天然対決に決着などない
「ちゃん、何で先輩たちも一緒について来るの?」
「ふぁい?」
焼きそばを口に含んでいると、タカ丸が小声で訊ねてきた。
もぐもぐと口の中の焼きそばを咀嚼してから、口を開く。
「なんか一緒に行動したいって言われて。断る理由もないし、別にいいでしょ?」
「……ちゃんって、時々おバカだよね」
「はぁ? タカ丸に言われたくないんだけど」
期末テスト前の勉強、誰が見てやったと思ってるんだ。
そりゃ私だって言うほど賢くないけど、それでも、タカ丸よりは成績は上だ。
なのに、そんな私に向かって馬鹿とはなんだ。失礼なやつだな。
「分かんないならいい」
「???」
全く意味が分からない。なんなんだこいつは、何を不貞腐れてるんだ。
自分の焼きそばの量が少なかったのか。それとも、私だけ先輩にちゃっかり奢ってもらった事に対してか。
いや、それは不可抗力だろう。だって、私は、払う気満々だった。なのに、竹谷先輩が頑なに受け取ってくれなかったんだ。
「お腹すいてるんなら、私の分も食べる?」
「え! いいの!?」
おお、なんかタカ丸の頭に、ネコ耳が見えそうだったぞ今。
やっぱりそうか、焼きそばが足りなかった事で不貞腐れていたのか。
「うん、カキ氷食べたいから、満杯にしておきたくないし」
「じゃあ、貰ーう」
「あ、自分の箸は、って捨てた? じゃあ、私の使っていいよ」
「わーい」
おお、なんか子どもに餌付けしてる気分だ。
こんな事で元気になれるなんて、タカ丸って良く考えれば、単純だな。
「なあ、本当にお前ら、何にもないんだよな?」
「は?」
おや、なんかまた竹谷先輩と久々知先輩の不機嫌メーターが上がってる。
なんだなんだ、何処のスイッチを押せばそうなるんだ。教えてくれ。
「何にもって……何がですか?」
そう告げるけど、二人は何か言おうとして、言い澱んでいる。
意味が分からない人たちだ。
「うおっ!」
すると、行き成り久々知先輩が叫んだ。こっちもその声に驚いて、体がビクッとなる。
「悪い、携帯だ」
ああ、バイブにしていたのか。良くある良くある。
久々知先輩は、徐に携帯を耳に当てた。
相手は誰だろう。騒音の中なので、相手の声は漏れ聞こえることはなかった。
「あー……悪い悪い。すっかり忘れてた」
久々知先輩は竹谷先輩に視線を向けた。竹谷先輩が、苦笑いを浮かべた。
お、と言うことは、電話の相手が誰か竹谷先輩は分かっていると言うわけだ。
以心伝心を間近で見てしまった。やっぱり、先輩たちの方が仲いいじゃないか。
「うん、橋の近く。場所とってるから」
そう告げて、久々知先輩は携帯を閉じた。
場所を知らせたと言う事は、誰か来るのだろうか。そう言えば、あと20分ほどで、花火が始まる。それを見越して、私たちはこの場を陣取っているのだが、合流するとなると、ちょっと狭くなる。
「身動き取れなくなる前に、かき氷買ってきていいですか?」
もっと人は増えるだろう。かき氷を食べたいと思っていたので、今のうちに行かないと動けなくなりそうだ。
は、そう告げて、立ち上がった。タカ丸はむぐむぐと焼きそばを食べていて言葉を発せないようだ。もう、素直に食べてなさい。
「一人じゃ分からなくなるだろうから、俺付いていくよ。八左ヱ門、あいつらが来ても分かるように、ここに居てくれ」
「ああ、分かった。ついでに俺のカキ氷もよろしく〜」
久々知先輩はそれに頷いて、私を促したので、その後を着いていった。
◇
「先輩、早い早い!」
さくさくと先を進む久々知に、は慌てて声を発した。
こっちは浴衣だ。走れるはずもない。
それに、さっきみんなで歩いていた時は、そんな早足じゃなかったのに、どうして、今はこんなに早足なのか。
「あ、悪い」
そして、今やっと気付いたのか、後ろを振り返って、私が追いつくのを待ってくれた。
「はぁ、いや良いんですけど。先輩、そんなにカキ氷が食べたかったんですか?」
「……そういう訳じゃない」
奇妙な顔をされた。え、じゃあ、なんでそんな早足だったんだ。
一種の嫌がらせ? 久々知先輩は、実は意地悪な人だったのか。ああ、また新たな久々知先輩像が増え……ってもうそれいい加減言うのも疲れた。
「…………」
「?」
今度はジッとこっちを見て黙っている。
久々知先輩って、よく分からん行動を取る人だ。
そう言えば、学校であった時も、普通に声を掛けて来る日もあれば、行き成り無言で近づいてきてアイスをくれた日もあった。予想の付かない事をする人だと思ったものだ。
「久々知先輩?」
「――るな」
「へ?」
「その浴衣、似合ってるな」
「……あ、それはどうも、ありがとうございます?」
やっぱり、予想の付かない事をする人だ。不意打ち過ぎて、吃驚した。
一瞬、頭が真っ白になったくらいだ。
(何となく、先輩がモテるのが解った気がした)
「じゃあ、カキ氷買いに行くぞ」
「あ、はい」
かと思えば、さっきのは嘘だったのかと思うほど、平然とした表情で話を進めた。
やっぱり、良く分からん人だ。
「私は、苺がいいです。先輩は?」
「俺はさっき、田楽食べて満足したからいいや。八左ヱ門の分はブルーハワイでいっか」
「それって舌を青くさせる腹積もりですか」
「うん」
凄く嬉しそうなんですけどこの人。
ま、いっか。かき氷を食べてる時の舌見せ合いっこは昔からの定番行事だし、竹谷先輩なら喜んでべーっと出してしてくれそうだ。
カキ氷を受け取って、来た道を戻る。早速、私はスプーンで掬ってかき氷を食べることにした。なので、竹谷先輩のカキ氷は、久々知先輩に持ってもらった。シャクシャクとした舌触りと甘い苺の味が絶妙だ。
しかし、ちょっと人が増えてきた。カキ氷を落さないようにしっかり持って置かないと。は、スチロール製のカップを壊さない程度に手に力を込めた。
「のぉぉー!?」
カキ氷に集中していたせいか知らぬうちに逆方向に進む人ごみに紛れ込んでいたようで、後ろに流されそうになる。
「、大丈夫か?」
寸でのところで、久々知先輩に助けてもらった。
さすがバスケ部、腕の力が凄い。ぐいっと肩を寄せられただけなのに、簡単に久々知先輩の元に逆戻りできた。
「すみません。かき氷に意識を取られて、うっかりしてました」
「…………」
顔をあげてそう告げると、また奇妙な顔をされた。
えー、今度はなんだ。どの言葉にスイッチが触れたのだ。カキ氷に意識を取られたっていうとこ? それは勘弁して貰いたいところなのだが。
「久々知先輩?」
「いや、気にならないならこのままでも良いんだけど」
「?」
何を気にすればいいんだ。
それに、このまま? どのまま? あ、これか、この肩に回された手のことか!
そう言えば、自分がかき氷を食べていたので、久々知先輩は私の手を引く事ができなかったのだ。手を引けばカキ氷を零す恐れがあるからこその配慮なのだろう。機転の利く先輩だ。
でも、今更、離して下さいというのも嫌がってるみたいに思われるかな。
それに、人が増えてきたいまの段階で離されたら、また別の人波に飲まれる。絶対に。
先輩、こんな女の肩でごめんなさい。もうちょっと我慢してください。
ガンバレ! フレーフレー! 久々知!
と、は、視点のずれたエールの言葉を、心の中で叫んだ。