無自覚な破壊者
「花火大会?」
その言葉に、花に水をやっていたは、傾けていた如雨露を戻し、相手を見上げた。
目の前で少し照れくさそうにしているその人は、の言葉に小さく頷いた。
その様子を見ながら、は呆れた顔を浮かべた。
「鉢屋先輩に何を吹き込まれたんですか、不破先輩?」
「え、えと、明後日、花火大会があるから、さんも誘ってみたらどうだって……」
「先輩、断るってことも覚えた方がいいですよ」
やっぱりあの人の差し金かと、は内心でも呆れた。
あの一件以来、気に入られたのか良く分からないが、何かと絡まれるようになってしまったのだ。会わないようにしていても、ほぼ毎日のようにどこかで草むしりをしているので、彼等が自分を探す気になれば、直ぐに見つけられてしまうわけだ。
そして、鉢屋先輩は不破先輩を使って人をからかう事にはまったのか、何かにつけて用事を作っては彼を私の元へ使いに寄越す。
暇な人だ。の鉢屋に対しての最初の印象はそれだった。
来週は、夏合宿が控えていて忙しい時期のはずなのに、態々そんなことする余裕があるなんて、バスケ部のライバル校は、足元にも及ばないほど弱い連中ばかりなのか。だから暇なのかお前と、先輩ではあるが胸倉を掴んで言ってしまいたい衝動に駆られる。
「うん、でも、みんな賛成したから……」
みんなということは、鉢屋先輩以外の二人も共犯というわけか。
誰か止めろよ。そう言いたいが、この一週間ほどで如何に目の前の先輩が優しくて且つ優柔不断な人であるか理解してしまったは、彼が三人の申し出を断る事ができなかった光景がまざまざと想像できてしまって、なんとも言えない気持ちになった。
「合宿前なのに良いんですか? たしか、あの先輩たちってレギュラーでしたよね?」
女テニの子にどんな人たちなのか訊ねたら、面白いくらいに喋ってくれた。あれが、マシンガントークというものなのだろうか。その子の情報によると、彼らは、バスケ部のレギュラーで点取り屋らしい。容姿もそれなりにイケてるので、学内に止まらず他校にまでファンがいる程凄いらしい。後者は、要らん情報だと思ったが、ともかく今の時期は、試合に向けての練習で時間も惜しいくらいだろう。
それなのに、花火大会に誘うとはどういう了見だ。
「夏合宿前だからこその休みなんだよ」
「……なるほど」
合宿中にぷっつん来られても堪らないから、今の内に発散しとけという顧問のちょっとした配慮なのだろう。
「それで、花火大会なんだけど、」
「すみません、お断りします」
にべもなく、は即答した。笑顔の不破先輩が固まった。けれども、直ぐに、え? と聞き返されたので、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「どうして?」
「その日の予定が開いてるなんて、誰が言いましたか?」
盛大に行われる花火大会を知らない訳がない。浴衣まで新調して楽しみにしていたほどだ。
要は、既に予定に入っていると言うわけだ。
「友達と行く約束してるんで、無理です」
不破先輩は、残念そうな表情を浮かべた。
そんなに女の子と花火大会に行きたかったのか。ファンの子でも誘えば、一発で着いて来ると思うけど、とは流石に今の先輩には言えなかった。代わりに微苦笑を浮かべて謝罪の言葉を吐く。すると、彼は、気にしないでと首を横に振った。
「……じゃあ、僕、戻るから」
「あ、はい、それじゃあ」
体育館へ向かう彼の背中を見つめた後、は思い出したように、水遣りを再開させた。
[自己紹介編END]