モテ期到来!?


気合入れて浴衣まで着てきてたのに、この仕打ちは酷くないですか?


ちゃん、何食べたい?」

先ほどから、横で楽しげにへらへらとアホ面を晒している男を、殴っておくべきかどうか考えて、自分の手が痛くなるのは嫌なので止めた。
代わりに、ジッと相手を睨みつけながら、先ほどの疑問に答える為に口を開いた。

「チョコバナナ、食べたい」
「それ、僕への当て付け〜?」

傷付くなぁともごもごと言っている男の名は、斉藤タカ丸。クラスメイトだ。
でも、歳は、2歳も上である。留年したわけではなく、彼は中学卒業後、美容師の父親に付いていって世界各国を転々としていたらしいが、何を思ったのか、その父親から高校に通って勉強しなおせと言われたらしく、2年遅れでうちの高校に入学してきたのだ。
そもそも、この金髪頭のままで受験をしても許されるのは、あの学園くらいなものだろう。

そして、何がどうなってこの男と花火大会に来ているのか、それは、全て友人と目の前の男のせいだと断言しておく。
が約束を交わしたのは、クラスメイトの友人、言っておくが相手は女子だ。
入学直後に打ち解けて仲良くなった初めての友達で、花火大会も6月からその子と約束を取り付けていたくらいだ。
だが、2週間ほど前に、その子に彼氏が出来た。花火大会に彼氏も同伴していいかと聞かれたが、は迷うことなく承知した。むしろ、私がお邪魔虫になるけど、そっちはいいのだろうかと問うたくらいだ。

その時に、他の子を見繕っておくから、というようなことを言われたのだが、その相手がタカ丸だと誰が予想していただろうか。もちろん、は、女の子が来ると思っていたからこそ、まあいっかと思っていたのだ。

百歩譲って、彼が来たのは、仕方ないとしよう。
4人で仲良く花火大会を満喫すればいいじゃないか、なんて思っていたら、この男、妙な気を利かしやがった。

「あの二人付き合って間もないんだから、二人きりにしてあげなきゃだめだよー」

と、こそっと耳打ちしてきたのだ。反論する暇もなく、タカ丸は、二手に分かれて行動しようと二人に提案しそれを受諾させてしまった。
そんなの嫌だと言えるような度胸はない。それに彼の言い分は最もなことだった。彼らを二人きりにさせてやれない自分が心の狭い子のように思えてきて、結局、今の現状に落ち着く羽目になったと言うわけだ。

「チョコバナナ、美味しいと思うけど?」

確かに彼の髪の毛を見ての発言ではあったが、目の前に丁度、チョコバナナの屋台が見えたので、食べたくなったのも事実だ。
普段、バナナにチョコをかけて食べようと思わないのに、どうして、屋台で売られていると無性に食べたくなってしまうのだろう。それを言うなら、屋台に出ている全てのものがそれに当てはまってしまうわけだけど。

「分かった。そんなに言うなら、食べよっか!」
「もちろん、奢りでしょ」
「えー……」
「冗談冗談、おじさん、一本頂戴」

腹いせに奢らせてやろうかと思ったが、流石にそれは悪いかと思い、財布の中から硬貨を出して店の人に手渡した。

「んー、んまい」

早速、一口食べると、チョコとバナナの甘い香りが口の中で広がる。
甘党には嬉しい甘さだ。

ちゃんって、おいしそうに食べるねぇ。僕にも一口ちょうだーい」
「えー、自分で買いなさいよ」
「一口だけでいいもん」

語尾にもんをつけるなど、大の男が気持ち悪いなとは思ったが、彼が使うと妙に似合っているから不思議だ。
は、仕方なしに、チョコバナナを彼に差し出した。
だが、背の高い彼としては位置が低かったのか、の手首を掴んで持ち上げた。うおい、何するんだ! と文句を言おうとした拍子にチョコバナナは彼の口の中に消えていった。

「ごちそーさまー」

彼は嬉しそうに笑ったが、は、手元のバナナの減り具合を見て、顔を顰めた。

「げっ、ちょっと、タカ丸、これのどこが一口よ! 半分以上食べたじゃないの!」
「えー、僕にとっての一口だもん」
「だもんとかつけるな、むかつく」
「いひゃいいひゃい」

開いた手で、相手の頬を引っ張ってやる。
ちょ、お前男の癖になんでこんなに柔らかいんだ、何となく許せないぞ。

「……?」

タカ丸の頬を引っ張っていると、後ろから声が聞こえたので、手を離して振り返った。
相手の顔を視界に入れて、内心で「げっ!」と思った。もしかしたら、顔に出ていたのかもしれないと思って、慌てて笑みを浮かべた。
しかし、相手は、自分を見てはおらず、どちらかと言えば視線が高い位置にある。しかも、ちょっと横にずれてる。その視線の先を追うと、タカ丸にぶつかった。すると、タカ丸の視線も向こうを見ていたようだ。

嫌な空気が見えるのは気のせいか。気のせいということにしておこうか。

「竹谷先輩、一人で来たんですか?」

一応、他の連中が居るかもしれないと、周辺を注意してみたが、それらしき人影は見当たらなかったので、苦い笑みを浮かべながらも、質問を投げかけてみた。すると、漸く視線がこちらに向けられた。

「あいつらなら、逆ナンされてたから、置いてきた」
「ぎゃ、」
逆ナンかよ! んで、やっぱり来てるのかよ!

でも良く考えれば、女の連れもなく色男四人で居れば、女性が声を掛けたくなるのもわからないでもない。むしろ、竹谷先輩、その輪からよく抜け出せたなと感心した。さすが、バスケ部。いや、そうなると他の3人もバスケ部員(内一人はマネージャー)なんだけど、久々知先輩は女の子にきつく当たれなさそうだし、鉢屋先輩は逆に喜んでそうだし、不破先輩は絶対うまく断れなくてアワアワしてそうなイメージがある。

って、少し考えれば分かりそうなものなのに、何で女子を連れてこない。
あ、そうか、私が断ったからか。いや、それでも、他の女子を見繕う事くらい簡単なはずだ。
あの人たちの考える事は、よく分からんな。

「それよりも、は、友達と行くって言ってなかったか?」

そんなことを考えていると、行き成り話題を振られたので、慌てて顔を相手に向けた。
先輩、何でそんな睨んでるんですか。私、怒らせるようなことしたっけ? それとも、花火大会断った事を、まだ根に持っているんだろうか。胆の小さい男は嫌われるぞ。

「友人と来ましたよ。話せば長くなるんで省略しますが、その子とは別行動中です。あ、こいつは、縁も所縁もないクラスメイトで、一緒に行動をする羽目になってしまった奴です」
「斉藤タカ丸です。ちゃんと縁も所縁もあるクラスメイトでーす」
「……2年2組の竹谷八左ヱ門だ」
「あ、同じ学校の先輩だったんですか。すみません」


何だろうな、この不穏な空気。折角の花火大会で賑やかな祭りなのに、ここだけ切り取られたかのように空気が重い。

竹谷先輩は、基本的に明るい人だ。声を掛けてくれる時はいつも笑顔で、このくそ暑いのに元気な人だなぁ、と思うほど人柄のいい人だ。その人が何でだか、怒ってるっぽい。
次いで、タカ丸も、基本的に明るい男だ。どちらかと言えば、へらへらした感じではあるが、容姿と口の上手さで、クラスメイトにも大人気だ。そんな彼は確かにいまも笑顔なんだけど、なんというか、ちょっと怖い感じがする。

二人とも、仲が悪かっただろうか。いや、さっきの口ぶりからすれば、当然、初対面だ。
ということは、そりが合わないというやつだろうか。だとしても、空気を読め。こんなところで、二人で見つめ合うな、気持ち悪い。通行人の視線を寄せ集めだぞ、とは流石に言えなかった。

とりあえず、数歩さがって、避難しておこう。
はてさて、この空気どうしようか。私は、花火を見に来たのであって、こういう空気を味わいに来たわけではない。ずっとこの状態のままでいたくない。

この隙に、別行動をとってしまおうか。この空気を味わうくらいなら、一人の方がよっぽど楽のような気がする。
うん、そうしよう。我ながらいい打開案が思いついた。
さーて、気付かれぬうちに――

「あ、

ぬおぅ!? なんだ、今度は誰だ。


「……久々知先輩、それなんですか?」

あ、輪から抜け出せたんですね、と言う突っ込みも忘れるほど、彼の手の中にあるそれが気になった。
すると、その指摘に彼は、満面の笑顔を浮かべた。

「田楽豆腐、上手いぞ、食うか?」
「いえ、遠慮しておきます」
チョコバナナ食べてる途中だし。うお、そういや早く食べないとチョコが溶ける。

慌てて、残りのバナナを口に突っ込んだ。
視線を向けると、久々知先輩は嬉しそうに田楽豆腐を食している。

しかし、トレーにいっぱい詰まれるほど買って、一人で全部食べる気なんだろうか。
久々知先輩は、見た目に反して大食漢なのか。いや、だとしても何故、チョイスが田楽豆腐なんだ。よく分かんない先輩だ。


「そういや、八左ヱ門。誰と喧嘩してんだー? 合宿前に喧嘩は駄目だぞ」
「って、兵助、何だその山積みの田楽豆腐は!」
「俺に食べられる宿命にある、田楽豆腐たちだ」

久々知先輩の発言に、竹谷先輩が頭を抱えている。
もしかして、これ、日常茶飯事なのだろうか。久々知先輩って、真面目そうな人だと思っていたけど、実は、変な人なのかな。

「あ、久々知へーすけ君だ」
「あ? って、タカ丸さん?」

掛けられた声に、久々知が視線を向けると見覚えのある金髪頭があった。

「兵助知り合いか?」
「ああ、同じ委員の人。で、タカ丸さんも花火大会来てたんですか?」
「うん、誘われちゃって、断れなくて〜」
「私、誘ってませんよ、誘ったのは、別行動してる女友達です」

竹谷先輩の視線がこちらに向いたので、何を言われるか予想が付き即答した。
しかし、その言葉に、今度は久々知先輩が眉間に皺を寄せた。

「その発言だと、今、タカ丸さんは、と行動してるってことか?」
「不本意ながら、行動する羽目になってます」

本当に不本意だよ! こんな事なら、中学時代の友達でも誘っておけば良かったよ。
今思っても全てが後の祭りだ。

何でか、久々知先輩の眉間の皺が解けない。
私、また変なことを言った? いや、不本意ってきちんとした日本語を話した。それとも、不本意って言葉の使いどころを間違っていたのだろうか。

ちゃんって、発言が時々酷くなーい?」
「嘘がつけない体質だから」
「フォローになってないよ!」

馬鹿タレ、フォローする気がないから、そういったに決まってんじゃんか。

「仲がいいんだな」
「……先輩、目が悪いんですか?」

これの何処をどう取ったら、仲良しこよしに見えるんだ。
私はタカ丸から多大な迷惑を被っている。今だけではなく過去にも、そしてきっと未来でも被る事になりそうだ。こいつがクラスメイトである限り。
早く2年生になって欲しいなと思った。こんなにクラス替えが恋しいと思ったことはないかもしれない。あ、でも、先生、絶対にタカ丸と滝夜叉丸と三木ヱ門と綾部とは別のクラスでお願いします。

そんなことを祈っているが、彼女は、まだ知らない。
あの学園にクラス替え制度が存在しないということを。つまり、卒業するまでタカ丸とクラスメイトだ。遅くとも、来年の4月には、発狂する彼女の姿が見られることだろう。


「視力は、いいほうだぞ?」
「そういう意味じゃないです」

先輩、何で素で返すんですか。
わざと? それとも本気? 
後者だとしたら、かなりの天然さんだ。また新たな久々知先輩像が生まれてしまった。嫌な誕生だ。

ちゃん、次はどうする? カキ氷と焼きそばとトウモロコシと、綿菓子も良いよね!」
「タカ丸くーん、全部、食べ物なのは突っ込むところ?」

チョコバナナを食べたせいで、お腹が食事モードに入り始めたのは確かだが、そんなに一気に食べられるわけない。

「じゃあ、焼きそばにしよっか! 僕もお腹空いたし」
「人の話を聞けっちゅーに」
「じゃあ、要らない?」
「……いるけど」
「じゃ、買いにいこ!」

タカ丸に促されたので、は仕方なしに足を進めた。
だが、竹谷先輩に腕を掴まれて引き止められる。

「うおっと、なんですか先輩、急に」

そう告げると、竹谷先輩は慌ててその手を離した。

「わりぃ、いや、なんか俺たちこのまま放置されるのかと思って」
「あ、すみません。じゃあ、私たちこれで失礼します」

挨拶を忘れて去るところだった。これは、とんだ失礼をしてしまった。
なので、素直に挨拶を述べる。

「これはこれはご丁寧に……って、違うし!」
「は?」

なんだ、なんだ。挨拶の方法にまでケチを付けられるのか。竹谷先輩ってそんな礼儀作法に煩い人なんだろうか。

「折角会ったんだから、俺たちも一緒に行動させてくれ」
「へ? 先輩たちと一緒にですか?」

聞き返すと、二人同時に頷かれた。おお、凄いシンクロ率だ。仲が良いのは先輩たちの方だよ。

と、それよりも一緒に行動か。タカ丸と二人きりなのも変に女性からの視線を貰って嫌だけど、先輩たちが加わればもっと凄いような気がする。だって、今さっき通り過ぎた中学生と思わしき女子たちは、頬を少し赤らめてこそこそと話をしている。あれは絶対、この先輩たちのことを話しているに違いない。

「……そこらへんの子をナンパしてきたらどうですか? 可愛い人、いっぱいいると思いますよ」

先輩たちは、突っ立ってるだけで釣れる凄いエサなのだと、先ほどの光景で証明されたのだから、声を掛ければ直ぐに食いつくんじゃなかろうか。
折角顔がいいんだから、可愛い子を引き連れて歩く方が絵になるし、見てる方も目の保養になっていいと思う。
あ、でもその田楽豆腐は食べきってからのほうがいいとは思う。なんか、その光景だけ凄く浮いて見える。

「俺ら、邪魔?」

酷い事を言ってしまったのだろうか。二人の眉尻が下がった。
ベストな提案だと思ったんだけどな。あ、でも、逆ナンから逃れてきて、自分たちがナンパをする気にはなれないか。

「別にそうじゃありませんけど、居ても楽しくないですよ?」

一応フォローを入れておこう。でも、楽しくさせる自信は無い。する気もない。

「別にそれでもいいからさ!」
「はぁ、そうですか。じゃあ、どうぞお好きについて来てください」

なんかやっぱりよく分からない先輩たちだ。そう思いながら、は足を進めた。




タカ丸と無意識にいちゃつかせてみた。本人自覚なしの行動です。
彼らに酷いこと言っちゃうヒロイン。これまた無意識。
竹谷と久々知は、お気に入りの子をタカ丸に取られて、嫉妬中。
080806