始めの一歩は、掃除から
「到着!」
車から降りると懐かしい建物が視界に入る。早速、じっちゃんらに挨拶して来なきゃ。
「、私は車を戻してくるから、先に入ってて」
「はーい」
言われたとおり、というか言われなくてもさっさと入っちゃう。
何回も来ているから、勝手は知っている。靴を棚に入れると、は慣れた道をサクサクと進んだ。
「おお、、よく来たなぁ」
「じっちゃん、ばっちゃん、お久しぶりー!」
「随分大きくなって……」
「じっちゃん、それ、去年も同じこと言ってたからね」
「そうだったか? 歳をとるのは嫌じゃのぉ」
あははと、笑いが木霊する。
うん、なんかこの雰囲気が好きだ。家とはまた違うまったり感が安心する。
「早速、部屋に行ってもいいかな? 荷物整理したいし」
「おお、ちょっと待っておくれ。あそこは一人では広いじゃろうから、一人部屋の方を空けておいたよ」
あ、そっか。いつも家族みんなで一部屋に泊まってたから、いつもの調子でそこに向かおうとしてた。けど、考えてみれば、私一人で寝泊りするには、あの部屋は広すぎる。
「二階の一番東の部屋じゃよ。利吉の隣にしておいたからね」
「あそこだね。うん、分かった。あ、何か手伝う事ある?」
「そうじゃのー? 今は特にないから、ゆっくりしてるといいよ」
そう言われたので、早速本でも読むかと思いながら、は、部屋を出て目的地へ向かった。
「あ、ここか」
辿り着いた部屋の鍵を開けて中に入る。
一人部屋という割りには、少し広めだ。これなら少しくらい荷物を広げても大丈夫そうだ。
窓を開けると、涼しい風が入ってくる。
まさに読書に最適な環境だ!
そう思いながら、鞄の中の本を出して、早速読み始めた。
◇
「」
声を掛けられて、ハッと意識を戻した。
いつの間に眠ってしまったのだろうか。開きっぱなしの本が風に揺れている。
「、起きたか?」
「んー? りきちくん?」
あれ、何でこんなところに、利吉くんがいるんだろうか。って、あ、そっか、ここは私室じゃない。民宿だ。
寝ぼけていた事に気付かれたのようで、利吉くんの顔に呆れが浮かんだ。
それを誤魔化すように苦笑いを浮かべておいた。
「で、何か用事?」
「昼御飯」
「え、もうそんな時間!? うわー、一時間以上も寝てた、折角の読書タイムが……」
昨日寝る間も惜しんで、荷物詰め込んでたせいだ。
やっぱり、帰省するのに一日くらい余裕が欲しかったよ、ママン。
「はいはい、それはいいから、早く来ないと私が食べられない」
「あ、ごめん。直ぐ行く!」
利吉くんの眉間に皺が寄った。うーん、美男子は怒っても様になる。
そう言おうと思ったけど、余計に怒られそうな気がしたのでやめておいた。
「ごちそーさまでした」
パシンと両手を合わせて挨拶をした。
今日の昼は、冷やし中華だった。食欲の少なくなるこの時期は、酸味の利いた料理が美味しく感じる。
「はい、お粗末様」
しかも、利吉くんが作ったらしい。
料理が出来る男とは、周りの女性も放っておかない事だろう。
あ、でも、彼女さんと別れたばかりだったんだっけ?
こんな素敵な物件なのに、本当にどうして別れてしまったのでしょうか、顔も知らぬ利吉くんの元彼女さん。
「夕方になったら、団体客が戻ってくるから、それまで、は各部屋の掃除を頼む」
「あ、団体客居たんだ」
姿が見えないので、もう帰っちゃったのかと思ってた。
考えてみれば、合宿で来てるなら、日中はスポーツセンターの方にいるに決まってる。
「何の為に、私とがここの手伝いをしてると思ってるんだ」
「うん、だよね。じゃあ、早速、掃除してくる!」
ちょっと怒の混じった声色に気付いて、慌ててその場から去った。
団体客は、一体何人居るんだろう。男だらけだとむさ苦しいから、去年みたいに綺麗で可愛い人たちがいい。
夕食の時まで知る事は出来ないので、想像だけが膨らんでいった。
◇
「やっと……終わった」
団体客って普通は大部屋で雑魚寝が定番じゃないのか?
二人部屋とか三人部屋に泊まるなんて贅沢な団体客だな!
あまりにも使用されている部屋数が多いので失礼な文句を思ってしまった。
兎も角、他人様が泊まっている部屋なので、じろじろ見るのも失礼なので、掃き掃除と水拭きをして、なんとか形だけでも綺麗にしてきた。
汚くなったバケツの水を手に、裏庭に回る。
水場で、中身を捨てて、雑巾も洗う。空になったバケツと雑巾はそこに置いて、今度は自分の手を洗った。
この時期に、雑巾臭いのはちょっと嫌だったので、石鹸も使って洗っておこう。
「よし、完了! 利吉くんに報告してこよーっと」
そう思っていると、表が少し騒がしくなったのに気付いた。
もしかして、件の団体客が戻ってきたのだろうか。好奇心に駆られたは、自然と足がそちらへ向かう。だが、堂々と覗く勇気もなかったので、建物の影に隠れながら、恐る恐る顔を出して表を伺った。
そして、淡い期待は藻屑となって消えた。視界に映る客はどう見ても男だった。
つまり、去年みたいな女子高の人たちではないようだ。
「めちゃくちゃやる気が削がれた……」
夏なのに暑苦しい集団の相手をするなんて、ゴメンだ。そう思っていても、向こうは客、こっちは仮にも従業員。接客をしなければ、利吉くんに怒られる。
「ん?」
あれ? なんかものすごーく見覚えのあるものが見えるんだけど。
そう、団体客が持っているバッグについている校章模様。
あれ、どう見ても手裏剣だよね? 校章が手裏剣って、2校しかないはずだ。
毒茸高校と、ウチの忍術学園。本当は、あの模様は忍術学園独特の校章だったらしいけど、宿敵でもある毒茸が、対抗して似たような模様にしたらしい。とっても紛らわしいけど、こっちは四方手裏剣、向こうは八方手裏剣で形自体は違うので、まあいっかとなったらしい。よく考えれば、うちの学園長もいい加減だな。
しかし、嫌だ。ライバル校の世話をするのも嫌だし、自分の高校の生徒の世話をするのも嫌だ。
つまり、どっちも嫌だ。
「、何やってるんだ」
「うぉ、利吉くん! 気配消して背後に立たないでよ」
心臓止まるかと思った。
そう呟くと、利吉は、呆れた表情を浮かべた。
「掃除は終わったのか?」
「うん、ばっちり」
「じゃあ、何でこんなところで、覗きをしてる」
「覗きとは失礼な。観察って言ってよ」
「どっちもやってることは同じだ」
ぺしりと頭を叩かれた。ちょ、痛い。
「しかし、が男に興味を持つようになるとは……」
「いや、そういう意味で見てたわけじゃないから。女子だったら嬉しいなーって思ってたから、がっかりしてた所」
そう告げると、思いっきり顔を歪められた。
ああ、色男がそんな顔しちゃ駄目だよ!
「後ついでに、あの高校、もしかしたら、うちの学校かもしれないと思って、すっごく嫌だと思ってたとこです」
「あの団体、の学校の人間だったのか?」
「あ、忍術学園だったら、そうだって話。でも、毒茸の方がいいかなぁー。知り合いに会う確率減るし」
バレー部とかだったら、泣けてくる。いけどん先輩、じゃなかった七松先輩とか直ぐにバレーしたがる人だし。七松先輩がいるという事は、必然的に滝夜叉丸も居るって事になる。こんな所まで来て、あいつの自慢話は聞きたくない。
「期待してるところ悪いがな、団体客は、忍術学園だぞ」
「がーん!」
効果音を口に出して、頭を抱えてみた。
そんなばっさりフラグを折らなくてもいいじゃん!
いーやーだー。
「……そんなに嫌なのか?」
「もしも、民宿に山田の伯父さんが生徒連れてやってきたら、利吉くんだって嫌でしょう!?」
「嫌だ」
すごっ、即答だ。本気で嫌なんだね。
何があったのか聞いてみたいけど、危険な臭いがするから止めておこう。
「ほら、私が嫌だって思う気持ち分かってくれる?」
「……分かった。出来るだけ裏方に回すから」
「やったー」
「でも、忙しくなったら、そうも言ってられないから覚悟しておくんだな」
「……はーい」
持ち上げて落すなんて、酷くないですか。