友達の輪
「終わった……!!」
は、ガッツポーズをしながら、感動に打ち震えていた。
目の前には、真新しい茶色い地面が映し出されている。
そう、草むしり作業が、全て終了したのだ。
「長かった。実に長い戦いだった!」
それはまるで伝説の戦いであったかのように、仰々しく語ってみせる。
いや、聞いてる人は誰もいないんだけどね。
綾部なんか、あのサイダー事件以来、暑さに耐えられなくなったのかの睨みが嫌になったのか、ここに顔を出すこともしなくなった。
あいつは、いつも部室で一人でボケーっとしている。毎日来るなら、せめてちょっとだけでも手伝え! と口を酸っぱくして言っていたが、途中からアホらしくなってやめた。
「これで、明日から私も夏休み!」
早起きしなくていい。クーラーの効いた部屋でゴロゴロしていい。
溜めていた本も読み放題だ。宿題……は追々片付けていく事にしよう。
何はともあれ、ビバ☆夏休み!
「さて、そうと決まったら、顧問に連絡してこよーっと」
早速、は踵を返して部室に戻った。
顧問が居るかどうか分からないが、今の夕暮れ時の時間ならいるだろう。
ガラリと扉を開けた。その音に気付いて、綾部が顔を上げた。
「終わったの?」
「ええ、全部終わった! あ、せんせーい。松千代せんせー?」
小声で、机付近に声をかけると、ガタガタとそれが揺れた。
あ、ちゃんといる。良かった。
「な、なんですか?」
「言われていた区域の草むしり、全部終わりましたよ〜。明日から、休んでいいですよね?」
「ご苦労様です。明日からは私が水遣りしますので、気にしないでください。あ、始業式の日にまた集まってくださいね」
「はーい、分かりました」
机越しに向かって話す光景は異様だが、慣れてしまった自分には、どうってことない。
それに、図書委員の顧問もこの先生なので、向こうでも同じようなことを体験済みだ。
ともかく、これで部活動も終わり。
明日からは、苛々しなくていい日々が待っている。
……あ、ということは、新学期まで先輩たちにも会えなくなるんだ。
その事を伝えた方がいいのかもしれないが、今朝、バスが来て、夏合宿に向けて出発していった光景を見ていたので、先輩たちはいない。伝えるにも、連絡方法がない。
ま、いっか。新学期まで会えなくなるだけだし。
は、数秒考えて、あっさりと結論を出した。彼らの気持ちなどお構いなしだ。
「さて、シャワー浴びて帰ろ……って、綾部、何か用事?」
先ほどから、瞬きもせずにこっちを見ている彼に気付いて、鞄を手にしたは、その状態のまま彼に声をかけた。
「……明日から来ないの?」
「そりゃ、終わったから来ないでしょ? 何、綾部ってそんなに学校が好きだったの?」
「好きじゃない」
「さよか」
忘れてた。こいつも何を考えているのか分からない人間だった。
先輩たちよりも更に扱いづらい。同級生と言う点で遠慮はいらないから、気は楽なんだけど。
「で、何? まさか、私に会えなくなるのが嫌なの?」
まっさかー。
だって、こいつ今まで一切手伝わなかったし、サイダーまでかけてきたのに、そんなことあるわけないじゃん。
「うん」
頷いた。
え、思いっきり頷いたよ!? こいつは、私と会えて嬉しかったのか!?
サイダー攻撃までしておいて!? (しつこく根に持っている)
表現が、物凄く分かりにくい男だな。
そっか、嫌われてるわけではなかったのか。友達になりたかったのなら、素直にそう言ってくれれば、私だって邪険に扱ったりしなかったのに。
「……はぁ、仕方ないなぁ。綾部、携帯出して」
「?」
不思議そうな顔をしながらも、綾部はポケットから携帯電話を出した。
「ほい。これが、私の携帯番号とメールアドレス。なんかあったら連絡してきていいから」
そう告げて、液晶画面を相手に向けた。
その意図がわかったのか、綾部は素直にポチポチとボタンを押して登録し始めている。
よし、これでタカ丸以外の学内の携帯男友達ゲット!
いやー、もう履歴見ると、あいつばっかりだったから、正直、携帯見るの飽きてきてたんだよねぇ。
あ! この間の花火の時に先輩たちの携帯番号聞いて置けば良かったんじゃん。そうすれば、今日から学校来ませんからってお知らせメール出せたのになぁ。うーん、私って、変なところで抜けてるかも。でも、仮にも先輩な人たちに、こっちから教えてって言うのも図々しい気がするし……聞かなくて良かったのかもしれない。
〜〜♪〜〜
「ん? 電話?」
馴染みの着信音が鳴り響いた。私の携帯だ。
携帯を開いて、着信相手を見る。知らない番号だ。誰だろ。誰か携帯変えたのかな。
そう思いながら、受話ボタンを押して、出た。
「もしもーし」
『…………』
「?」
返事がない。悪戯電話か?
そう思いながら、暫く相手の声を待ってみた。
『番号、登録したけど』
そして、相手の声が鼓膜を刺激した。
その声を聞いて、は、半眼になった。顔を上げて目の前の相手を睨みつける。
「己の口で直接言わんかい!」
同じように携帯を耳に当てていた綾部に向かってそう叫んでやった。