水分補給はこまめに!
意外に、団体客と顔を合わせずにやっていけるもんだなと思った。
料理を運ぶのは利吉くんにして貰って、厨房で板前さんに教えてもらいながら、盛り付けの手伝いをこっちがすれば何とかいけたし、掃除や洗濯は元々向こうが練習でいない時間帯にやってることだから、問題なし。
玄関口で水蒔きしてた時に声をかけられた事もあったが、麦藁帽子を目深に被って挨拶し返したら、気付かれなかった。
このまま何事もなく、団体客が帰っていけば良い。
そうしたら、残りの滞在日数を存分に使ってゴロゴロしていられるのだ。
人生ってそう甘くないよねー……
正午を過ぎて暫くした後、急に階下が騒がしくなった。
どうしたのかと利吉くんに問えば、暑さで倒れた子が、戻ってきたというのだ。
病院で処置してもらったから大事には至ってないそうだが、今日一日は安静にさせておくので、連れて戻ってきたらしい。
そんな訳で、その人の面倒を任された。利吉くんは他にもやる事があるらしく、多分、一番暇だと思われる私にお鉢が回ってきたのだ。
私だって掃除の途中だったのにと文句を言って見せたが、代わりに荷物運びやってくれるのか? と問われたので、謹んでお断りしておいた。
利吉くんに聞いた部屋まで辿り着く。
そのまま掃除の時と同じ感覚で開けようとして、慌ててノックをした。
けれども、返答はない。へばっているので、返事をする気力もないだろうと思って、扉を開けた。
「しつれいしまーす」
小声でそう声をかけてから、中に入った。
人が居ると思うと、ちょっとドキドキする。
クーラーが効いているので涼しい。こっちに背を向けているので顔は見えないが、本当にダルそうだ。
はてさて、面倒を見るように言われたが、どうすればいいのだろう。
よく考えてみれば、することないんじゃないだろうか。だって、相手がダルそうなのにべらべらと話しかけるわけにもいかない。これは、そっとしておいた方が無難だ。
よし、出て行こう。それがいい。
とりあえず、手にしてるペットボトルだけ渡した方がいいかな。折角冷えたの持ってきたんだし。
四つん這いの状態でそろそろと相手に近寄った。
「すいませーん、飲み物持ってきたんで、机に置いて…………」
「んー……? あ、れ?」
顔を覗き込んで言葉を紡いだが、途中で止まってしまった。
だって、この顔、どう見ても見覚えのある顔だ。
「不破、先輩?」
この顔は、不破先輩だと思う。失礼だが、鉢屋先輩が弱ってる姿が想像できない。
ってことは、倒れたの不破先輩!?
いや、でもなんで不破先輩がここに? 先輩は、合宿中じゃなかったっけ?
ん? もしかして、うちの団体客って男バスの連中だったってこと!?
「さんの幻がみえる。まぼろしでもいいや……えへへー」
不破先輩、壊れてませんか?
あ、そうだ、暑さにやられたんだったよね。
「先輩、大丈夫ですか? スポーツドリンクですけど、飲みますか?」
これはきっと水分不足のせいで頭がぼうっとしているのだ。そう結論付けて、未だに手にしていたペットボトルを見せた。すると、先輩は小さく頷く。
「飲ませてくれないかな……なんて、えへ、言っちゃったぁ」
「…………」
すみません、一瞬、言葉を失いました。
弱ってる先輩は、甘えっこモードになるんだろうか。なんだかこのまま見ていて良いのか悪いのか、複雑な心境だ。
「だめ?」
「あ、いえ。その前に起き上がれますか?」
「うーん……起こしてほしいな?」
「はいはい」
もう何も言うまい。先輩は弱ってるんだ。素直に従ったほうが自分の精神にも健全だ。
そう思いながら、先輩の手を引っ張った。
「おわっ」
いや、無理だよね。先輩を起き上がらせるほどの力なんて自分にはないよね。
草むしりで体力付いたとか思ってたけど、よく考えれば、先輩だって男だ。重いのに変わりはなかった。
しかし、反動が付いて、思いっきり先輩の上にダイブしてしまった。
「うわ、すみません!」
病人の負担を増やしてどうするんだ!
そう思いながら慌てて、退こうとしたんだけど、退けられません。背中に何かつっかえてます。先輩の両腕が。がっちりと。
「先輩、動けませんから、離してください」
「やだ」
「暑いのに余計に暑くなるじゃないですか」
先輩は暑さで倒れたんだから、人の体温よりも冷たい飲み物の方が必要だ。こんな事で遊んでいる場合ではない。というか、こんな冗談が出来るんだから、実は元気なのか? いや、だったら、こんな我儘っこな先輩になっているはずがない。
やっぱり、暑さにやられたせいで、思考回路がおかしいんだ。
本当に、先輩大丈夫なの? ちょっと心配になってきた。
「離したら、きえるでしょ?」
「消えませんって」
そんな、幽霊じゃあるまいし。そりゃ、さっき帰ろうとしたのは確かだけど、面倒を見ろと言われたからには、一応、本人が良いと言うまでいるつもりだ。
「本当に?」
「本当です」
「ふふ、良かった。あんしんしたー…………」
あ、寝ちゃった。やっぱり、疲れてたんだ。だったら、素直に寝てれば良かったのに。
いや、もしかして、さっき話しかけたときに起きちゃったのかも。だとすれば、悪い事したかなぁ。
「……………………」
って、先輩、このまま寝ちゃったら、私どうすればいいの!?
寝てるのに、腕の力が緩んでないことに突っ込むべきか。
私が上に乗った状態でよく眠れるな。苦しくないのかと突っ込むべきか。
全部、突っ込みたいよ!
どうすればいいのだろうか。先輩を起こすべきか。でも、折角眠ってるのに無理矢理起こすのはしのびない。
だからって、ずっとこのままって、これは何の耐久レース?
これは、拙いよね? 先輩のファンに怒られる!
先輩が腕を外してくれるように念を送ってみる。うん、伝わるはずないよね。伝わった方が凄いよね。
ああ、本当にどうしよう!?