全てが予測不可能
「ということで、雷蔵、伝言よろしく」
自分に何処となく似た顔立ちの親友、鉢屋三郎がニタリ顔でそう告げてくるのは、今に始まった事ではない。
特に、数日前の一件があってからは急激にそれが増えた。
「なにが“ということで”なんだよ」
雷蔵は、呆れた顔で、そう告げた。
三郎の唐突の会話には、脈絡も何もあったものではない。
「だから、って子に、伝言」
「……三郎、僕、散々あの子とは何もないって説明したよね?」
あの後、部室にあの子を置きっぱなしだったことに気付いて慌てて戻ってみたら、彼女は、椅子に座りながら、僕が作成していた予定表を眺めていた。することがなくて暇だったのだろう。こちらの存在に気づいて、思ったよりも早かったですねと、何とも場違いな言葉をかけてきた。逆に、こっちは拍子抜けしたくらいだ。
ともかく、怒ってはいないようだったが、雷蔵は、きちんと謝罪の言葉を吐いた。
一応、さっき盛大な勘違いした竹谷も連れて(というか全員付いて)きたので、彼女に謝ってもらった。
その時、彼女は突然現れた男集団に、隠す事もなく眉を顰めていた。それが、黄色い悲鳴を上げる他の女の子とは違って新鮮な反応だと思った。
その反応が、きっと他の3人にも意外だったのだろう。何でかその場のノリで、お互いに自己紹介が始まったのだ。主催はもちろん、鉢屋三郎だ。
「私は、鉢屋三郎。2年2組、学級委員兼生徒会役員だ」
「……え、生徒会役員なんですか」
「ああ、何か不満でも?」
「いいえー、意外すぎただけです」
三郎相手に、はっきりいう子だなって思って、ちょっと笑いそうになったのは秘密だ。
きっと、三郎にはバレていることだろうけど。
「俺も2年2組。竹谷八左ヱ門。生物委員! 飼ったペットは最後まで面倒見ろよ!」
「あー……はい」
行き成りの発言に、彼女は面を喰らったようだが、何とか返事をした。
八左ヱ門はそれに満足したのか笑みを浮かべて頷いた。
「俺は2年1組。久々知兵助。委員は、火薬委員」
「……は?」
「え? だから、火薬委員だって」
「そんな委員会ありました?」
彼女は本当に聞き覚えが無いようで、眉間に皺を寄せて、聞き返した。
火薬委員なんて、きっと他の学校には存在しないだろう。その委員が何をやってるのか、僕もよく知らない。
「確かに、存在感は薄いけど、ちゃんと活動してるぞ」
「そもそも、どんな活動なんですか。なんか危ない臭いがするのは気のせいですか?」
「学園内の危険物の管理と確認」
「……あ、そうなんですかぁって、素直に返した方がいいですか?」
「それで、いいんじゃない?」
あ、彼女、いま、お手上げって顔した。
きっと、これ以上火薬委員については触れないで置こうと思ったのだろう。
ええと、三人とも自己紹介終わったから、僕の番だよね。
「僕は、2年2組の不破雷蔵。図書委員だよ」
僕が挨拶をした途端、彼女の表情が止まった。
あれ? 何か可笑しなこといったかな?
「……図書?」
「うん? そうだよ、図書委員」
「私も図書委員ですけど、図書室で先輩の姿を一度も見たことがないんですが」
「え、君も図書委員だったの?」
意外なところで共通点を発見した。そっか、この子、図書委員だったのか。
なんだかちょっとどこかで見たような気がするなって思ってたけど、もしかしたら、図書室ですれ違うくらいのことはしたのかもしれない。
「そういえば、図書って集会を開いた事一度もありませんでしたよね」
「うん、顧問が恥ずかしがり屋の松千代先生で、委員長が無口の中在家先輩だから、ね」
委員同士の連絡は、連絡ボードをチェックしておくか、図書室の控え室に置いてある連絡表を各自持ち帰り確認するかのどちらかで補われている。
きっと、他の図書委員の子も、図書委員にどんな面子がいるのか分かっていない事だろう。
図書委員同士が知り合う機会は、当番でパートナーになった場合しかないんじゃないだろうか。
生憎と今まで目の前の彼女と当番になった事はないので、今日まで知らなかった。
「12月に一斉大掃除するから、その時になれば全員と顔合わせ出来るんじゃないかな?」
「まるで、正月にしか会わない親戚同士みたいですね……」
「あはは、そうだね」
妙にうまい事を言う子だな。さっきも思ったけど、随分と話し易い子だ。
他の女子だとちょっと身構えてしまう自分も、気楽に構えていられる。
すると、いくつもの視線がこちらに突き刺さるのを感じて雷蔵はそちらへ顔を向けた。
瞬時に見なきゃ良かったと思った。ニヤニヤ顔の3人がいたのだ。
治まっていた頬の熱がまた舞い戻ってくるのを感じた。
「春ですか?」
「春だな」
「いま、夏だぞ?」
三郎と八左ヱ門の言葉に兵助が素で返したので、ジト目で見つめられていた。
「ああー! もう、どうして、そっち方面にやりたがるんだよ!」
結局、逆戻り状態だった。
だが、丁度休憩時間が終わって彼女も帰宅するところだったので、なんとかお開きに出来たのだ。
「が雷蔵の彼女じゃないってことくらい、ちゃんと分かってるさ」
僕が回想していると、三郎がさっきの質問に言葉を返してきた。
「だったら、どうして、しつこく構うんだ?」
「私が構いたいからに決まってるだろ!」
「威張って言う事じゃないだろ!」
はぁ、埒が明かない。
でも、三郎がそこまで一人の女の子に構っているのは、珍しい。
彼だけではなく、僕ら全員が少なからずとも彼女を気に入っている、って自体が、奇跡に近い。
今までに居なかったタイプだからかな。出会い方も奇妙だったわけだし、お互いに印象だけは強く残ったことだろう。
「雷蔵が嫌なら、たまには私が行くか」
「え?」
「雷蔵は、に会いたくないんだろ? 私は会いたいから会いに行っちゃうよ〜」
「え、あ、えっと、あー……」
これはどっちだ。からかっているのか、本気なのか。
からかっているなら、挑発に乗らないほうがいい。本気だったら、止めた方がいい。
あれ? 何で止める必要があるんだ。三郎の恋は応援してやるべきだろう。
そもそも、三郎って、彼女のこと好きなんだろうか。そういえば、夏休み前から付き合ってる子とはどうなったんだろう。また別れたんだろうか。そういう節操のないことばっかりやってると、いつか痛い目見るんだぞ。そうじゃなくて、止めるか止めないかってことが問題だったんだ。どっちにすればいいんだろう。どっちが最良なんだろう。うーん、うーん、うーん……。
「らーいぞーう? ……また迷い癖が発動してる。からかい過ぎたかな」
ぐるぐると思考をめぐらせている中、三郎が呟いた言葉など、雷蔵の耳に届いているはずもなかった。