかも半分先生のだし! 」
と、言われるとちょっと弱いが。
「あ、だから猫なのか」
わざと言ってやると、ぱっと司の頬が染まる。
「違うっ!」
大声に慌てて司の口を塞いで首を解放する。
「しー。あんま目立つなって」
掌の中で柔らかな唇がもごもごと、多分聞きたくないような汚い言葉を叫んでいる。
「…せっかくだからカップの他にも何か買おうぜ」
言ってから手を離すと、司は唇を尖らせつつも頷く。
「…うん」
隆也はよし、と笑ってカゴを手に取る。
「とりあえずは…グラスとクッションと…YESNO枕でも買うか? 」
「それ古い。あ、抱き枕ほしい、抱き枕! 」
いくら冗談でも、古い、とか言われるとジェネレーションギャップを感じてしまうのがまた辛い。
「必要ないだろ、それ」
「…家で使うの。だめ? 」
それでも夜の香りを匂わせると少し女の子らしくなる司には、微笑を向ける。
「だーめ。家では寂しい思いをしなさい」
「何で」
まっとうな質問に、隆也は胸を張って答える。
「その方が燃えるから」
また馬鹿、とでも言い出しそうにむくれた司の口からは、意外な文章が出てくる。
「嘆きつつ一人寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る…とか? そこまで乙女じゃねーし」
すらすらと出てきた百人一首に関心すると同時に、そっけない司の様子が気になる。
「なんだ、一人で夜中に俺のこと思い出したりしないのか? 」
「…そーゆーこともある、けど」
ふい、と顔を背けて司は歩き出す。
「寝れないほどじゃないし」
後を追いかけながら、隆也は悲しそうな声を出してみる。
「冷たいなぁ」
言った途端に司がくるりと振り返って、半ばにらみつけるように隆也の顔を覗き込む。
「じゃあ先生は?俺のこと思い出して不眠症になる? 」
「…ならないな」
「でしょ」
ドラマのような恋愛に幻想を抱いていないだけ現実的と思うべきか、歳のわりには悟っていると思うべきか。
「だから抱き枕」
さっさと物色した抱き枕を抱えあげている司の頭を小突く。
「だーめだって。俺の部屋に置くものだけ! 」
「……むぅ」
不満そうな声をあげつつも抱き枕を棚に戻す司に声をかけ、クッションを見て回る。
ソファの上で膝を抱えたりあぐらをかいたりと姿勢の悪い司にはクッションは必須だ。
「ん、これイイ! 手触り最高! 」
「どれどれ…うん、いいな。決定」
「決定。で、次は? 」
女との買い物は時間がかかるものだと思っていたが、司は即断即決で男らしい。
こういう男らしさは大歓迎だ。
「グラスも欲しいよな、どうせなら」
カップを見つけた食器のコーナーに戻り、グラスを物色する。
「んー…そんなに凝ったのじゃなくていいんだよなぁ…これは? 」
透明なグラスに僅かにエッジで模様が描かれている雰囲気のあるグラスだ。
「うん。いいな。…こんなもんか? 」
クッションの上に安定するようグラスを置いて、司に笑みを向ける。
「うん。…こんなに、いいの? 」
わずかに見上げるような目線の司の頭を撫で回す。
「いーんだよ。俺は大人なんだから」
「……うん」
くすぐったそうに笑う司の頬をなでると、首をすくめる。
笑みを返し背中を押して、今を惜しむようにゆっくりと歩を進めた。
部屋に戻りさっそくお湯を沸かして嬉しそうにお茶を入れる司の後姿を見ながら、
隆也はソファにクッションを据えてみる。
ベージュのソファに濃い赤のクッションはしっくりハマる。
「しかしセンスいいなぁ、司は」
お揃いのマグカップを手にソファに歩み寄る司に声をかけると、キョトンとし顔をしてみせる。
「そう? 直感だよ? 」
木で出来たテーブルにおかれた紺と白のカップも、違和感なく部屋に溶け込んでいる、
「それが羨ましいんだよ。で、どっちにする? 」
『こっち』
二人同時に、紺のマグカップを指差す。
顔を見合わせて笑い、隆也が白いカップを手に取ると、司がその腕を引く。
「…いいの? 」
「いいぞ〜、司猫ちゃんへのご褒美だからな」
にやりと笑うと、頬を染めてそっぽを向く。
「モノでつられたわけじゃないもん…」
そのまま隆也の肩に背中を預けるようにソファの上で膝を抱える。
「ん…じゃあ、司もしたかったってことか? 」
顔を寄せて耳元で言うが、返事がない。カップを置いて司のほうに体を向けて、ぎゅうと抱きしめる。
「……司? 」
う〜、と小さなうめき声がして、ようやく答えが出てくる。
「…だって先生がしたいって、言うから…嫌じゃないし…だから」
「俺に付き合ってくれた、ってことか。それじゃやっぱご褒美だな」
ぐりぐりと頭をなでて笑うと、またうめき声が聞こえる。
「でも…恥ずかしいから、ちゃんと…いいよ、って、言えないし…」
うじうじと何を言っているのか必死で解読してみると、どうもモノを強請ったことが本意ではないらしい。
「…素直じゃなくても、それが可愛いんだから気にするな」
「……先生さ、なんでそんな簡単に可愛いとか言えんの? 」
ちゅ、と耳に口付ける隆也に、司は恥ずかしい、とお決まりの台詞を返す。
「俺だって恥ずかしいさ。でも事実だからしょうがないだろ? 」
司の身体は熱い。こういう些細なやりとりでもドキドキと胸が鳴って、頬が熱くなってしまう。
「…うん。嬉しい…」
それでもこう素直に反応を返せるようになったのは、成長した証だろう。
隆也の満足げな笑顔が目に浮かぶ。
「お茶冷めるぞ」
隆也の腕から開放されて、司は正面を向いて座りなおす。
ちらりと横を見ると、予想通りの穏やかな笑顔が司を見つめている。
見つめ返すのも気恥ずかしくて、紺のカップに口をつける。
少しぬるくなってしまったお茶を口に含むと、隆也が耳元に口を寄せる。
「…好きだぞ」
そのまま耳に口付けられて、思わずむせ返る。隆也はけろりとした顔で司の背をなでる。
「大丈夫か? …あーもー、雰囲気台無しだな」
「…っ、だ、誰のせいっ…!? 」
睨み返した司の剣幕に手を上げて、隆也は席を立つ。
「俺だな。よしよし、お茶入れ直してきてやるから」
「…いらない」
むくれた司の一言に笑みをひっこめて、隆也はすとんと腰を下ろす。
「どうした、そんなに怒ることないだろ? 」
「怒ってない…」
言う口調がどうにも怒って聞こえるので、困惑しつつお茶を口に運んだ隆也の耳に、司が口を寄せる。
「お茶より先生が欲しい」
ぶは、と今度は隆也が吹き出して咳き込む。司はしてやったり、という笑顔で済ましてお茶を飲んでいる。
見事な報復に、笑うしかない。
「あー、俺の負けだ。…けどまさか、これで終りじゃないよな? 」
じっと顔を覗き込むと、司はカップを傾けて空にする。
「……うん。おかわり、ください」
染まった頬に口付けて、隆也もカップを空ける。
「俺もおかわりだ。…熱いのを、な」
先生くさい、と笑う司の口を塞いで抱えあげ、ベッドに向かう。
テーブルには空になった紺と白のカップが、仲良く並んでいた。